5 侵入者
「おまたせ」
揺れるキーホルダーを、ぼんやりと眺めていた。
不意に斜め上から降ってきたその声に、私ははっと意識を取り戻す。視界に入ったのは、チャームのたくさんついたクロックス。彼女だ。
「うう、ん……」
ゆっくりと顔を上げた私の視線は、彼女の背後の人物に固定された。
「今日、由奈いないから、晴音も一緒に」
そう告げる彼女の後ろで、市原さんが軽く会釈をした。
「由奈、大丈夫かなー」
「あー、昨日マック食べ過ぎて、お腹痛いらしいよ」
「マジ? なんだ、自業自得じゃん」
二人の笑い声が廊下に響く。それを聞きながら、私は少しずつ歩くペースを緩めた。
横にいた彼女がそれに気づいて、あ、と目を開いたのを、視界の端で捉える。私は、廊下の汚れが気になった振りをして、すっと顔を背けた。
「あかりは、ハンドボールだっけー? 」
市原さんが楽しげな声で彼女に聞いた。左手に持ったバドミントンのラケットを足で蹴りつつ、右腕を彼女に絡ませて、甘えるようにもたれ掛かって。
「そーそー。晴音はバドだよね」
彼女はそう言ってから、振り返って私を見た。
「美緒ちゃんは、サッカー? 」
――やめて!
市原さんがちらりとこちらを一瞥した。
「……うん」
「サッカーもいいよねー。今どんな練習してるの? 」
視線を向けなくても、チクチクと敵意のこもった視線が突き刺さってくるのを感じる。私は彼女の交じり気のない善意に、申し訳ないけど思いっきり舌打ちしたい気分だった。
「なんか、コーン並べて、間をジグザグにドリブルしたりとか。最近はあんま練習しないで、試合ばっかしてる」
「えーいいなー。試合のが楽しいよね、ね、晴音」
彼女が市原さんに話を振って、私はこわごわと市原さんの様子を覗き見た。その瞬間、バチッと音がしたと錯覚するくらい、しっかりと目があった。
唇の端が、片方だけ、醜く吊り上がった。
「へぇー、サッカーなんだ。卓球かと思った」
――へぇー、サッカーなんだ。卓球かと思った。
身体の底から、熱が、ブワッと頭のてっぺんまで駆け上がった。
「えー、なんでー? 」
彼女が不思議そうな声で言った。
「まぁ、なんとなくー? 」
市原さんが、私を見て、くすりと笑った。
こんなどうでもいい話してないで、早く行こうよ。
市原さんが笑いながら走り出した。棒立ちになった私を置いて、彼女の手を取って。
「えー、もう、なんなのー」
彼女も笑いながら、市原さんに引きずられるようにして走って、途中、困った顔で振り返った。
私も、走ってついていったほうがいいのかな。
ちょっとだけ迷って、でもやっぱり、私は優しい彼女に手を振って、一人でゆっくりと歩き出した。
笑い声を響かせながら、やがて二人は廊下の角を曲がって、見えなくなった。




