失った記憶
力を使い王都の屋敷まで直行で帰ってきてしまった。帝都に出かけたことを執事のセバスチャンが確認しているので、見つかれば厄介なことになること間違いなし。この謎の力は誰にも話したことがない。私は魔法を扱えないからだ。しかしそんなことを言っている場合ではない。この人を助けたい一心で叫ぶ。
「誰かこの者を介抱していただけますか」
私の声に急いで現れたのはメイド長のエギドナだ。
「何故お嬢様がここに。いえそちらの方の手当をいたしましょう」
そう言いエギドナは彼女を客室のベッドに運び、お抱えの医者を呼びに行ってしまう。
一段落着き、虚空を眺めていると遺跡調査の依頼をしてる最中だったことを思い出す。しかし倒れた彼女を思うと心配でならない。
しばらくするとエギドナが戻ってきた。
「ご報告致します。医者によればただの睡眠とのことです。外傷もないので大丈夫、とのことです。」
「そう、よかった。」
その言葉に安心した私は、遺跡調査の報告に行こうと足を踏み出す。
「それとお嬢様。」
エギドナに呼び止められてしまう。
私はドキッとしてしまう。私は帝都行きの馬車に乗ったことになっている。なのにここにいるのはおかしい。そうでなければ倒れた彼女をどこで拾ったのかということになる。
エギドナは内心焦る私に一言、「いってらっしゃいませ。」
その言葉に「行ってきます。」と告げ屋敷を後にする。
私は悩んだ末に彼女のことをバートン博士には秘密にすることにした。古代魔法王国の遺物マニアの博士も今回のことを正直に話せば彼女の身が危険だ。博士に遺跡調査の依頼の報告をするとガッカリした顔をするかと思えば、目をキラキラ輝かせている。
「まさか神人時代の遺跡か!?そうであれば新たな研究、いやそんなことよりあのおとぎ話の...」
そうブツブツと何か言っている。やはり彼女のことを話すべきではないと確信した瞬間であった。
「もう帰りますよ」
そう言ってもこちらに耳を傾けるどころか忙しなく何かをメモしている。
呆れた私は研究所を後にし屋敷に帰った。
ただ寝ているだけとはいえ、やはり様子が気になった私は真っ先に彼女がいる客室へと赴く。
部屋に入ると彼女は目覚めていた。
遺跡の最奥は天井が高く少し薄暗く心境も焦っていた為、改めて彼女を見るととても美しい。
絹のような白い髪に引き込まれるような碧い目、そして見たこともない装いに私は思わず見惚れてしまった。
そんな私に彼女は困った顔で「ここはどこでしょう?」と。
我に返った私は、自己紹介をしてからここが王都のノートン公爵家の屋敷と説明する。
「王都?公爵家?」
彼女はどうやら常識が欠如しているらしい。
「あなたの名前は?」
「シエル...です。昔大切な誰かに貰った大切な名前。でも名前以外何も思い出せなくて。」
詳しく聞いてみても何故あの遺跡にいたのか、石像になったのか全く分からないらしい。
「でも私、その記憶を思い出さないといけない気がして」
先程の不安そうな顔から真剣な表情になり、私のお人好しが出てきてしまう。
「私、よろず屋というのをしていまして。世界中から様々な依頼を受けて、ついでにそこの特産品などを仕入れて商売なんかもしていますの。一緒に旅をするつもりはありますか?」
「旅?」
「そう。一緒に旅をしていたらその大切な記憶も少しずつ戻っていくのではないかしら。」
「でも私、何も対価に払えるものが...」
彼女は困り顔になってしまう。そんな顔もまた美しいと思ってしまう。
「いいの。旅は道連れ世は情けと言うでしょう。それに護衛の依頼もしたことあるのだから」
「いいのでしょうか...?」
「助手ということにしておきますから大丈夫です。」
「分かりました。そういうことでしたらお願いします。」
そう言い笑顔になる。あまりの美しさに思わずドキッとしてしまう。同性なのにどうしたものか。
彼女の笑顔は博士じゃなく危ない輩が寄ってきそうだ。思わず、この笑顔守らねばと庇護欲が出てきてしまう。
「こちらこそ」
そう言いシエルと握手を交わすのであった。