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僕が戦闘部隊に所属してから半年が、紅夜叉会に入ってからは一年が経つ。
勉強や訓練をして過ごした最初の半年はともかく、戦闘部隊に所属して、任務に出るようになってからの半年は、怪我の絶えない日々だった。
いや、これは僕が自己強化を得意とするから怪我程度で済んでるだけで、場合によっては障害が残る程の傷を追ったり、或いは死んでいてもおかしくはない事も多々あったと思う。
障害が残れば、戦闘部隊の任務は続けられなくなって、下町でのんびりと他の仕事をしながら暮らせるのかもしれないけれども。
流石にギャングといっても、紅夜叉会は組織の為に尽くして深い傷を負った者を、企業の実験体に回す程に非情じゃないし。
もし仮にそんな事をすれば、構成員は紅夜叉会に疑いを持ち、組織の求心力は低下してしまうから。
これが九竜会なら話は全く別で、彼らはその非情を全く躊躇わないし、他の構成員も自分以外がどうなろうとそれを是とする価値観を持っていると、僕は思ってる。
まぁ、九竜会はさておいて、そんな風に危険の多い日々だけれど、僕は今の状況に満足していた。
この半年で、死は数多く目の当たりにしてる。
その中には僕が直接殺した敵もいて、逆に敵に殺された仲間もいた。
僕も何時その中に加わるともしれないと思いながらも、……だからこそ生を実感できてる。
多分、僕はもう、どこかが壊れているんだろう。
一体、何時壊れてしまったのかは、わからない。
地下闘技場で過ごした日々か、そこが壊れて、紅夜叉会に加わると決めた瞬間か、それともこの半年の間か。
死にたい訳じゃない。
生き残りたいって気持ちに嘘はなかった。
だから、危険に生を実感しながらも、そんな日々を生きて終えられる可能性が少しあるっていうのが、僕にとっては実に都合がいいのだ。
実際に、危険から解放されて生きる事になったら、僕は生を実感できずに、抜け殻のようになってしまうかもしれないけれど。
いいや、或いは、そうなってから得られる喜びも、他に何かあるかもしれない。
ただ、今はこれでよかった。
あの老人、白狼に勝ちたい。
和義にだって勝ちたい。
そうした気持ちは確かにあるが、それも突き詰めれば、生を実感したいから。
別に彼らじゃなくても、僕はきっと構わないのだ。
この気持ちは、まだ誰にも話していない。
人に話して共感される事じゃないだろうし、特に藍神の、昭子や優那に知られれば、怖い、痛ましい、悍ましいと、思われてしまうかもしれないから。
僕は恐れられたい訳でも、憐れまれたい訳でもなくて、普通が良かった。
もしかすると、白狼や和義なら、共感してくれるかもしれない。
そんな風に考える辺り、僕にとってやはりあの二人は、どこか特別なんだろう。
不意に、僕の端末が通知音を鳴らす。
あぁ、ずっと使ってた端末は前の任務で使い物にならなくなったから、紅夜叉会が新しく支給してくれた、新しい端末だ。
……まぁ、新しいと言っても、電脳を使って操作するそれに比べると性能は幾らか落ちるんだけれど、あんまり高性能でもどうせ僕には使いこなせないし。
誰からの連絡だろうと端末を操作していると、それは和義からのものだった。
飯を食いに行くから付き合え。
そう書かれたメッセージに、僕はちょっと笑ってしまう。
さて、一体何の用事だろうか。
まさか和義が、本当に食事に付き合わせる為だけに、僕を呼び出す筈もない。
恐らくは、次の任務の前振りである。
こんな風に前振りから入る任務なんて、きっと難しくて、危険なものになるのだろう。
けれども、今の僕はそれを煩わしくは思わない。
それは僕に遂行が不可能な任務は振ってこないという判断力への、それから僕を使い潰したりはしないと、組織を信頼できるようになったから。
また僕自身も、大抵の事は切り抜けられるって、自分に自信を持てている。
多分、僕みたいな若僧がそう思うのなんて、増長してる面もきっとあった。
でもそこに懸かる命は僕のものだから、別にそれでも構わない。
すぐに行くと返事を返して、僕はポケットに端末を突っ込む。
もっと賢い生き方も、沢山あるんだろうとは思う。
しかし僕は、……始まりは理不尽だったけれど、それでも自分の選択の結果、今はこうしてここにいた。
身の内に、滾る熱量に突き動かされて、その道を走るように、僕はこの央京シティに生きている。
とりあえずここでお終いです
ここまでのお付き合いありがとうございました




