デスゲーム物よろしく数多のプレイヤーが閉じ込められたフルダイブ型VRMMOの正体が、R18エロゲーだった件 ~え?バグで俺の股間に無敵判定?~
――命を刈り取る一撃。
死神の鎌とでも呼ぶべきその一刀は、俺の視界の端から閃光のように放たれた。
「――ッ!!」
――まに、あえ……ッ!
瞳の奥でチリチリと光が弾けるような感覚。
それが死角からの一撃だと感じ取った瞬間、俺は考えるより先に左側へ転がった。
ジッ――と鈍い音を立て、それは右脚の付け根をわずかに掠める。
軽装備でなければ間違いなく当たっていた一撃だ。
「あぶな……!」
――仮初めの身体。
例えこれが電子の海に構築されたVRのものだとしても、その感覚は俺の脳細胞と繋がっている。
細かい原理は不明だが。
ここがゲームの世界と言えども、刺されれば痛いし、走れば疲れる。
ご飯を食べれば美味しいと感じるし――エロい事をすれば快楽もあるらしい。
「ふふ――そろそろ逃げ回るのも限界かしら」
艶のある声。
俺は虚勢を張った笑みを浮かべながら、今しがた一撃を放った人物の方へと即座に振り返る。
威嚇も兼ねて、握りしめた片手剣を相手側へと突きつけた。
「冗談――。ようやく体があったまってきた所だよ」
「そうなの? ぼうやは元気なのね。アタシは疲れちゃったし、いい加減終わりにしたいわぁ」
ザリ――と草むらを踏み鳴らし、攻撃の余波で切り倒された大木を優雅に避けながら。
その人物は180cmはあろうかという巨体で、青髭を蓄え、全身にフリルをあしらったピチピチのスーツを着用していた。
そして、さらに目を見張るのは腰にぶら下げた巨大な大鎌。
地面すれすれまでギンギンに伸び切った“それ”は、極太の先端を振り回し、ゴムのようにぶるんぶるんと震えては獲物を求めて佇んでいる。
驚くべきはその太さと硬度。
白鳥のようにしなやかに伸びながらも、攻撃の瞬間には鉄をも貫く勢いで、先程のように木々を薙ぎ倒しながら、俺の背後を一突きに掘り抜かんと襲いかかってきた。
例えるならまさに――。
――死神のオ鎌と呼ぶにふさわしいイチモツだった。ちーん。
「……あのさ、絵面が酷いからちゃんとした服を着てくれない?」
「あぁん、ひどいわぁ! 貴方までアタシを否定するのねぇ!」
艶のある野太い声で返答された。
シリアスな雰囲気が台無しだよ!
さっきから俺のケツばっか狙って来やがって!!
「……思えばいつもそうだったわ。アタシの生き方。アタシの価値観。それが今まで受け入れられた事なんて一度としてなかった。どうしてかしらね……同じ人間なのに」
うんざりする俺をよそに。
彼(彼女?)はさめざめと泣きながらも、油断なくにじり寄って来る。
「それ今する話か?」
「世の中はね、多数派の価値観によって成り立っている。つまり現実世界にとって、アタシたちみたいな少数派は“異端”なのよ。多数派の気に食わない“異端”は、ただ気持ち悪い、理解できないという理由だけで排除されるだけ――」
「聞けや」
――でもね、と。
俺を無視して、目の前の少数派を名乗る人物は声を荒げる。
「――この世界は楽園よ! このピンク色な仮想空間では抑えつけられていた自分の価値観を解放できる! 特にエロい事なら大歓迎! そしてそれはアタシだけじゃない!」
「…………」
……残念ながら、彼(彼女)の言う事は的を得ている。
俺たちが閉じ込められたVRMMOの世界は、ただのデスゲームではない。
開発者が『エロゲーに書き換えて乗っ取った』と公言するこのふざけたゲームは、よくあるデスゲームモノみたいに、HPが0になった所で本当に死ぬわけではない。
しかし、他プレイヤーに蘇生してもらうか、一定時間が経ってリスポーン地点に帰還するまでは、その場に身動きが取れない無防備の状態となって放置される。
それが何を意味するのか。
その間、悪意あるプレイヤーやエロモンスターたちに蹂躙され、なすすべなくその身を快楽に染められるのを、ただ待つしかないのだ。
つまりエロい事されまくるという訳だ。
そうして【快楽値】と呼ばれる隠しステータスが一定値を越えたプレイヤーは脳のリミッターを外され、己の本能や性欲に忠実となる“快楽堕ちプレイヤー”へとなり果てる。
こうなったら最期、もはや理性を失い、普通の人間には戻れないだろう。これが肉体的死というペナルティが存在しないこの世界がデスゲームと呼ばれる所以。
言わば、理性ある人間としての死を迎えてしまうのだ。
「……そして、あんたら“快楽堕ちプレイヤー”は、俺たち“抵抗組”がゲームをクリアして現実世界へ帰還するのを拒んでくる……」
「ンフフ……よく分かってるじゃない。だってゲームクリアしたらこの世界は消えちゃうし? 皆で快楽に堕ちた方が幸せじゃない!」
既に理性を失った目の前の“快楽堕ちプレイヤー”は、再び武器を構えて必殺の態勢に入る――!
「――!」
――アダルトスキル。
それは、エロゲーとして新たに用意された、ノーマルスキルとは異なる変態スキル。
目の前の快楽堕ちプレイヤーは、自らの股間を肥大化させ、武器へと転じるアホみたいなSMプレイ用のスキルを得意としていた。
「《カマソニック》!!」
両手を頭の後ろで組んだセクシーポーズのまま、オ鎌使いが艶めかしい腰遣いで、股間のそれを振り回す。
ぶるんと振りかぶったオ鎌から放たれた風圧が、飛ぶ斬撃となって俺へ襲い掛かってくる。きったね。
「――《シールドエフェクト》ッ!」
――避けきれない!
広大な攻撃範囲と下ネタに戦慄した俺は、咄嗟に防御系のノーマルスキルを発動する。
かざした左手の先に光り輝く盾が出現し、飛ぶ斬撃を正面から迎え撃つ。
――が、
「ぐあっ……!」
俺を護る光りの盾はあっけなく砕かれた。
同時に防ぎきれなかった斬撃が俺の腹部を切り裂き、ダメージエフェクトである真紅の粒子が、鮮血のように飛び散った。
「モロに入ったわね。今ので貴方のHPは三割くらい削れたかしら?」
転がりながら吹っ飛んだ俺を、オ鎌使いはスキル発動による硬直のまま油断なく見据えてくる。
……俺は激痛の走る腹部を抑えながらも懸命に立ち上がった。
剣は落としていない。
ダメージ痕は残っているが、部位欠損はしていない。
だが、食らったダメージ量は深刻だ。
「くそっ……残りが半分を切ったか」
視界の端に表示された俺のHPバーを見て唸る。
反対に、相手のHPはまだ三割も削れていなかった。
明らかにダメージレースで負けている。
アダルトスキルは、ノーマルスキルより効果が高く設定されてある。
使う度に【快楽値】が上昇されていくというデメリットこそ存在するものの、それは快楽堕ちプレイヤーにとっては関係ない。
つまり強力なスキルを向こうは気兼ねなく使えて、こちらはデメリットを気にしながら戦わなければならないのだ。裁判で訴えたら勝てるだろうか。
「……この前、【快楽値】の回復はやったばかり。そこから使用回数を逆算すれば三、四回くらいは余裕あるが……」
拳をグッと握りしめる。
問題は、アダルトスキルそのものがアホらしくてあまり使いたくない事だ。
何が悲しくて肥大化した股間やらで戦わなきゃならない。
「……けど、やらなきゃこっちがやられるだけだよな……」
問題は発動条件だ。
距離を詰めてくるオ鎌使いから視線は外さない。
再び繰り出された鎌による攻撃をかろうじて躱し、あるいは片手剣で受け止め。
俺はただ、反撃の為に必要な【SP】が貯まる時間まで耐え続ける。
武器の耐久値がゴリゴリ減る中、なんで股間に金属製の武器が負けてるんだボケがよと心の中でブチ切れる。
そんなギリギリの攻防でしぶとく耐え続ける俺に対し、相手は憎たらしそうに声を荒げた。
「いい加減諦めなさい! ゲームマスターは言ったわ、ここは現実では抑える事しかできなかった己の欲を解放する舞台だと。ここではアタシたちこそが“多数派”なの! 異端なのはアナタたち……! 貴方も快楽を受け入れなさい!」
「――ッ」
少しずつ――けれど着実に【スタミナ】のステータスが下がり続けてゆき、同時に俺の全身に疲労が蓄積してゆくように、身体の動きが重くなる。
このままでは反撃の前にスタミナ切れで動けなくなってしまう!
しかし――無情にも相手の追撃は続いてゆき、このままでは動けなくなった所を滅多打ちにされてHPを0にされる――即ち、無抵抗からの快楽責めでエッチなことをされてしまう。そうなれば俺は死んだも同然だ。
――パキン
耐久値が0になり、装備していた片手剣が儚く散った。
「“快楽”を否定し、ゲームをクリアしてくだらない現実世界に帰ろうたってそうはいかないわ。アタシ達まで帰っちゃうじゃない」
「だって俺達は早くこんな世界から帰りたいんだよ!」
「駄目よ。少数派が犠牲にならなきゃいけないなら今度はアナタたちがそうなりなさい。この楽園を終わらせやしない――!!」
――《カマソニック》。
再び放たれた必殺の斬撃を前に、俺は死の恐怖を感じて身震いをする。
装備は丸腰、残りHPは二割まで減った。
これを食らったら今度こそ終わりだ。
永遠にも思える一瞬の中、俺はHPバーの下に記された数値――スキルの使用に必要なポイントであるSPを確認する。
自然回復で貯まるそのポイントは、目的の数値まであと1ポイントだけ届かない。
――ほんの1秒前までは!
「――《抜刀せしは雄大なる溝筋》!!」
俺の呼応と同時に、装備していたズボンが弾け飛んだ。なんでや。
一糸まとわぬ下半身からそそり立つのは、大剣と見まごうばかりに肥大化した、光り輝く俺のエクスカリバー。比喩ではなく、マジで剣と化している。
俺の持つアダルトスキルも、奴と同じく、股間を肥大化するクソみたいなスキルだった。
だが、奴とは決定的に違う点が一つある。
「バカな!? ただの絶倫系スキルと同じエフェクトの《エクス・カリ・バーン》がアタシの《カマソニック》を無効化した!? なんて硬度なの!! それに股間が文字通り剣と化す仕様なんて聞いた事ないわ!」
先ほど光の盾を粉砕した飛ぶ斬撃は、俺のエクスカリバーに弾かれ、勢いよく霧散していた。
キラキラとした粒子が辺りに飛び散り、俺の構えるイチモツを幻想的に彩っている。きたねぇな。
「……誠に遺憾ながら、俺の《抜刀せしは雄大なる溝筋》は少々特殊でな。スキルの効果説明には、一定時間の肥大化とスタミナのステータスが無尽蔵になること以外、大したことは書いてない」
「だったらなぜアタシの攻撃を防げたの!? いくらアダルトスキルとは言え、防御効果も無しに《カマソニック》を食らえば無事では済まないハズよ!!」
その指摘は正しい。
奴のオ鎌と違って、俺の《抜刀せしは雄大なる溝筋》は、股間を肥大化するものの、武器に転じる効果ではなかった。
つまり本来はただエロい事するためだけに特化したアダルトスキルなのだ。クソかよ。
だが、このエロゲー世界はただのエロゲーではない。
「このゲームは開発者の一人が勝手にエロゲーにして乗っ取っただけで、本来は普通のファンタジー系VRMMOだったのは知ってるよな」
「それが何の関係が……まさか」
オ鎌使いが青ざめる。
どうやら俺のスキルの正体に気づいたらしい。
「まさかそれは噂に聞くバグスキル!? プログラムの似通ったユニークスキルとアダルトスキルが、エロゲーに書き換える際に調整ミスによって偶然合体したと言う、あの!?」
「そうだ。このクソゲーの開発者が色々ガバガバだからこそ引き起こされた、正直めっちゃどうでもいい偶然の産物さ」
「お尻もガバガバらしいものね」
「それは言わなくていい」
特定の条件を満たしたプレイヤーは、ユニークスキルと呼ばれる特殊なスキルを手に入れることが出来る仕様だった。
俺の持つ配布アダルトスキル(一人一個強制的にランダムで配られた)である《抜刀せしは雄大なる溝筋》は、本来存在していた自身の右腕を無敵の聖剣へと変化させるユニークスキル……《昇華・聖拳》とプログラムが似通ってしまっていたばっかりに、バグで効果が合体してしまったらしい。
「……今の俺の股間は無敵判定を持つ聖剣。この世界がゲームである以上、お前がどんな強力な攻撃手段を持っていようと、“無敵”というシステムには勝てやしない」
しかし、強力なバグ効果を持つ反面、弱点もある。
それは使用するにはスキル二つ分のSPが必要な事。
だからこそ、俺はこのスキルのために熾烈な攻撃を耐え続けていたのだ。
……正直、《昇華・聖拳》の効果だけあれば十分強いので、今からでも《抜刀せしは雄大なる溝筋》の部分は何かの拍子に削除されてくれねぇかなと願っているが。
「――行くぞ。いい加減に終わらせてやる――!」
「くっ……! 《カマソニック》――!」
先程まで俺を追い詰めていたオ鎌の斬撃も――もはや敵ではない。
「《ライジング・フィニッシュ》!!」
俺のエクスカリバーが斬撃を霧散させ、そのままの勢いで突っ走り――オ鎌使いを一直線に斬りぬいた!
そして、背後の木々をなぎ倒しながら通り抜けた俺は、たたらを踏んで立ち止まる。
一拍遅れて、切り倒された木々が消失するエフェクトと共に、付近のプレイヤー……オ鎌使いのHPが0になったメッセージが無機質に表示された。
――勝った。
(精神的に)辛い戦いだった……。
「スキル……解除……」
俺は股間のエクスカリバーを元に戻し、地に倒れ伏したオ鎌使いの亡骸(リスポーン待ち)を何とも言えぬ表情で見つめる。
“快楽堕ちプレイヤー”。
脳のリミッターを外された、哀れな欲望の体現者。
……あれは、未来の俺かもしれないのだ。
【快楽値】が限界に達してしまえば、どうなってしまうか分からない。
俺にだって当然、心の内に秘めた、誰にも言えない欲望がある。
だがそれは人である限り、逃れられない宿業なんだ。
――本能とは、理性によって縛られた、哀れな獣である。
だからこそ人間は、自身に巣食うおぞましき獣を、必死に縛り付けて生きている。
それこそが、地球上で支配者としての地位と引き換えに課せられた、人間への試練なのだと俺は思っている。
「――こっちは片付いたわ」
草むらをかき分け出てきたのは、俺と共に戦う、“抵抗組”のメンバーだ。
彼女は切れ長の瞳をわずかに細め、激戦のあと残るこの戦場を俯瞰するように見つめたあと、静かに俺へ尋ねる。
「……そう。使ったのね。“あの力”を」
「ああ」
……俺の弾け飛んだ下半身装備を見て、心底同情したような面持ちで目を逸らした。
……アダルトスキルを使う度にこれだから、マジで《抜刀せしは雄大なる溝筋》の部分だけ消えてくれないかな。切に。
俺が下半身装備を再装備したのを確認し、彼女は気を取り直して口を開く。
「……行きましょう。“攻略班”が、第三迷宮への鍵を奪取したそうよ。迷宮ボスのレイド戦に備えて、私たち“遊撃班”も合流しましょう」
その言葉に促され、俺たちはこの場を後にする。
ゲームが開始して二ヶ月が経過。
快楽堕ちしたプレイヤーは、総プレイヤー人口の九割を超えている。超えちゃった。
……残された俺たち“抵抗組”は、このポストアポカリプスなエロゲー世界を生き残るため、今日もふざけた諸々と戦うのであった――。
……頼むからこの話、ここで終わってくれねえかなぁ。
〈完……?〉