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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

『不謹慎ポストで炎上した男の末路』

この物語には、人の死を嘲笑う不謹慎な描写が含まれます。不快感を感じた場合は、すぐに読み終えてください。

 

 悪意の言葉が招く「罰」の恐怖――その末路を、あなたは笑えますか?


 ※本作は不謹慎な行為を推奨する意図は一切ありません。

 X(旧Twitter)では毎日何百、何千、何万と数えきれないほどのポストで溢れかえっている。


 『うちのわんちゃん、鏡の自分に吠え続けてるんだがwww』


 『これクソ笑ったから見てほしいw』(アニメの切り抜き)


 何気ない日常や笑いをを他者と共有する者。


 『YouTubeチャンネルの登録者数、50万人を突破しました! 皆さんのおかげです』


 『推しのAさんが入院中の私に送ってくれたメッセージです。本当にありがとうございました  頑張って生き延びます』(手紙の写真)


 己の感動や感謝を伝える者。


 休むことなく投稿される様々なポストはXを大きく盛り上げ続けている。バズるか、注目されるも彼らにとってもちろん大切だが、それ以上に伝えたい"何か"がある。そんなポストは少数かもしれないが確かに存在するだろう。


 


 ーーーしかし、"光"があれば必ず"闇"が存在するように、Xには数多くの"悪意"に満ちた言葉も大量に排出されていく。


 『〇〇とか言うVtuber推してるやつキモオタしかいないんだが』


 『これ好きなやつ大体犯罪者予備軍』(様々なコンテンツの写真)


 他者の趣味嗜好を嘲笑う者。


 『年収〇万円以下の貧乏人は死んでドゾ』


 『ガリガリ、デブのブスに人権はありません』


 人の"存在"そのものを否定する者。


 ただの言葉の羅列でも簡単に人を感動させることもできれば傷つける事も出来てしまう。


 そして、過激な言葉はその分、注目も集め、知名度も高めてくれる故、日夜数多くの悪意がX上に排出され続けている。


 そして、今宵もまた新たなる悪意が出てくるが、そんなこと日常茶飯事でもある。


 ある日、有名アイドルグループのセンター的存在、『ケン』というアイドルが病によって帰らぬ人になってしまったという非常にショッキングな出来事が起こったのだ。


 ケンは明るく、活発的な性格でメンバーやファン思いな彼であったが、幼い頃から発症していた病と闘い続けていた。時にそれを隠し無茶をすることもあったがそれでもファンやメンバーを思い活動し続け、多くの人に感動と希望を与えていた。


 そんな彼がライブ終了後に病が悪化してそのまま帰らぬ人となったと言うニュースは遺族やファン、メンバーのみならず彼の存在を知る人に多くの衝撃と悲しみを生み出したのは言うまでもないだろう。

 

 世間が悲しみに暮れている深夜、Xで『不謹慎のF』というアカウントがあるポストをXの世界に排出した。


 この『不謹慎のF』はXの中で大きく名を馳せたアカウントの一つだが、その名声は単純な人気によるものではなかった。


 その理由は彼が出したポストを見れば一目瞭然だろう。


 『でもこいつ弱者女性やキモオタから金をむしり取るやつなんでしょ? なら死んでくれてよかったわwww』


 『しかも死因が病気てwww 馬鹿でも病になるんやな』


 Fは可能な限り陰湿かつ、不快になる言葉でケンの死を嘲笑い続ける。それも一つではなく時間をおいて何度も何度も投稿し続けている。


 しかもFが嘲笑は、何も"文字"だけじゃなかった。


 「ケンさん、死んでくれてありがとございま〜す♩ かんぱーい!!」

 

 Xに投稿された動画の中でFは編集で顔を隠しつつ缶ビールを片手に大声で笑っていた。そして時間が進むごとに酔いが回ってきているのか嘲笑はどんどん過激さを増していく。



 当然、このような動画やポストを投稿して反感を買わないわけがない。


 亡くなったケンの遺族、グループメイト、ファン達、さらにはケンの存在を知らない者は不快感と怒りを露わにして彼を批判する。


 『人として最低です。あなたが死んでください』


 『遺族としてこのような動画は許せません。人の死がそんなに面白いんですか?』


 『このアイドルのこと全く知らんけどこんな風に笑われていいはずないやろ』


 彼がこれまで嘲笑ったのは何もアイドルだけじゃない。有名芸能人やYouTuber、アスリートーーー。著名な誰かが亡くなるたびにFは声を大にして侮辱的な言葉をポストし、嘲笑を動画として残す。


 その度にFのポストには言うまでもなく炎上し、必ず何万件とも言えるほどの批判の返信が届く。その度にアカウントが凍結することも多々あった。


 しかし、このFと名乗る男にとって、そんなことは全く気にも留めないものに過ぎなかった。


 

 むしろ、この炎上こそ彼にとって"成功"だった。



 どれほどの人間の反感を買おうと、どれほどの人間を悲しませようと知ったこっちゃない。



 ーーー注目されればそれでいい。


 彼にとって評価なんてどうでもいいもの。


 この世界は、数こそが全て。どれだけ見られたかの数のみがものを言う世界。


 どんな手を使ってでも注目を数さえ稼げればいい。


 ーーーそれが彼の理念であった。


 その上、リプ欄の中には彼の嘲笑に対する批判ではなく"賛同の声"もごく少数ではあるが存在していた。


 『こいつの言ってること納得できて草』


 『批判してるのデブス女やチー牛ばっかやろうなwww』


 彼らの言葉がより彼のポストに知名度を与えて、より多くの人の目に届く。


 それによってより多くの数を稼ぐ要因となり、Fの思惑通りになるーーー。



 愛する人を失ったばかりか、無関係な輩にその"死"すら嘲笑れて、彼らばかりが注目されて持て囃される。


 ケンの遺族達にとって、これほど胸糞悪い話はないだろう。


 しかし、彼らがどれだけFを憎んでも、恨んでも、殺意を芽生えても、Fには届かない。


 その証拠に、Fはケンの嘲笑に飽きたのか他の有名人の訃報やネガティブなニュースを探し始める。他者の死や不幸を心から待ち望み、見つけ次第笑うために。


 遺族の悲しみなんて知りもしないで今日もヘラヘラと"注目される"快楽に酔いしれていたーーー。


 


 

 その日の夕方、彼の人生が突然"狂う"のも知らずにーーー。





 Fはマスクとフードで顔を隠しながらタバコと酒を買うために家を出るが、その表情はまさしく『不機嫌』そのもの。


  Xでは歪んだ形であれど多くの注目を集めているが現実は違う。


 『不謹慎のF』はXの中の嫌われ者だが現実のアカウントの主は他者から嫌われてなければ好かれてもいない。いわば、『何者でもない』存在。


 そんな現実の鬱憤晴らしこそ『不謹慎のF』の起源だった。


 初めは無難なポストを投稿していたのだがそれで集まるのは少数の閲覧数と可もなく不可もないリプ。これでは現実と変わらないばかりか期待していた分、現実よりも虚しい。


 そんな中、冗談半分で気に食わないタレントを批判してみた結果、まるで火薬に火を投下したかのように反応が返ってくる。


 『炎上』という形ではあったものの注目を集めた快感を覚えたFは多くの注目を短時間で集めるためにより過激に、より陰湿に他者の不幸を嘲り、しまいには"死"すらも笑うようになった。


 その結果、不謹慎のFはXの嫌われ者として爆発的に注目を集めた。そこから得られる快感という物は言葉に表せないほど確かに彼の心を満たしていた。


 ーーーその分、現実の自分に虚しさを感じるが。


 「あー、クッソ、イライラする… 次は誰が死なねえかな…」


 Fはぶつくさと文句を言いながらマンションを降りて、道路に出る。そしてお目当ての商品が売ってあるスーパーを目指して歩みを進めるーーー



が、Fが右方向を見た次の瞬間。


 『ブォオオオン!! 』


 排気ガスの匂いとエンジン音が辺りに広がった瞬間、Fは後ろを振り返る。


 見ると、赤い一台の車が猛スピードで突っ込んでくる。狭い道路にも関わらずなんの迷いもなくアクセルをベタ踏みしているかのような速度だ。


 「お、おい! 危なっ…」


 突然の出来事にFの身体は反応すら出来ない。そのまま右往左往していたらーーー


 『ドンッ!!』


 鈍い激突音が響いたと同時にFの身体は宙を舞っていた。


 そして勢いよく硬いアスファルトに叩きつけられる。幸い、受け身を取れたために命に別状はなかった。だが………


 「ぐぁあ!! いででで!!」


 苦痛に顔を歪めながら足を抑えるF。どうやら骨が折れたのか僅かでも動かすと鋭い激痛が足に走る。


 Fを撥ね飛ばした赤い車は急ブレーキをかけてその場に停まる。そしてドアが開いて運転手が現れた。


 「て、てんめぇ…! どこ見て運転してやがんだよ!! 」


 全身の痛みを堪えながらFは運転手に向かって叫ぶ。頭の中には痛みに対する怒りでいっぱいとなり、すぐにでも飛びかかって運転手に襲いかかろうとするも痛む身体ではそんなことできない。


 その代わりに出来るだけ罵詈雑言を浴びせそれ相応の償いをさせようとするーーー



 …が、車の運転手は静かに倒れているFをスッと指を指す。


 彼の行動を不審に思いつつ、苛立ちを増したFはさらに叫ぶ。


 だがーーー


 「な、なに指さしてんだこの野郎! てめぇ自分が『ギャハハハハハハ!!』…え?」



 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」



 運転手は"笑っていた"。自分が撥ね飛ばしたFを嘲るようにまっすぐ指を指して大きな口を開けて笑っていた。


 その笑い声は耳を塞ぎたくなるほどうるさく、耳障りな声。頭の中でこびりついたかのように何度も何度も響き渡る。


 しかし、その目は一切笑っていない。



 口元は大きく歪み、笑い声も響いているのに目だけは感情がなく、虚。まさしく"死んだような瞳"でFをしっかりと見据えながら指を指して笑っている。


 その不気味で異様な光景にFの脳内は"怒り"ではなく"不安"に変わり、壁を伝って足を引き摺りながらその場をゆっくりと去る。


 ぎこちない動きに歩むスピードも非常に遅い。そんな彼を運転手はずっと指をさして笑っている。


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 笑い声はFが運転手のことを見えなくなっても響き渡る。異質な光景はFにただただ不安を募らせるばかりだった。


 「ギャハハハハハハ…!! ギャハハハハハ…!! 」



 痛む足を引き摺りながら一歩、また一歩とぎこちなく進みながらFは病院を向かう。運転手はもう見えなくなったが頭の中では彼の笑い声がいつまでも響き渡る。しかし、その笑い声に加えて足の痛みがノイズのようにFの思考を濁らせる。


 大通りに出た彼は仕方なく、停まっているタクシーに声をかけて乗り込もうとする。


 すると、Fの手がタクシーのドアに触れたのと同時に『ウィーン』と運転席の窓が開く。Fが反射的に開いた窓に視線を向けた次の瞬間ーーー


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 タクシーの運転手がまるでとち狂ったかのように指をさしてFを笑っている。


 あの赤い車の運転手同様、口元を大きく開けてまっすぐこちらを見ながら笑っているが、その目は一切笑ってなどいない。


 冷たい目を瞬きせずにこちらを見ながらただ笑っている。


 「ヒッ…! 」


 彼の笑い声と笑顔に恐れをなしたFは反射的に後退りする。そして脳内に再び、赤い車の運転手の姿が浮かび上がる。


 ーーーだが、笑っているのはタクシーの運転手とFの脳内の赤い車の運転手だけではなかった。


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 突然、四方八方から笑い声が響き渡った。


 Fが声に反応して辺りを見渡すと道を歩く人々全員が、Fを指さして笑っている。


 大人も、小さな子供も、老人も、Fを見て大声で笑い出す。


 しかも、彼を笑っているのは外にいる人間だけではない。


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 上方向に聞こえる声の方を見ると二階建ての家の窓から男が指をさしている。いや、家だけではない。マンション、アパートにいる住民たちも同様に笑っていた。


 笑う人々の特徴は様々だが、共通して指をさしていることと、"死んだ目"をしていること。彼らは皆、Fの苦しみを嘲るかのように笑い声を虚空に響かせる。


 そんな冷酷な視線と笑い声に耐えられなくなったFは両耳を塞ぎながらその場から逃げるように病院に向かう。その間も道歩く人々に盛大に笑われたが。


 

 普段なら数分でたどり着く病院も、折れた足では数時間かなると感じるように足取りは重い。このままだと日が暮れると直感的に察する。


 そこでFはやむを得ず、救急車を呼ぶことに。『119』を押して数回のコールが鳴り、「早く、早く…! 」と苛立ちながら待つ。


 するとその時ーーー


 『ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハハ!! 』


 突然、耳に鋭い笑い声が鳴り響いて思わず顔をスマホから引き離す。電話から響き渡ったのは耳をつんざくほどの笑い声だった。


 Fは顔を青ざめながら慌てて電話を切る。頼みの綱だった病院ですらとち狂ったかのように変貌してしまったことを知った絶望感が彼を襲うがそれ以上に折れた足の痛みがさらに鋭くなる。


 「ち、ちくしょう…! 」


 もはや病院に行こうにも結末は同じだと悟ったFは足を引きずって家に戻ることに。


 その体で満足に動けるわけもなく、何度も倒れては起き上がり、起き上がってはヨロヨロと子供よりも遅い足取りでゆっくりゆっくりと痛みに顔を歪めながら道を進む。


 そしてその間も休みなく、道ゆく人々は彼を嘲るように一斉に彼を指さしている。


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 一瞬たりとも止むことない笑い声と激痛の走る折れた足、そして異様な光景。


 この三つがFの精神を一方的に追い詰め蝕んでいく。


 「なんで…?? なんで俺がこんな目に…!? 」


 絶望と不安と恐怖が頭を埋め尽くし、余裕も徐々に無くなってきて滲み出る汗と共に息も荒くなってくる。


 そんな時、脳裏によぎるのは今まで自分が世に出してきた『不幸な者に対する嘲笑』ーーー。


 『事故って死んだ配信者、「俺についてこい」とか言っといて先に逝っててわろた』


 『〇〇さーん、ねぇ今どんな気持ち〜?あ、今ウイルス感染してるから返信できないかゴメーン笑』


 『【人気Vtuberが誹謗中傷により自殺】 キモオタくーん?? 息してる〜??』


 

 "注目"を集めるために他者の不幸を取り上げては徹底的に嘲笑い、侮辱し続けた己の人生。しかし、今は痛みに苦しむ自分を周りの人間が耳を塞ぎたくなるほど大きな声で笑い、氷のように冷たい目で見ている。


 まるで、"お前がしてきたことだ"と言わんばかりに、狂った笑い声が街中に響く。


 「ち、違う…! あれは関係ない…!! 」


 自分の保身のためか、それとも責任転嫁か、Fとしての今までの嘲笑を否定して、考えをシャットアウトしながら家へ向かう。


 この場に及んで、まだ自分の保身を続けるFを責め立てるためか、或いはまだ自分は悪くないと信じ込んでるFを滑稽に思ったのか、周囲の人々の笑い声は更に大きくなっているかのようだった。


 そして全身に鞭を打ってようやく、自宅の玄関にたどり着いた。家に入ってすぐに鍵をかけて、窓とカーテンを閉めてベッドに潜り込んだ。


 「これは悪夢だ…寝て起きたらきっと…! 」


 自分に言い聞かせるように何度も唱えながらFはなるべく折れた足を動かさないよう意識しながらゆっくりと瞼を閉じる。心身ともに疲れ果てていたからか、そのまま深い眠りについたーーー



 のだが、



 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」



 突然、家中に響き渡る何十人もの大声の笑い声を聞いて、Fは強制的に現実の世界に引きずり戻された。


 しかもこの笑い声は、どうやら離れた場所から聞こえているのではない。


 「げっ、玄関の外から聞こえて…!? 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 『ガチャガチャ! ガチャガチャ! 』


 大声の笑い声と共にドアノブが壊れる勢いで動き、音を室内にその音を響かせる。


 その音が聞こえれば聞こえるほどFの震えはどんどん強くなる。冷や汗で布団はびっしょりと濡れて、涙で視界が滲み出す。


 『ガシャアン!!』


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 玄関から"何かが壊れる音"が聞こえたかと思うと笑い声はさらに大きく響いてくる。そして近づいてきてるのかどんどんどんどん大きくなっていく。


 まさしく死ぬほど怖くなったFは布団を頭から被ってガタガタと震えながら手を合わせて謝るしかできなかった。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!! 」


 『スタ…スタ…スタ…』


 「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! 」


 廊下を歩く音と共に近づいてくる笑い声に心臓が潰されるほどの恐怖がFを襲う。


 「もう二度と人の死や不幸を笑いません、バカにしません…! だから許してくださいお願いしますぅ…!! 」


 『ガチャ…』


 「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!! 」


 ついに自分のいる部屋のドアが開く音が聞こえた時にはFの枕も布団も涙と鼻水と冷や汗でグチャグチャになり、痛みを感じるほど鼓動が早まっている。


 そして笑い声は少しづつ近づいてくる。


 5メートル。


 2メートル。


 そして、すぐそばに。


 Fは笑い声の中で死を覚悟して目を瞑ったその瞬間ーーー。


 











 「あっ、あれ…? 聞こえない?? 」


 あれだけ響き渡っていた笑い声が突然止まった。布団の中から聞こえてくるのは時計の秒針の音と外に鳴くカラスの声くらい。それ以外は何も聞こえない。


 その時、Fはまるで憑き物でも取れたかのように安心感が全身を包み込む。


 「た、助かった…のか? 」


 静かな室内でそう呟いたFはゆっくりと布団から顔を出したーーー













のだが…………









 「全く、なんだったんだ今n『ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』ッ!? 」



 Fが顔を出した瞬間、彼をぐるっと取り囲んだ人々の一斉なる笑い声が室内に轟いた。笑い声の振動からか窓や壁がビリビリと揺れる。


 彼らは全員、街の人々のように指をさして笑っている。


 そんな中、Fは真正面から指をさして笑っている者の顔を見て目が離せなくなっていた。


 「あ………あぁ……」


 呼吸は愚か、声もまともに出ない。今日一番の冷や汗がFから溢れ出て、恐怖心が全身を冷たく包み込む。



 なぜなら、今目の前でFを笑っているのはーーー










 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」





 ーーー病によって死んだはずのアイドルのケンなのだから。


 いや、ケンだけではない。



 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」



 Fを取り囲んでいるのは、事故で死んだはずの血まみれの配信者、ウイルスに感染したはずのやつれた顔のアスリート、誹謗中傷を受けた首が異常な方向に曲がったVtuber、それも現実に存在しないはずのイラストの姿で。


 それ以外にもさまざまな著名人達がFを取り囲んでいる。


 共通しているのは全員、指をさして一切笑っていない目で見ながらFを笑っていること。





 ーーーそして、"Fに不幸や死を笑われた者"。


 彼らは自分の不幸を笑ったFに復讐するかのように、Fの不幸や恐怖を嘲るように、ただただ指をさして笑っていた。


 呼吸も挟まずに、一秒の休みもなく。


 恐怖心がピークに達したFは喉が張り裂けるほど大きな悲鳴を上げて再び布団に潜り込んだ。


 そして涙でぐちゃぐちゃになった目を閉じ、冷や汗でびっしょりとなった両手を合わせてただひたすら必死に彼らに許しをこう。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!! 」


 だが、どれだけ謝っても、許しを求めても、それは何の意味もない行為だろう。



 ーーーなぜなら、彼の謝罪の声も、泣き声も、悲鳴も、全て笑い声にかき消されるのだから。


 「ギャハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハ!! ギャハハハハハハハ!! 」






 ーーーその後、いったいどれほどの月日が経ったのだろうか。


 部屋は埃に埋もれ、壁紙も剥がれ、ゴキブリが辺りを這い回る。


 ぐちゃぐちゃになっている布団の上、Fは今でも取り囲まれて笑われている。


 治療もしていない折れた足ではどこにも行けず、Fは逃げるどころか動くこともできないままずっと笑われ続けている。


 一秒たりたも休むことなく笑い声に包まれていた彼にはもう最初のような恐怖心は無くなっていた。






 だがその代わり、"恐怖"以外のあらゆる感情も無くなった。


 悲しみも、怒りも、喜びも、笑いもーーー。


 まるで仮面のように虚な表情で涎を垂らしながら力無く横になっているだけだった。


 人の死を笑っている時はあんなに輝いていた瞳も、今では何も映らない。


 異臭を漂わせる骨と皮だけの痩せ細った身体で、生きることも死ぬこともできないまま、自分が笑った者達に、無関係な者達に、ずっと笑われているーーー。








 しかし、これは"彼が望んだ世界"なのかもしれない。




 彼が人の不幸や死を嘲笑っていた理由。


 それは"人から注目されるため"。


 そして今、彼は確かに"注目されている"。


 何百人、何千人もの人間の視線を集めて、指をさされて笑われているのだから。


 これから先、彼が壊れようとも、彼の精神が狂おうとも、彼が己の行いを悔い改めようとも………、



 全て笑い声にかき消されるだろう。





 ずっとずーっとーーー。


 彼が死のうが、死んだ後であろうがーーー。














 「ギャハハハハハハハハ!! ギャハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハハハ!! ギャハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハハ!! ギャハハハハハ!! 」


 「ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハ!! 」



〜Fin〜

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