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いつも君がいた  作者: 遙香
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109:弱さと決意


『泣けば済むと思ってんの?バカじゃないの?』

幾度となく投げられた、忘れかけていたその言葉が零の中に蘇る。

泣けば済むなんて思ってない。泣きたくないと思っても心が痛みに耐えられずに涙がこぼれてしまうだけなのに。

泣いても何も解決できないことくらい、嫌と言うほど分かっている。

でもどうして、と零は思う。泣かなければ耐えられない程の言葉を投げたくせに、泣く事も許さないなんて。

「わかってる・・・わかってるのに・・・っ!」

もう嫌だ、と零の心が叫ぶ。泣きたくなんかないのに。泣いているのは、自分のせいなの?

零の様子に違和感を覚えた伊織はハッと我に返る。前にも一度、零がこんな風に泣いた事があった。過去に負った零の心の傷をこじあけるような事を、自分はしてしまったのだろうか、と言う思いに囚われた伊織は零にかけるべき言葉さえ見つけられずに顔を隠して泣きじゃくる零を見つめた。


「すまない、車を止めてくれないか。」

伊織は街を滑るように走る車を止めるよう、運転手に声をかける。

幼いころから、使用人や運転手がいる事が当たり前だった。使用人や運転手は、そこにいても「いないもの」として扱うよう教育されてきたが、ふと今までの二人の会話をどう思って聞いていたのだろうと思うと胸がざわめいた。

「かしこまりました。」

運転手はいつも通りの冷静な穏やかさで答え、道路脇に車を寄せた。

「ありがとう。すぐに戻る。」

ドアを開けて腰を折る運転手に対して声をかけた伊織は、零を抱いたまま車を降りる。

視線の先に小さな公園を見つけた伊織は公園の中のベンチに腰をおろした。11月の終わりに近づいた季節、肩や腕の出た零の体温が奪われないよう、ジャケットを脱いで零の身体を包む。夜に冷やされた晩秋の風は頭を冷やすにはちょうどよく、緩やかに体温が奪われるのと同時に波立っていた心も落ち着きを取り戻した。

「・・・零、ごめん。」

腕の中で泣きじゃくっている零に声をかける。自分で泣かせておいて、泣きやんでもらう方法を見つけられずに伊織はしばらくの間零を腕の中に閉じ込めたまま言葉を探す。

「私が・・・悪い・・から、」

しゃくりあげてうまく話せない零の途切れる声に、伊織はハッとする。誰がどう見ても悪いのは伊織なのに、それでも零は自分の事を責めているのだと理解すると同時にやりきれないほどの心の痛みを覚えた。

「違う・・零は、悪くない。」

やっとの事でそれだけを言い、強く零を抱きしめる。悪いのは自分の弱さだ。零の心を捕まえる事ができなくて、零の心が見えなくて、不安で怖くて仕方がない自分の弱さ。

「ごめん、零・・・悪いのは俺だ。・・・ごめん。俺、零が俺から離れて行ってしまうのが怖くて、どんなに俺が零の事を想っても伝わらないのが辛くて、零に八つ当たりなんかして・・・ごめん・・・。」

言いながら、自分の心の中の弱さと痛みに目頭が熱くなるのを感じた伊織はそんな自分をごまかすように言葉を続ける。

「俺がどんなに零を好きでも、零は俺を好きじゃないんじゃないかって思うと、自分でも抑えられないくらいの焦りとか、痛みを感じて・・・その感情をどう制御していいかわからなくなるんだ。自分で自分に苛立って・・・零が悪いわけじゃないのに零のせいにして逃げようとしたんだ。」

こんなんじゃ、零に嫌われても仕方ないよな、と伊織は力なく呟いて、零の身体を放してベンチに座らせた。自分から手を放したくせに、身体に穴が開いた様な喪失感に伊織は強く手を握りしめる。零に背を向けて立ちつくしていた伊織だったが、心の中で何度か同じ言葉を繰り返した後振り向いて零を見た。

「・・・零、俺を見ろ。」

その声に含まれた伊織の強い意志に、零は顔を上げる。二人の視線が絡み合い、一瞬伊織の瞳の奥に不安の色が閃くが、それはすぐに彼の自信に満ちた強い光に変わる。

「零、」

伊織は零の前に跪いて戸惑っている零の手を握る。まだ瞳は赤く、少し潤んでいるものの涙は止まっていた。

「俺はまだまだ、零を守れる程強くない。零の気持ちも理解できなくて、自分の思い通りにならなくて苛立ったりもする。だけど、俺は零が好きだ。・・・泣かせてしまったけど、零が辛い思いをしないように、いつも笑っていられるように守りたいと思ってる。」

伊織は自分の心の中を落ちつけるように一度言葉を切って、まっすぐに零を見つめた。

「もう二度と泣かさないと誓う。必ず零の心を、ちゃんと抱きしめてみせるから、俺のそばにいろ。」

そう言って、ふわりと伊織は微笑む。

「俺にこんな事を言わせて、跪かせる事が出来るのはこの世に零一人だけだ。・・・光栄に思えよ?」

挑戦的な、少し毒のある光が伊織の瞳にひらめく。

「零が何を思っていようが、必ず俺に惚れさせてみせる。必ず、だ。だから安心して俺のそばにいればいい。」

伊織の強引な言葉に、零は思わず笑い、小さく頷いた。

「・・・私、伊織君の事、好きだよ。自分の事が嫌いだから、時々怖くなるけど、でも・・・伊織君の事、大好きだよ。」

零の言葉に伊織は驚いた表情を浮かべ、すぐにいつもの少し意地悪な微笑みを浮かべた。

「それは、一生貴方の傍にいます宣言って理解して、いいのか?」

伊織の言葉に零の頬が赤く染まり、いてもいいの?と問いかけた。

「・・・このタイミングで、そんな可愛い事すんじゃねーよ!」

こっちが照れるじゃねーか、と照れた顔をした伊織だったが、跪いたまま零の身体を抱き寄せた。

「当たり前だ。・・・零が嫌だって言っても離してやらねーからな。」

秋の終りの冷えた夜風に冷たくなった零の額に自分の額を付けて、伊織は心の中で思う。牙の抜けたライオンでは大切な人を守れない。強引じゃない俺は俺じゃない。

「格好悪いところ見せて悪かったな。もう少しで自分を見失うところだった。」

そう言って伊織は小さく笑い、零の額に口づける。

「・・・泣かせてごめん。もう二度と同じ事はしない。許してくれ。」

まっすぐに自分を見つめる迷いのない伊織の瞳に、零は黙って頷いた。

「帰るぞ。」

言って伊織は立ち上がり、軽く膝の埃を払ってから零の身体を抱き上げた。

「い・・伊織君、私大丈夫だよ・・?」

戸惑う零に、ちゃんとつかまれ、と少し不機嫌そうに答えた後、伊織は悠然と歩きながら間近にある零の瞳を見た。

「嫌だ、って言っても離さないって言ったろ?俺は有言実行タイプなんだよ。」

それに、と歩きながら伊織は続ける。

「そのヒールでこの砂利道を歩かせる程、俺は馬鹿じゃねーよ。」

自信に満ちた伊織の瞳に、零の心の中の不安が少しずつ消えて行く。もっと伊織に近付きたい、と思う。伊織の傍にいてもいいと認められる人になりたい、と伊織の腕の中で零は思っていた。

あけましておめでとうございます。

自分の弱さを認める強さは素敵だと思います♪

今年も一生懸命頑張ります♪

よろしくお願い致します♪

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