128:冬休み3
健の発熱は幸いインフルエンザではなく、ただの風邪だと言う事が判明し、零はほっと胸をなでおろす。
往診に来た医者の話では寝不足が続いて体力が落ちていたのだろうと言う事で、この季節の受験生にはよくある事、と笑っていた。
「そういえば、毎朝眠そうな顔で朝食食べてたな・・・」
毎朝顔を合わせていたのに、もう少し早く気付いてあげられていたら、と零は自分の鈍感さに腹を立てていた。
夕食の準備のために部屋を出て行った寮母を見送った零は、目が覚めたら飲ませるようにと医者が置いていった薬を受け取ったはいいがどうしたものかと思案する。
「とりあえず目が覚めるまで待とうかな・・・」
高熱のせいで苦しげな呼吸を繰り返す健を放置するわけにも行かず、零は眠る健のそばに座る。
さっき散々泣いた事もあり、多分腫れている目で寮内を移動するのも気が引けた。
高熱のせいで額や首筋に浮かぶ汗を寮母が用意してくれたタオルで拭いていると、健が目を覚ました。
「あ、ごめんね・・・起こしちゃったかな・・・?」
申し訳なさそうに汗を拭く手を止めて離れようとする零を、健は手を伸ばして抱きしめた。
これは夢だ、と健は思う。
覚えている限りの記憶をたどり、自分が風邪を引いて熱を出して寝ているのだと現状を理解する。
熱で朦朧としているものの、とても幸せな夢だ。
「零ちゃん・・・好きだ。」
朦朧とした意識の中で花束のような甘い香りに包まれ、思わず想いを口にする。
「好きだ・・・」
せっかくの幸せな夢なのに、他に何を言えばいいのか思いつかないな、と健は思う。
夢ならずっと、覚めなくていいのに、と思いながら抱きしめる腕に力をこめる。
「好き・・・」
でも、抱きしめて好きだと言えただけでも十分だ、とそう思いながら再び意識を失った。
「・・・・・・」
再び眠りに落ちた健の腕からすり抜けた零はしばらくの間床に座り込んだまま呆然としていた。
男女の友情が成立するなら、健との関係はそういう関係だと、勝手に思っていた。
飾る事も、背伸びする事もなく、自然体でいられる相手。
伊織やかおる、駿といる時に背伸びをしていると言うわけではなかったが、隣を歩く事で、彼らに迷惑がかかるのではないか、と心のどこかで背筋を伸ばしている事は事実だ。
いつだったかかおるに、健の前ではそんな風に笑うんだね、と言われた事があったがそれはきっと、いつも三枚目のキャラを演じてくれる健に、無意識に気を許しているのだと思う。
「健君・・・」
苦しげな呼吸を繰り返す健を見つめていると、自分がどれだけ健に救われてきたのかを実感する。
些細な事に傷ついて落ち込んでいるときも、難しい課題に頭を悩ませているときも、いつも、理由も何も聞かずに自然と手を差し伸べてくれていた。
いつも、みんなに馬鹿扱いされていたけれど、その馬鹿な振る舞いに、どれだけ救われて来ただろう。
「健君が、元気でいてくれなきゃ私も元気になれないよ・・・」
声に出して呟くと急に泣きそうになって体育座りをした膝に顔をうずめるが、思いなおして健の額に浮き出す汗を拭く。
「早く元気になってね」
起こさないようにそっと首筋に伝う汗の雫を拭いていると、ノックもなしに勢い良くドアが開いた。
「ひゃっ!!・・・い、伊織君?!」
突然の出来事に驚く零に不機嫌な伊織の声が刺さる。
「俺がいないと他の男の部屋へ行くのか?」
まだ着替える前の伊織のスーツ姿は同じ高校生とは思えない凛々しさだったが、その分、その怒りのオーラは零をおびえさせた。
「ち、違うよ、健君が熱を出して、それで・・・」
「理由なんか聞いてない。他の男の部屋で二人きりになっている事実が問題だって言ってんだよ。」
伊織は座っている零の腕を取って立ち上がらせる。
「ま、待って、健君本当にすごい熱で・・・まだお薬も飲めていないし、このまま放っておけないよ!」
不機嫌そうに眉根を寄せる伊織に零は訴えるが、伊織は軽々と零の身体を抱き上げた。
「健にそんなに熱があるならなおさらだ。零にその風邪がうつったらどうする?」
もしもお前が熱を出したら、健がどんな目にあうかくらい、想像できるだろ、と苛立ちを含んだ口調のまま軽く睨まれた零はそれ以上何も言えずにうつむき、小さくうなづいた。
またまた、投稿間隔が開きすぎてしまいました・・・。
今年中には完結させる気合で頑張ります!