117:対立と融和
「伊織、姫をからかうのもいい加減にしておけ。」
伊織の甘い毒に侵されて動けなくなってしまった零だったが、駿の声にハッと我に返った。
「からかってなんかいないさ。お前らが邪魔しなけりゃもっと深く触れられるのに、これでも遠慮してんだぜ?」
邪魔するな、と言わんばかりに伊織はそう言って、零の背中に回した手に力を込めて首筋に頬を寄せた。
「嫌がられてる事に気付かないなんて、残念なヤツだな。」
駿の言葉に、伊織の身体がピクリと反応し、抱きしめていた零の身体をそっと放してゆっくりと駿に歩み寄った。
「・・・もう一回言ってみろ。お前、今更何がしたい?臆病者の癖に外野がごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ!」
伊織の激しい怒りに、零はどうしていいか分からずに助けを求めるようにかおるを見る。かおるは呆れた様な表情を浮かべながら二人の様子を見守っていたが、零と視線が合うと小さくため息をついた。
「零ちゃん、僕らは向こうへ行こうか?男の喧嘩なんて、見たくないでしょ?」
いや、そうじゃなくて、と零は思う。そもそも、なぜ突然喧嘩が始まってしまったのだろう。
「俺は何もしないさ。強いて言うなら、暴君が自滅するのを待ってるとでも言ってやろうか?」
いつになく刺のある駿の言葉に零は伊織が手を出してしまうのではないかとハラハラしながら二人を見る。伊織よりも背の高い駿はわざとなのか無意識になのか、伊織を見下ろすように冷めた視線を向けている。
「・・・伊織も、駿も、姫の前で喧嘩なんて見苦しい真似は、慎んだ方がいいんじゃないかな?」
ゆっくりとした動作で伊織と駿の間に割って入ったかおるはそう言って零に微笑んで見せる。
「僕としては、二人が決闘して相打ちってストーリーが一番ありがたいんだけど、残念ながらそう言う結末を姫が望んでいないからね。」
かおるの言葉に、伊織は舌打ちをして零に向き直り、悲しげに揺れる零の瞳が自分を見つめている事に気付いてばつが悪そうに謝った。
「・・・悪かったよ。ごめん。喧嘩なんかしないから・・・そんな顔すんなよ。」
少し前までの怒りが一気に冷め、苦い後悔が心の奥に広がって行く。ぎゅっと締めつけられるようなその痛みに伊織は顔をしかめた。
「伊織君・・・あの、私・・・」
「零ちゃーんっ!」
零が伊織に対して、卒業アルバムの企画の事を言い出せずにいた事を謝ろうとした時、よく通る健の声が響いた。零が声の方を振り向くと校舎の2階から手を振る健の姿があった。
「俺も近くで見たいから!待ってて!」
「あ・・私たち、そろそろ教室に・・・」
そろそろ引き上げるから、と言おうとした時には健の姿はなく、待つ、と言うほどの時間もかからず健が中庭に姿を現した。
「こんな楽しい事やってるなら俺にも教えろよっ!」
よく通る声で叫びつつ、声とほぼ同時に到着した健は零の姿に見惚れて立ちつくした。
「相変わらず、嵐の様なヤツだな。」
「本当に、健くらい自分に素直にいられたら幸せだろうね。」
かおると駿の会話に、伊織はやれやれ、と肩をすくめ、健に穴があくほど見つめられて戸惑っている零に苦笑した。
「かおる!」
ハッと我に返った健は大声を出しつつ勢いよくかおるを振り返る。
「・・何?」
そんな大きな声出さなくても聞こえるよ、とかおるは苦笑しながらも返事を返す。
「写真!かおるカメラ持ってるんだろ?みんなで撮ろうぜ!伊織もいるならちょうどいいじゃん。」
お前、せっかく寮アルバム作ろうぜって話してる時にいないからお前だけ全然写真ないんだぜ、と健は続ける。
「今ならカメラマンもいるじゃん!おーい!竹川っ!写真撮ってくれよ!」
そう言って少し離れたところにいた竹川の元へ走って行く健の後姿に、そこにいたメンバーは思わず顔を見合わせて笑う。
「みんなで写真、はいいけど・・・健だけジャージなんだけどね?」
かおるの言葉に、みな同意しつつも健らしいからその方がいいという結論に至ったところで健が竹川を連れて戻ってきた。
「さっさと撮るぞ!俺は忙しいんだ。」
ブツブツ文句をいいながらも竹川はかおるが渡したカメラを受け取ってカメラを構える。
「零ちゃん真ん中で、俺、隣ね。」
「ジャージ野郎は後ろの方がいいんじゃねーの?」
「うっせーよ!って言うか、お前何でスーツなんだよ!」
「・・・健、声でかすぎ・・・」
わいわい騒ぐいつものメンバーに、先刻険悪になりかけていた空気は残っていない。零はその事にホッとしながら男同士の友情の欠片を見る思いで微笑んだ。
どんなに言い合っていても根本のところで解り合っていて、認め合っていて、少しの事では壊れる事のない関係がうらやましくもあった。
ヤキモチとか、好きです(笑)
いつも読んで下さってありがとうございます!!