第一話 戦わない勇者
この世界には、地球とは異なる三つの異世界が存在する。
「力の世界」「魔法の世界」「技術の世界」――それぞれが独自の文化と特徴を持ち、異なる価値観で成り立っている。
だが、これら三つの世界は「ワールドルート(木の根)」と呼ばれる巨大なネットワークで繋がれており、互いに補完し合うことで平和と繁栄を保っていた。
力の世界では強靭な肉体と戦闘技術が重視され、魔法の世界では魔力と精神性が尊ばれ、技術の世界では科学技術と創造性が発展している。
そして地球――その存在は、これら異世界とは異なる次元に位置しながら、何もかもが低次元であり、どの世界よりも可能性を秘めていた。
---
????ワールド《????の世界》
工房で一人の青年が作業台に向かっていた。
黒髪で細身の体型、少し寝癖がついた髪をワシャワシャと無造作にかき上げながら、彼は小さな部品を組み立てている。
「……よし、これで動いたらいいんだけどねぇ」
ぼそっと呟きながらスイッチを押すと、小型ドローンが軽やかに浮かび上がった。
青年――クロトは満足げに微笑むと、「いいねぇ……」と目をキラキラさせた。
突然、悲鳴が聞こえた。クロトは作業を中断して窓辺へさっと移動し、外を覗くと巨大な角のある人食い鳥が、若い女性を追い詰めていた。
「これはやばいねぇ……」
クロトは作物収穫用の道具を手に取り、工房の外へ素早く移動し、瞬時に女性と凶鳥の間に入り込む。
「怖がってんじゃんねぇ!」と大声をあげるとクロトは持ってきた投げトラバサミを凶鳥のクチバシに目掛けて発射した。
凶鳥はくちばしをトラバサミに挟まれたことで戦意を無くし、森の奥へ逃げていった。
女性は感謝の言葉を述べるが、クロトは照れくさそうに左手を少し上げ、無言で立ち去った。
---
????ワールド《日本》
「おい黒兎、お前さ、『エレベーターで異世界に行く方法』って知ってるか?」
終業した後の工場内休憩室で二人の従業員が話している。掲示板サイトで有名な異世界に行く方法について――。
「聞いたことあるけどねぇ……俺は信じないな。そういう話って大抵嘘だからねぇ」
黒兎は髪をワシャワシャとかき上げながら面倒くさそうに答える。
「いやいや、本当に行けるんだって! やってみろよ!」
軽口から始まった会話は、次第に口論へと発展。二人はヒートアップし、今にもどちらかが手を出しそうな険悪な空気が流れる。
「……うるさいねぇ! じゃあ嘘だって証拠見せてやるよ!」
黒兎は同僚をキッと睨み、その深夜、一人で人影もまばらなビル内で黒兎はエレベーターに乗り込んだ。
「本当にこんなことで異世界なんて行けるわけないだろうねぇ……」
ガタンッ! ギャギャッ!
突然の衝撃。エレベーターは急激に落下を始めた。
「止まれ! 止まれって!」
必死に色んなボタンをやみくもに押すも、落下は止まる様子を見せない。その数秒の間、エレベーター内の時間は重力を無くした。ふわっと浮かぶ体。天井に頭が打ち付けられる直前、黒兎の意識はスローになる。
「……人生ってこんなあっさり終わるもんかねぇ……」
高速で落下するエレベーターに反し、遅くなった黒兎の精神は24年を辿るように走馬灯を見せた。
---
十年前、町工場で働く父の姿。
「黒兎、お前にはわかるだろう?機械ってのは人を傷つけるためじゃなく、守るためにあるんだ」
父は戦争で両親を失ってから、武器を作ることを頑なに拒否していた。 そんな父は事あるごとに黒兎へ話していた言葉がある。
「攻撃することなく、自らが耐えて盾となれ。それが本当の強さだ」
その言葉は、幼い黒兎の心に深く刻まれた。
中学生の頃、不良に絡まれた同級生を助けようとした時のこと。
「逃げろ!」黒兎は拳を振り上げることなく、逃げる同級生の背中を確認した後、頭を抱えて体を小さくし、不良達の攻撃に耐え続けた。
「お前、なんで反撃しねぇんだよ!」
不良たちは苛立ちを募らせ、黒兎の無防備な腹に向けて蹴りを入れると「くふっ!」と黒兎の口から空気の漏れる音が聞こえた。
「そうだねぇ……っ! でも、誰かを傷つけるのは嫌いなんだよねぇ……」
黒兎はぼそっと答えた。
「お前、な……なんなんだよ」
不良達は、口から血反吐を吐きながらも無様に耐え続ける黒兎の姿に恐怖を覚え、助けが来る前に逃げていった。その後、助けた同級生から一生分とも思える感謝を受けた時、父親の言っていたことを理解した。それ以来、黒兎は「戦わない強さ」を信条とするようになった。
---
高校卒業後、黒兎は父の町工場で働き、「人を守る機械を作る」という父の教えを継ぎ、日々技術を磨いていたある日、大手企業から誘いがあった。
「君の技術なら、もっと大きな仕事ができる。防衛産業で活躍できるはずだ」
しかし黒兎は断った。
「技術を買ってくれるのは嬉しいんだけど、人を傷つけるものは作りたくないんだよねぇ」
それは父から受け継いだ信念であり、黒兎自身の生き方でもあった。
---
意識が薄れゆく中、黒兎は微かに笑った。
「たいした人生じゃなかったけど、誰も傷つけなかったのは誇れることだよねぇ……」
黒兎がその短い人生を噛み締め終わった瞬間、高速で落下するエレベーターが地面に激突し、天井に激しく打ち付けられた黒兎の生命活動は停止した。
---
????ワールド《????》
「ん? なんだこれ……?」
次に意識を戻した時、目の前にホログラム映像のような光景が広がっていた。
力強いどこまでも広がる荒野、美しい浮遊島が幾つも浮かんでいる緑の多い土地、高層ビル群の密集地域――様々な風景が目まぐるしく切り替わる。
最後に工場地帯の風景が目の前に広がり、黒兎の意識はその中へ吸い込まれるように消えていった。
---
テックワールド《技術の世界》
目を覚ました時、黒兎は見知らぬ場所に立っていた。
周囲には高層ビル群や工場地帯。空には赤茶色い光を放つ太陽がスモッグの影から景色をオレンジに染めている。
「ここ……どこなんだろねぇ?」
ぼそっと呟く声が、目の前の知らない景色に溶けていった。
第一話・完
お読みいただき、ありがとうございます!
この物語を通して、少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、
ブックマークと★評価を頂けますと、作者は「いいねぇ……」と目をキラキラさせること間違いなしです!
ブラッディレイジがはじまる前に、また会いましょう!