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第二話 黒兎xクロト

テックワールド《クロトの工房》


「クロト、今日も朝が早いのね」


 工房の入り口から差し込む朝日とともに、優しい声が響いた。振り返ると、栗色の髪を肩まで伸ばした少女が立っている。幼馴染のソフィアだ。


「あぁ……おはようソフィアさ……」


 黒兎は思わず言葉を詰まらせた。昨日から、この世界で「クロト」として生きることを決めたものの、まだ状況を完全には把握できていない。この世界で意識を戻してから、はじめて出会ったソフィアに「さん」を付けて呼びそうになる。


 工房の中を見回すと、馴染みのない機械や道具が並んでいる。その中でも特に目を引いたのは、「ディーワ」と呼ばれる青く輝く金属だった。


「あれ?やっぱりなんだか様子が……クロト、だよね?」


 ソフィアが不思議そうな顔で近づいてくる。黒兎は慌てて作業台に目を向けた。


「ど、どうしたんだよ? それより、この素材面白いねぇ……」


 黒兎は手元のディーワを観察しながら平静さを保つために一言呟いた。地球では見たことのない性質を持つこの金属に、技術者としての好奇心が掻き立てられる。しかし、その呟きがまずかった。


「クロト?」


 ソフィアの声が急に真剣味を帯びた。


「昨日の夜から、あなた少し違う気がするの。何故今更ディーワをそんなに珍しそうに? それになんだか雰囲気というか……」


 言葉を切ったソフィアが、黒兎の目をじっと見つめる。


「そうだ、私たちの秘密の暗号、覚えてる?」


 黒兎は動きを止めた。そんな暗号、クロトではない自分に答えられるはずがない。追い詰められ、額からは大粒の汗が流れ出した。


「い、いつの暗号なんだかねぇ……こないだの、か……な?」


「やっぱり」


 ソフィアの結ばれた口元がかすかに震える。


「むぅ! あなた、クロトじゃないでしょう? 暗号なんて決めた覚えはないんだけど?」


 静寂が工房を支配する。黒兎は観念したように深いため息をついた。


「ん……正直に話したほうがいいみたいだねぇ」


 黒兎は昨日までの出来事を話し始めた。エレベーター事故のこと、不思議な光景を見たこと、そしてこの世界で目覚めたことを。


「でも、不思議なんだ。この体の記憶というか、感覚は確かにクロトのものを引き継いでるみたいんだよねぇ。どうも別人に乗り移っているようには思えない」


 話し終えた黒兎の言葉に、ソフィアは複雑な表情を浮かべる。


「信じられないわ。でも……」


 ソフィアは黒兎を上から下まで、仕草や話し方を観察するようにじっくりと見つめた。


「確かにあなたは違うけど、どこかクロトそのものな感じもする。まるで……同じ人の別の面を見ているみたい」


 その言葉に、黒兎も何かを悟ったように頷く。


「そうかもしれないねぇ。俺はクロトでもあり、黒兎でもある。どっちも本当の自分なんだと思う」


 ソフィアは少し考え込んだ後、決意を固めたように言った。


「クロトが居なくなったかと思って一瞬悲しくなったけど、黒兎はクロトな気がする。幼馴染のクロトは今も目の前に居る」


 その言葉に励まされ、黒兎は早速新しい発明に取り掛かった。クロトが黒兎と変わらず、この世界で工房で役にたつ道具、機械を作り続けていたということは、自分も変わらずそれを続ければいい。

 地球での技術とディーワの特性を組み合わせれば、きっとクロトと黒兎が別の世界で創っていたものよりも面白いものが作れるはずだ。


「それにしてもこれ、すごく面白そうだねぇ……」


 黒兎は日本では見たこともないディーワの性質を調べながら、地球の技術と組み合わせられないかと試行錯誤を始めた。ソフィアは黒兎の横で、時折アドバイスを送る。


「ディーワは魔法世界の素材と混ぜると、不思議な反応を示すのよ」


その言葉に、黒兎の目が輝いた。


「そうか! これを使えば……」


 作業台の上に並ぶ黒兎が使ったこともない道具を当たり前に使いこなし、テキパキと辺りに散らばる材料を持ってきて組み合わせる。その姿にソフィアはキラキラとした視線を送る。

(クロトの仕事姿……よすぎる)いつのまにかソフィアの口元から一筋の透明な糸が垂れ床に小さな水たまりを作っていた。


 そして数時間後、作業台の上には小さな装置が完成していた。


「できた! これは近距離転移装置。ディーワの持つエネルギーを増幅させたら、空間を歪めることができちゃったんだねぇ」


 装置をテストするため、黒兎は工房の端に果物を置き、近距離移転装置のスイッチを入れた。工房内に青い光が走り、光線となり駆け回る。そして、青い光が作業台に命中すると、果物が瞬時に現れた。


「え、ちょっと待って! すごい!」


 ソフィアの目が輝く。しかし黒兎はまだ満足していない様子だった。


「これがディーワの持つ力……もう一つ、試してみたいことがあるんだよねぇ」


 黒兎は作業台のりんごを口に咥えて一口かじると、新たな装置の制作に取り掛かった。今度は生物からエネルギーを抽出する装置だ。


「こういうこともできちゃうんだねぇ」

「え、すごいんだけど! で……これは何?」

「これは、完成すると動物を生かしたまま、痛みを与えずに栄養だけを抽出する装置だねぇ」

「生きたまま、栄養だけを?」

「そう、これを動物に向けてトリガーを引くと、銃口に栄養の玉が生成されるんだ。それを摂取すると肉を食べるのと変わらないエネルギーが摂取できるんだねぇ」

 言い終えると黒兎はニヤリと笑いながらソフィアに銃口を向ける。


「や! やめてよ! でも、人に使うとどうなるのかな?」

「人が持つ栄養の玉が生成されると思うよ。でも倫理的にどうなんだろうねぇ、人肉を食べてるようなもんだからねぇ」

「うぇっ気持ち悪っ! でも、動物を殺さずに肉を食べるのと変わらない栄養が取れるなんて! 黒兎やっぱすごいよ!」

 一層輝きを増したソフィアの瞳は黒兎を捉え続けて離さなかった。

(クロト、いや黒兎……しゅごい)ソフィアの口元からだらりとよだれが流れ落ちていた。


 夜遅くまで作業は続いた。完成した装置は、先ほど黒兎が説明したとおり、動植物から栄養の精髄を取り出し、それを人間が摂取できる形に変換するものだった。


「できちゃったねぇ。これなら、動物や植物を殺めることなく、その栄養を得られる。父さんの教えにも沿ってるしねぇ」


 次の日、試作品を工房から持ち出して、口下手な黒兎の代わりにソフィアが村人にプレゼンすると驚きの声が上がった。特に、普段肉を買えない貧しい家庭からは歓声が上がる。


「クロトさんすごいや! ありがとう!」

「これで子供たちにも十分な栄養を……」

「やっぱりクロトさんの技術力はありがてぇなぁ」


 感謝の言葉を受けながら、黒兎は照れくさそうに頭をかく。その姿を見つめるソフィアの瞳が、優しく潤んでいた。


(クロトは黒兎に変わったけど、でも……この優しさも変わってない。やっぱりクロトだ)


 夕暮れ時、二人は工房の屋上で休憩を取っていた。赤茶色の夕日が街並みを染める。


「ねぇ、黒兎」


 ソフィアが空を見上げながら呟いた。


「私ね、クロトのことが好きだった。でも、今のあなたを見ていると……その気持ちは変わってないみたい」


 黒兎は言葉に詰まる。しかし、ソフィアは続けた。


「だから、これからも変わらずあなたの力になりたい。この世界のこと、もっと教えたい」


 その時、「ギギギギ」と錆びた鉄の歯車が動くような不気味な音が響いた。二人が音の方向を見ると、街の中心にそびえる巨大な木の根が、わずかに歪んでいくのが見えた。


「あれは……」


 さらに大きな音を立て、崩れゆく根を見つめるソフィアの表情が曇る。


「木の根が、腐っていくみたい」


 黒兎は不安げな表情で「ゴゴゴゴ」と大きな音を立てる木の根を見つめた。この世界の均衡を保つ重要な存在が、ゆっくりと朽ちていく。その光景は、何か大きな変化の予兆のように思えた。


「これから、何が起こるんだろうねぇ……」


 黒兎のぼそっとした呟きが、夕暮れの空に溶けていった。


第二話・完

お読みいただき、ありがとうございます!


この物語を通して、少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、

ブックマークと★評価を頂けますと、作者は「いいねぇ……」と目をキラキラさせること間違いなしです!


ブラッディレイジがはじまる前に、また会いましょう!

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