第四十七討 異界ト元界ノ差
今回も何とか強大な幻魔を打ち倒したヨーコとサラ。
異界より研究所へ帰還した二人は、適当に置かれたソファに寝転がって疲れを癒す。ユウコが何処かから見つけてきたチヨコレィトを三人で摘まみながら、ゆったりと休憩中である。
「ふはー、今日も大変だったぁ~」
「今日も楽しかった」
「正反対ね、貴女たち。お疲れ様」
大きく伸びをして疲れた身体を癒すヨーコに対して、サラはポインポインとソファの上で跳ねている。どちらにせよ、先程まで幻魔と死闘を繰り広げていた乙女たちとは思えない姿である。
「あ、そういえば。結構触手に打たれた気がするんだけど、傷が消えてるんだよね~。何でだろ?」
ヨーコは疑問を口にした。
それを聞いたユウコが、驚愕と言うべきか、呆れと言うべきか、口をポカンと開けて彼女の事を見る。少しの間を空けて、大きなため息とともに額に手を付けて首を横に振った。
「え、何その反応」
「呆れているのよ、今更そんな事を言い出すお馬鹿さんに」
「私、馬鹿って言われた?」
「うん、ヨーコはおバカ」
「なにおー」
サラに聞いたのが間違いである。疲れていたはずのヨーコは彼女に飛び掛かり、わしゃわしゃと顔を揉みしだいた。そんな二人に更に呆れながら、ユウコはヨーコの疑問に答える。
「いい?こっちとあっちでは大きな違いがあるの。こっちにある物がそのまま向こうにあるわけじゃ無い」
「はい、ユウコ先生! まったくサッパリ分かりません!」
生徒は元気よく手をあげた。まあそうなるだろう、と予測していた先生は更に嚙み砕いて説明する。
「ここにチヨコレィトがあるでしょう? 異界にも同じ物がある、でも同じじゃないの」
「更に分からなくなりました!」
「でしょうね。こっちではチヨコレィトだった物が、あっちでは石ころだったりする。全部が全部そうなるわけじゃ無いけど、生物じゃない物ほどそうなる可能性が高いわね」
「?????」
ヨーコは腕を組んで身体を大きく傾けて首を捻る。
「ええそうよね、分からないわよね。貴女はヨーコ、合ってる?」
「え、記憶飛んだ? そうに決まってるじゃん」
「じゃあ、異界に行った貴女も同じ?」
「いや、そうでしょ」
「残念、少しだけ違うのよ」
「どゆこと?」
ヨーコの頭には疑問符が溢れた。隣にいるサラは興味なさげにチョコレィトを口に放り込んでいる。
「元界では肉体が精神を包んでる、でもあっちではそれが反転する。精神が肉体の上に出てくるのよ。貴女にはそんな事になってる感覚は無いでしょうけど」
「どゆこと?」
頭の上に溢れていた疑問符が、雪崩を起こしてヨーコの事を埋め尽くした。
「そうねぇ……不本意だけど私が良い例じゃないかしら。力を失って貴女に襲い掛かった私、どんな感じだった?」
「めっちゃ怖かった。感情が爆発してる、という感じ?」
「うん、それよ。感情が身体の中から押し出されて我慢できなくなる、そんな感じよ」
「なるほど?」
理解度三割くらい。
「だから受けた傷は、肉体じゃなくて精神が受け止める。元界に来ると傷が消えるのはそういう事よ。というか私との戦いでボッコボコにされておいて、よくもまあ今まで気付かなかったわね」
「う~ん……?」
理解度五割、もうちょっとで及第点。
「細かく考える必要は無いけれど、ね。万が一あっちで死んで、こっちに連れてきたら廃人になってるって事」
「怖っ」
理解度七割、そして告げられた事実にヨーコは驚いた。
「死ななきゃ良い」
「そうよ、そういう事」
「なるほど、今までと同じって事か~……いや、それでいいのか!?」
疑問はあるが、死なないようにするのは当然。結局のところ、今までとやる事は同じだ。しかしながら、知らなくても良かった事実に気持ちの面で陰りが生じそうである。
「……と、こういう話に食いついて来そうな人が随分と静かね」
ユウコはそう言って後ろを見る。
机を端を支えにして寄りかかり、腕を組んでいるゲンジョウの姿がそこにあった。その目は開けているとも閉じているとも言えない状態で、少し俯きがちにして何かを考えているようだ。
「博士~、どうしたんですか~。…………寝てます?」
「そんな訳が無かろう、少々考え事だ。キミが間抜け面をして聞いていたユウコ君の話も理解している。その内容も含めての思案である」
「サラッと私を貶すの止めてもらえません?」
何度目か分からない酷い言葉、もうヨーコは慣れたもの。悲しいかな、慣れてしまったものである。
「あのお寺の事かしら?」
「然り。元界と異界、そこに差があるというキミの言葉が推論を補強する材料となった。そも七不思議を探った時点で怪我をしていたヨーコ君がこちらでは無傷であったからな、そうであろうという予想はしていたのだ」
「あ、図書室ノ怪と戦った時に頬、火傷したっけ」
手で頬を撫でてヨーコは言う。それをするべきは二週間ほど前、遅すぎる。暢気な彼女は無視して、ゲンジョウは話を続ける。
「異界はいわゆる冥府というものに近い、それが元々吾輩が考えていた仮定の一つだ。死者の世界がある等とは露とも思わぬ、が元界が失った物が行き着く世界ではないか、と考えた。つまりは裏側の世界である」
彼の言葉を受けて、再びヨーコは首を傾げる。だがしかしユウコと異なり、ゲンジョウは嚙み砕いて説明するような優しい事はしない。
「あの寺院は今、存在しない。だがしかし、あの商店街の名は明奉寺商店街だ。そも、寺が存在しない事の方が妙である」
「あ~、そう言われてみれば!気にしたこと無かったなぁ……」
「そう、そうなのだ。そこがおかしい」
「ほぇ?」
何気なく言った事に賛同され、ヨーコは素っ頓狂な鳴き声を上げた。
「疑問を抱かなかった、今の今までだ。物事を深く考えぬキミとは違って、吾輩が、だ。まるで、疑問を抱かぬようにされていたかのように」
「また貶された……。なんかよく分かんないんですけど、変な事なんですか?」
「変も変、妙も妙。そこに有ったチヨコレィトが消えているのをキミが考えない事と同じように、知ろうとする事自体が意識の外に隠されていた感覚だ」
「あ! サラ、全部食べたな! 返せ~」
「吐いた方が良い?」
「あ、それは勘弁」
サラからまさかの反撃を受けてヨーコは閉口する。
分からない話をされても理解できない、残念ながらゲンジョウの解説は意味を成さなかったようだ。なんとも不甲斐ない研究助手の姿に彼はため息交じりに肩をすくめて、首を横に振った。




