↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えないと虐げられた令嬢は、余命わずかな辺境伯の契約妻になりました  作者: 青空一夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/27

第3話 医者さえ呼ばれない

 屋敷の使用人は、以前とすっかり顔ぶれが変わった。新しく雇われた者たちは、クリスティアーナがかつて伯爵令嬢だったことなど気にもしない。

 テニエス伯爵から「魔法も使えない役立たずだ。今はメイド見習いのようなもので、私の娘とは思っていない」と聞かされていたので、彼女を敬う者は誰もいなかった。

 クリスティアーナの生活は一変した。まだ空が薄暗いうちにメイドたちが起こす。

「いつまで寝てるのよ! もうあんたはお嬢様じゃないんだよっ。早くメイド服に着替えて働きなよ。あんたは、みんなが嫌がる洗濯係になったから。さぼったりしたら旦那様に言いつけるよっ!」

 井戸から水を汲み、冷たい水で洗濯をする。何度も水に手を浸しているうちに、指先は赤く腫れ、皮膚が裂けて血が滲むようになった。それでも洗濯物は毎日山のように積まれていった。


 そんなある日、クリスティアーナがようやく洗い終えた洗濯物を干していると、ヴィッキーが来て、洗濯カゴに気づかないふりをして蹴飛ばした。

「あらら、ごめんなさいね。こんなところに洗濯カゴがあるなんて思わなかったわぁ」

 たった今洗ったばかりの洗濯物に泥がべったりとついてしまう。

「さっき洗ったばかりなのに……」

「何よ、あたしに文句があるの? あたしはここのお嬢様で、あんたはもうメイドなのよ」

「ご、ごめんなさい……」

「もう一度洗いなよ。ちゃんと綺麗にしないとお父様に言いつけるわよ」

 ヴィッキーはクスクスと笑いながら去っていった。


 クリスティアーナはそれを拾い上げ、再び洗濯場へ向かう。水に手を入れた途端、裂けた指先に鋭い痛みが走った。思わず手を引っ込めると、背後からメイドの声が飛んできた。

「何をしているの? まだ洗ってないなんて、愚図で怠け者だわ。あんたみたいなのがメイド仲間だと思うと、ほんと嫌なのよねぇ」

「ご……ごめんなさい」

 痛みをこらえて布を揉み洗いしているうちに、指先から滲んだ血が洗濯物についてしまう。

「あ……」

 慌てて洗い流そうとしたが、なかなか落ちない。

 そこへ様子を見に来たクラウディアが、血のついた洗濯物を見て顔を顰めた。

「なによ、これは!」

「申し訳ありません。手が切れてしまって……」

「自分の手もまともに管理できないの? 今日の夕食は抜きよ。その血が落ちるまでずっと洗い続けなさい」

 クラウディアはクリスティアーナの手を一瞥すると、鼻を鳴らした。


 その夜、クリスティアーナは夕食を食べられなかった。小屋へ戻る途中、厨房の裏に捨てられたパンの切れ端が目に入った。

 昼から何も食べていない。クリスティアーナはしばらくそのパンを見つめていたが、やがて拾い上げ、汚れた部分を指で払い落とした。

 硬くなったパンを口に運ぶ。

 噛むたびに、乾いた欠片が喉に引っかかった。

 それでも、空腹のあまり残さず食べた。

(……惨めだわ……まさか、こんな生活をすることになるなんて。お母様、わたしも一緒に天に召されたかった)

 クリスティアーナの頬に涙が流れた。


 それからは、クリスティアーナに酷い言葉を浴びせた侍女やメイドが、クラウディアやヴィッキーから褒められる日常が続いた。それを見たほかの使用人たちも、競うようにクリスティアーナに意地悪をするようになった。

 使用人たちはわざとクリスティアーナの仕事を増やした。いつもすることは同じだ。綺麗に洗った洗濯物をクリスティアーナが干し終えると、竿ごと洗濯物を地面に落とす。ヴィッキーやクラウディアはそれを止めるどころか、手を叩いて笑った。

「ああ、面白い。屋敷に置いてもらっているだけでも感謝してよ。仕事をさせてもらえるだけでもありがたいんだからね。だって、あんたは魔紋もない恥さらしなんだから」

 クラウディアはクリスティアーナが憎くてたまらない。

(こいつの母親のせいで、あたしはずっと日陰者だった。そんな女にそっくりなこの子なんて、いなくなってしまえばいいのに)


 テニエス伯爵は少しも庇わなかった。もともと、魔紋のないクリスティアーナに興味もない。だから、廊下ですれ違っても、クリスティアーナを見ることさえない。

 たまに口を開けば、罵倒する言葉しか言わなかった。

「いつまでそんなところに突っ立っている? 仕事をしろ。魔力なしの穀潰しがっ!」

 クリスティアーナはテニエス伯爵の目に触れぬよう、仕事以外は小屋に引き籠もるようになった。


 そんなある朝、クリスティアーナはひどい寒気を覚えた。

 体が重く、起き上がるだけで目眩がする。それでも休むことは許されない。いつものように屋敷へ向かい、洗濯を始めた。だが、手を動かしているうちに視界がぼやけ、洗い桶の前に崩れ落ちた。

「ちょっと! 何をしているの! さぼってんじゃないよっ!」

 メイドの一人が声を上げると、近くにいた者たちも何事かと集まってきた。

「ご……ごめんなさい……」

 クリスティアーナは起き上がろうとしたが、手足に力が入らない。


 集まったメイドの一人がクリスティアーナの額に触れた。

「やだ、ひどい熱だわ。あたしたちに病気が移ったら迷惑よ」

「困るわよ。クリスティアーナが洗濯係なのに……あたしたちがしなきゃならないじゃない」


 騒ぎを聞きつけたクラウディアが、不機嫌そうな顔で洗濯場へやってきた。

「朝から何を騒いでるのよ!」

「奥様、クリスティアーナが倒れまして。かなり熱があるようです」

「だったら小屋に戻しておけばいいわ。こんなところで倒れてたら、邪魔よ。代わりにお前たちが洗濯すればいいのよ」

「やっぱり、あたしたちがするんですか……まったく、クリスティアーナったら使えない。あ、でも……お医者様は……呼ばなくていいんですか? 一応、この人、伯爵令嬢でしたよね?」

 メイドがそう尋ねると、クラウディアは呆れたように眉を上げた。

「医者? こんな子のために、わざわざ医者を呼ぶわけないでしょう? 悪化してもしものことがあったら、それは寿命というものよ。目障りだから連れて行って!」

 クラウディアは床に倒れているクリスティアーナを、ゴミでも見るように睨んだ。


 クリスティアーナは彼らの声を聞いていたが、返事をする力もなかった。

 結局、メイドに肩を貸されて小屋へ戻される。暖炉もない小屋は、外と変わらないほど冷え切っていた。薄い毛布をかぶっても寒さは少しも和らがず、歯がかちかちと鳴った。喉が渇いていたが、水を汲みに行くこともできない。

(寒い、とても寒いわ。これもわたしが魔法を使えないせいよね。なぜ、わたしはこんなに無能なの? 少しでも力があったら、お父様だってこんな扱いをしなかったはず……なにもかもわたしが役立たずなせいなのよ……)


 翌朝になっても熱は下がらなかった。

 クリスティアーナは毛布の中で体を丸め、震え続けた。

(このまま死んでしまうのだろうか)

 そう思うと怖くなり、涙がこぼれたが、これ以上ここにいて惨めな生活を送るよりはマシかもしれない、などとも思うのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。