101:未来の約束は
パーティー会場は、高級ホテルの中にあり、フロントに横付けされた車のドアをベルボーイが開けてくれる。
零は伊織のエスコートで車を降り、パーティー会場へ向かう。きょろきょろしないように、うつむかないように、と自分に言い聞かせながら伊織の隣を歩く。
「零、大丈夫。いつも通りでいいから。」
「え・・でも・・」
「普通でいいんだよ。零は常識のある素晴らしい女性だと俺は思ってる。言葉づかいも綺麗だし、いつも通り振る舞えばいい。」
そのかわり、と伊織は少し照れたような顔で、俺の事見て笑うなよ、と釘を刺した。
パーティー会場が近付くにつれ、ドレスアップした人たちがそこここで談笑している姿が目に映る。みな伊織の姿をみとめると会話を止めて会釈する。
「親父に挨拶に行くぞ。」
「はい・・」
すれ違う面々の、この子は誰だろう、と言う好奇の視線が痛い。かおるとパーティーに行った時もそうだった。主賓と共にいる事の重責に零は今更ながら胃が痛くなる思いがした。
「くそ・・みんな零の事じろじろ見やがって。俺の零をじっと見ていいのは俺だけだ。」
いらだたしげに伊織は呟き、ぎゅっと零の腰に回した手に力を入れて引き寄せる。
「零、やっぱり、俺以外の男を見るな。」
「え・・?!」
戸惑う零に俺って独占欲強かったんだな、と伊織は照れたように笑いながらも零に何か話しかけようとした中年の男性を体よくあしらって追い払った。
広いパーティー会場の中をしばらく彷徨い、伊織はようやく父親の姿を発見して歩み寄る。
「伊織、よく来てくれた。・・・はじめまして、お嬢さん。」
「彼女は佐倉 零。俺の大切な人だ。零、俺の親父だ。」
はじめまして、と零は頭を下げつつ、伊織の言葉に思わず頬が熱くなる。
「零さん、かわいらしい方だ。伊織にはもったいないな。」
優しそうな微笑み、でも探るような見極めるような鋭い視線。伊織と親子だと言う事が良く分かる。
「俺もそう思う。俺は零に見合う男にならなきゃいけないんだ。」
伊織の言葉に少し驚いた表情を見せた伊織の父はなるほど、と小さく呟く。
「守るべきものがあると言うのは男にとってかけがえのないものだ。逃がさないように、奪われないようにしっかり守れよ。」
そう言って軽く肩を叩かれた伊織は、隣にいる零にも伝わる程に動揺していた。
「それじゃ・・・」
「お前がどう成長するか、見せてもらおう。」
「・・・ありがとう、ございます。」
いつもの伊織らしくなく、そう言って頭を下げる。零はそんな伊織に驚き、慌てて自分も頭を下げた。
「零・・・よかった!」
「伊織く・・・っ!!」
痛いほどきつく抱きしめられて突然重なった唇に零は瞳を閉じることすらできずに硬直した。
「若いな、伊織。お前たち、注目の的だぞ。」
冷静な父親の声に、伊織は腕の力を解きながら邪魔をするなとでも言わんばかりの不満げな視線を投げる。
「零は俺のものだと、零をじろじろ見てるやつらに見せつけてるんだ。見たい奴は見ればいい。」
それともう一つ、と伊織はまっすぐに零の瞳を見つめながら言葉を続ける。
「俺が、零に惚れてるんだ。俺が、零を求めてる。その事を馬鹿な奴らに理解させとかなきゃな。」
「伊織君・・・」
伊織の言葉に零の白い肌が熱を持つ。そんな二人の様子を見ていた伊織の父親は小さくため息をついた。
「お前がどれだけ零さんの事を想っているかよくわかった。・・・零さん、貴方がよければ今日この場で二人の婚約を発表したいのですが?」
「親父っ?!」
「えっ?!」
二人の声が重なり、零と伊織は思わず顔を見合わせる。
婚約、と言う言葉が零の中でこだまする。それは未来の約束。伊織の事を好きだと思う気持ちに嘘はなかったが、まだ高校生である自分にとって縁のない話だと思っていた。
「・・・親父、俺たちはまだそんな・・・」
言いかけた伊織を視線で制し、伊織の父親は零に答えを促した。
「私は・・・」
突然の事に戸惑いながらも、零は自分の中の想いを伝えられる言葉を探す。
「伊織君の事は本当に大切な人だと思っています。出来るならずっとそばにいて欲しいし、そばにいたいと思っています。でも・・・今の私はまだ未熟で、自分の事さえきちんと理解できていないのに、そんな私が未来の約束をする資格はないと、思っています。」
言葉を紡ぐ間、心の奥を見透かすような鋭い視線に捕らえられて声が震えそうになるのを必死に抑える。
「これから私たちは、自分の夢や目標のために大学へ行って、それぞれの未来のための時間を過ごします。約束をするのは、その後でも遅くないと思います。」
なるほど、と相槌を打った伊織の父親は、伊織に視線を向ける。
「お前はどう思う?」
「俺は・・・離れてしまう前に約束をして安心したいと思うけど、約束で零を縛るのは嫌だ。お互いに、それぞれの場所で成長した後で、もう一度気持ちを確かめてからの方がいい。」
零と伊織の視線が交わり、どちらからともなく微笑み合う。
周囲の好奇の目から守るように零の腰に回した伊織の手が優しく抱き寄せた。
気がついたら100話を越えていました。
ずっと読んで下さっていらっしゃる方が居て下さるとしたら・・・
とてもとても光栄な事だと思います。
ありがとうございます。
※通し番号間違えていたので修正しました。