127:冬休み2
冬休みとは名ばかりの寮での勉強合宿の日々が続いている。
もともと学力の高いかおるや駿、伊織と言ったメンバーは普段と変わらぬ生活を送っているが、
零をはじめとした他のメンバーは自分の中にある不安を何とか克服しようと日々努力を続けていた。
食事時以外は各自部屋に篭っている事が多いが、冬独特の灰色の空が心にも理由のない不安の影を落とす。
「・・・・・・数学、難しいな・・・。」
取り組んでいる問題の糸口を見つけられず、零はつぶやく。
おそらく、入学自体は出来るだろうと思う。日本の大学と違い、いい大学の入学ハードルが高いわけではないからだ。
だからと言って、この程度の数学が理解できなければ入学した後ついていけないのは明らかだ。
「健君の邪魔しちゃうけど、ちょっと聞きにいこうかな・・・。」
クッションを抱えてごろりとラグの上に寝転んでつぶやく。このところ伊織と共に勉強をする事が多かったが、ここ数日伊織は父親に呼び出されて寮に戻っていない。
「それに、健君、今朝なんだか様子が変だったし・・・。」
いつも顔を合わせれば元気いっぱいで、朝から驚くほど良く食べる健が珍しく食が細かったのも気になっているのは事実だ。
悩んでいてもはじまらない、と零は問題集を抱えて健の部屋をノックした。
「健君・・・・・・いないのかな・・・?」
何度かノックしてみたが返事がなく、諦めて部屋に戻ろうとした時、部屋の中でドサリ、と何かが落ちたような音がした。
「・・・・・・??健君、開けるよ?」
そっとドアを開けると、外は暗くなり始めていると言うのに部屋の電気はついておらず、薄暗がりの中で床に倒れている健の姿が目に入った。
「健君?!」
慌てて駆け寄って抱き起こそうとするものの、体格差もあり、手間取ってしまう。
「健君?!健君!!しっかりして!!・・・・・・熱・・・?」
触れた身体が驚くほど熱く、ぐったりしている健に零は必至に呼びかけた。
「・・・・・・零・・・ちゃん?」
零の声に気付いた健が目を開き、ゆっくりと起き上がる。
「良かった・・・健君、すごい熱だよ?とりあえず、ちゃんと横になって・・・?」
とりあえず意識が戻った事にホッとしながらも、驚くほど熱い健の体温に零は不安の色を隠せない。
「へーき、ちょっと風邪引いただけだし。」
言いながら立ち上がろうとしてふらついた健を支えようとした零だったが、一緒に倒れこんでしまう。
「っ、ご、ごめん、零ちゃん・・・・・・ごめ・・・」
「た、健君?!健君!!しっかりして!!」
文字通り、零を押し倒すようにして倒れこんだまま意識を手放してしまった健に、零は必至に呼びかけながらぐったりした健の身体の下から抜け出そうともがく。
「健君、しっかりして!健君!・・・・・・お、重い・・・」
やっとの思いで上半身だけ抜け出し、膝枕をするような形で床に座る。
「すごい熱・・・どうしよう・・・とりあえず、冷やさなくちゃ。」
枕になりそうなものを、と部屋を見渡すが、手の届く範囲にそれらしきものはなく、健の頭を床におろして立ち上がろうとしたところで健に腕を掴まれた。
「健君?!良かった、気が付いてくれたんだね・・・。私、冷やすもの持ってくるから、少し待ってて?」
掴まれた手が燃えるように熱い。
「零ちゃん・・・ごめん、俺・・・」
苦しげな声を出す健に、零は微笑む。
「大丈夫だよ、謝らないでね?私、お薬もらってくるから・・・」
安心させるように、自分の腕を掴む健の手に自分の手を重ねる。
「行くな・・・ここに、いて・・・」
腕を掴む手にぎゅっと力が入り、痛いほどだ。
「すぐ、もどってくるよ?お薬も飲まなきゃ・・・っひゃ!」
立ち上がりかけた中途半端な体制だった零は、強く腕を引かれてそのまま健の胸の上に倒れこむ。
「どこへも、行くな。」
そのまま強く抱きしめられた零は身動きさえ出来なくなる。
高熱のせいなのか判断の出来ない健の鼓動がすぐ耳元で聞こえ、そこに自分の心音が重なって全身が熱くなった。
「・・・好きだよ、零ちゃん・・・ずっと、ずっと好・・・」
強く抱きしめられていた健の腕の力が抜け、突然開放された零は再び健が意識を失った事を理解し、慌てて立ち上がる。
寮母さんの部屋へ慌てて走りながらも、うわ言のような健の『好き』と言う言葉がよみがえり、鼓動が加速してしまう。
「くらっち、健君がすごい熱を出して大変なの!お薬とか、身体を冷やすもの、何かない?」
寮母の部屋をノックしながら、零がそういうと、部屋の中でごそごそと音がし、すぐにドアが開いた。
「健君が病気なんて、初めてだわ。大丈夫かしら?」
手に救急箱を持ち、零に小さな保冷財を濡れタオルにくるんだ即席の氷枕を手渡す。
「本格的なのはまた後で、とりあえずはこれでね。」
寮母の手際のよさに感心しつつも、零は寮母に従って健の部屋に戻る。
部屋を出たときと同じく床の上に寝ている健を見て、首元に手をやり、インフルエンザかしら、と小さくつぶやいた。
「インフルエンザ?!」
零が驚いて声を上げると、寮母はもしかしたらね、と微笑んだ。
「ベッドにあげるのは無理そうだから、予備のお布団、床に敷いちゃうわね。零ちゃん、手伝ってくれる?」
寮母の指示に従って床に布団を敷き、二人がかりで健を寝かせた。
いつも元気で、話すだけでこちらまで笑顔になれる健がぐったりしてしまっているのは、見ているだけで辛い。
「零ちゃん・・・」
熱にうなされながら健が零の名を呼ぶ。意識が戻ったのかと思うがどうやら寝言のようだとわかり、零はため息をついた。
「健君は、よっぽど零ちゃんの事、好きなのね。」
寮母のその言葉に零の鼓動が跳ねる。
「ふふ、零ちゃんがそんな風に可愛いから、健君だけじゃなくて、みんな、とっても優しくなったと思うわ。」
思わぬ寮母の言葉に、零は戸惑う。
「零ちゃんが来るまではね、この寮のみんな、けんかこそないけれど仲良くはなかったのよ?一緒にお出かけをする事も、一緒にお勉強をする事も、ね。」
「そうだったんだ・・・」
「最初は女の子が来るって聞いて、いろいろ心配もしていたんだけど、零ちゃんがここに来てくれたことで、私も、そしてみんなも本当に素敵な毎日を過ごせているって思ってるはずよ。ここに来てくれてありがとう、零ちゃん。」
ありがとう、と言うその言葉に、零の中にずっとくすぶっていた、自分はお荷物なのではないか、と言う不安が安堵に変わり、今までの不安の塊が涙になってあふれ出す。
「私・・・私、嬉しい・・・」
泣きながら抱きついてきた零を寮母は優しく抱きしめるのだった。
ひそかに健君の純情さは好きです。