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いつも君がいた  作者: 遙香
122/139

122:屋上へのお誘い


 12月が近づくと、寮から見える街がクリスマス色に染まり、特に予定がなくても心が躍る。

学長の趣味だ、と言う3メートル程もある大きなクリスマスツリーが学内に登場し、零達のいる海外進学棟は学校とは思えない装飾で美しく飾られていた。

「すごいね、夜の間に飾り付けしてくれたのかな?」

教室内のツリーや、ロッカーの上に置かれたオブジェの数々、暗くなればきっと美しくきらめくだろうと思われるイルミネーション。見ているだけでも心が躍る。

「零ちゃんは初めて見るんだったよね。毎年クリスマスの時期はこんな感じなんだ。屋上はもっと綺麗だよ。放課後一緒に見に行こうか?」

自分の言葉に瞳を輝かせる零にかおるは微笑んで、約束だよ、と零の手を取って小指を絡めた。

「あ・・・」

まっすぐに自分の瞳を見つめるかおるの優しい微笑みと、触れた指先の温かさに零の鼓動が跳ねる。

「零ちゃんの手、冷たいね。大丈夫?寒くない?」

そのまま両手で手を包み込むように握られた零はどうしようもなくドキドキする鼓動を抑えられずにかおるの愁いを含んだような瞳を見つめる。

「かおる、ナイトが姫を困らせるような真似、するな。・・・お前も、大人しくしてないで思ってる事くらい自分で言え。」

零の脳裏に伊織の影がよぎった事を見透かすような駿の言葉に、零は返す言葉を見つけられずに駿の呆れた様な顔を見上げる。

「僕は・・・姫を困らせているつもりはないよ。冷えた姫の手をあたためていただけ。」

どうだかね、と言う駿の呟きにかおるは小さくため息をついて、ごめんね、と零に微笑んだ。

「零ちゃんが戸惑っているって事くらいは分かってるよ。でも、僕はそれでも、君の手に触れていたいんだ。」

悲しげに揺れるかおるの瞳は、それでもまっすぐに零を捕らえて放さず、心の奥を締め上げる切ない苦しさに零はため息をついた。




 かおるとの約束は、きっと美しいであろう屋上を観に行きたいと思う気持ちと同時に、必ず自分を迎えに来てくれる伊織への裏切りであるようにも思え、零は何となく落ち着かない気持ちのまま帰り仕度をはじめていた。

「零ちゃん、邪魔が入る前に行こうか?」

ふわり、と首に巻かれたマフラーに零が驚いて顔をあげると、いつものようにかおるが柔らかな微笑みを浮かべている。

「あ、う・・うん・・・これ、かおる君の・・・」

伊織に対する後ろ暗い気持ちを振り切れないまま、零は首に巻かれたマフラーに手をかける。

「屋上は寒いから、姫が風邪をひかないように、ね。」

いつもながら、殺人的なウインクに零は言葉をなくし、かおるにエスコートされて屋上へ足を運んだ。



「・・・あの野郎、また人の女に手を出しやがって。」

屋上へ続く階段に向かう零とかおるの後姿を見た伊織が呟く。クリスマス仕様の屋上はきっと、可愛いものが大好きな零の心を躍らせるに違いない。そう思うのは、零の事を少しでも知っている相手なら誰でも同じなのだろう。

優しい紳士の様でありながら、誰よりも強引なかおるの誘いを断らないのは、零の弱さではなく優しさだと、伊織は思う。零が誰かの頼みを断るところを、思えば一度も見た事がない。どんな相手のどんな頼みでも、彼女は笑顔で受け入れてしまう。

「・・・しゃーねぇ。途中で奪い返してやるさ。せいぜい、短いデートを楽しめよ、ナイト様。」

二人が消えて行った階段を睨みながらそう呟いた伊織は、何事もなかった様に零のいない教室に入って零の席に座った。

「・・・姫なら、もう帰ったぞ。」

隣の席で本を呼んでいた駿が伊織の方を見るでもなく呟く。

「知ってる。さっきナイト様と屋上へ行くのを見かけたからな。」

伊織はそう言って、相変わらず本心の見えない駿の横顔を見る。

「そうか。知っているなら話が早くて助かる。」

用がないなら帰れ、とでも言いたげな駿の口調に伊織は少し笑い、迎えに行くにはまだ少し早すぎる、と頭の後ろで両手を組んだ。

「ナイト様も、いつも姫を守っているだけじゃかわいそうだからな。少しくらいは楽しませてやるさ。」

予想外の伊織の言葉に駿は内心驚きつつ、勝手にしろ、と短く答えて手の中の本の世界に戻って行った。



「・・・わぁ!すごいね!・・・綺麗!」

屋上に出るドアを開くと、そこには見慣れた屋上の光景はなく、美しく飾られたツリーにや様々なオブジェ、きらめくランプの輝きでさながら絵本の中の世界の様だ。

中でも目を引くのは、クリスマスの街のジオラマだ。細かいところまで再現されていて、個々の家の窓を彩る灯りが美しい。

すごい、可愛い、綺麗を連発しながら一つ一つを見て回る零の少し後ろをついて歩きながら、かおるはただそれだけの事で心の奥があたたかなもので満たされていくのを感じる。

零の瞳に映るものと、自分が見ているものは同じである事が嬉しくて、楽しそうに笑う零の笑顔が自分に向けられる度に苦しいほど愛おしくなった。

「・・・零ちゃん、寒くない?」

制服の短いスカートから伸びた足。学校指定の制服、とはいえ見るからに寒そうだ。

「うん、平気だよ。・・・ねぇ、これ見て?すごいね!可愛い!」

ジオラマに夢中になっている零は子供の様に瞳を輝かせて細かい細工に魅入っている。かおるはそんな零に優しく微笑んで零の指先が示す場所に視線を移した。ジオラマの中の聖歌隊。手に持ったろうそくの灯りが小さなLEDで再現されていて、美しく輝いている。

「本当に、綺麗だね。・・・でも、こんなにも手が冷たくなってる。寒くないなんて、嘘ついちゃだめだよ?」

かおるはそう言って、零の手を握ると、そのまま零を自分の方へ引き寄せた。

「身体だって、こんなに冷たくなってるのに・・・すぐに平気って強がるのは、零ちゃんの悪い癖だよ・・・。」

身動きが取れないほど強く抱きしめられた零は、囁くように舞い降りるかおるの声に寒かったはずの身体が熱を持つのを感じる。

「じっとして・・・少しの間だけ、こうしていたい・・・今だけでいいんだ。」

かおるの悲しげな囁きに、零は息苦しいほどの胸の痛みを覚えていた。

1月に入ってからクリスマスのネタになってしまいました。


今年も引き続き頑張ります!

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