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 砲火の下を潜り抜け、僕は九竜会の部隊の間近に迫った。

 戦況は挟撃を受ける九竜会が不利になりつつあって、だからこそ僕は急がなきゃならない。


 九竜会の部隊が撤退を決意した場合、戦いの音に惹かれたミュータントの介入を期待するか、被害を無視して全員で一目散に逃げるか、或いは一部を殿として切り離すか、いずれかを選ぶだろう。

 しかしいずれの場合でも、先に瞬間移動能力者が逃げてしまう事は確実だ。

 何しろ、いかに八之竜の側近であっても、電脳を持たない超能力者は部隊の指揮を効率的に行えないから、指揮官は確実に別にいる。


 要するに瞬間移動能力者は、どれ程に重用されていても部隊の責任者ではなく運び屋に過ぎない。

 この場に留まる理由は、まだ勝敗の行方に揺らぎがあるからと、逃げる隙を伺っているから、或いは自分が逃げる際に他の超能力者も回収するだと思われた。


 配置から、僕は瞬間移動能力者が乗っているのだろう装甲車は予測が付く。

 明らかに一台だけ、紅夜叉会の部隊からも、三王マテリアルの輸送隊からも、攻撃を受け難い位置で戦ってる装甲車がある。

 現在地からその装甲車までは、全力で走れば僕の足なら十秒と掛からない。


 そろそろ、覚悟を決めて行くとしようか。

 僕は一度だけ、懐から端末を取り出して確認してから、それを仕舞い、代わりに手榴弾を一つ握り締めて走り出す。


 こっそりと近付く事をやめると、九竜会の機械兵も僕の存在に気付いた。

 彼らがこちらに銃口を向けたのは、僕が走り出して大体五秒が経ったくらい。

 でもそれだけ助走を付けていれば、僕は地を蹴り大きく跳んで、放たれた銃弾の上を行く。


 そして振り被って手榴弾を、開いた装甲車の扉の中に目掛けて、思い切り放り込む。

 普段は完全に締め切って守られている装甲車の中も、今のように機械兵がそのドアを開いて防壁に代用していれば、位置次第で直接車内を狙う事も可能だ。


 けれども、その瞬間、車内から飛び出して真上に跳んだ一つの影が、僕の投げた手榴弾を遥か彼方に蹴り飛ばす。

 いいやそれは蹴ったというより、ふわりと足で受け止めてから、投げ飛ばしたというのが正しいだろうか。

 いずれにしても凄い技量と胆力だった。

 僕だったら、投げられた手榴弾をそんな風に処理するなんて、怖くてあまりしたくない。

 そりゃあどうしても必要だったら、内心は嫌々でもやりはするんだろうけれども。


 まぁ、僕の事はさておいて、そんな真似をする相手は、九竜会には僕が知る限り一人しかいなかった。

 そう、僕が動きを真似ている武術の達人、白狼。

 やはり彼が僕の前に立ちはだかるか。


 但し、それは最初から予想済みだった事だ。

 僕の攻撃は、彼によって防がれる。

 故に最初の攻撃は、もしかしたら八之竜の側近である瞬間移動能力者を仕留められるかもしれないけれど、爆発までの間に能力を使って逃げられるかもしれないという、必ず殺せる確証のない手段、手榴弾によるものだった。

 手榴弾を防ぐ為に白狼が出て来てくれるなら、次のこれはどうやっても防げなかろうと、そんな風に考えて。


 僕が次に取った行動は、懐から取り出した端末のカメラを装甲車に、より正確にはその中にいる瞬間移動能力者に向ける事。

 次の瞬間、僕の手の中の端末は熱に火を噴き爆発して、同時に装甲車の中で瞬間移動能力者も、燃え上がった。


 これは紅夜叉会の最高幹部である紅・渡の発火能力。

 発火能力は、治癒や予知、瞬間移動に比べると、希少さ、有用さでは劣る超能力だ。

 精々が、エレクトロキネシスと同程度だろう。

 けれども紅・渡の発火能力は、他のどんな超能力よりも恐ろしい。


 紅夜叉会の部隊の装甲車が積んでる通信機を通して、僕の端末にアクセスしていた紅・渡は、そのカメラ越しに瞬間移動能力者を燃やした。

 機械の目を通してでも発動する発火能力は、乱用すれば恐怖から、誰もが敵に回って躍起になって紅・渡を排除しようとしかねないくらいに、強い超能力である。

 だから紅・渡は常に姿を隠してて、その正体を知る者も殆どいないのだ。


 悲鳴を上げて燃える瞬間移動能力者は、……あれはもう助からない。

 出力勝負に打ち勝てば、その場に炎だけを置いて瞬間移動をする事も可能だろうが、目となる端末が壊れるくらいに、紅・渡が加減をせずに発火能力を使ってる。

 その出力勝負の綱引きに勝つなんて、一体誰にできるというのか。

 ちなみに僕の方は、咄嗟に皮膚の硬化が間に合ったから、痛くて熱かったけれど、問題になるような怪我は負ってなかった。


 繰り出された回し蹴りを、僕は肘で受ける。

「小僧、貴様、やってくれたな?!」

 憎々し気にそう言ったのは白狼だ。

 恐らく彼は、僕に攻撃を仕掛けて注意を惹き、あの炎が途切れる事に一縷の望みを託したのだろうが……、残念ながら発火は僕の仕業じゃないから、意識を逸らせたとこで無駄だった。

 何なら目となる端末が壊れてしまった以上、もう紅・渡にだってあの炎は消せやしないだろう。


 つまり今回の作戦目標は無事に達成で、……後はどうやって周囲を敵に囲まれたこの状況を生き残るかだけ。

 エレクトロキネシス、電気を操る超能力の使い手まで始末してる余裕は、残念ながら少しもなかった。

 白狼に張り付いていなければ周囲の機械兵に四方八方から銃撃を浴びせられるし、そうでなくとも他に気を逸らしていると、一瞬で白狼に殺されかねない。


 ただ、指揮官ではなくとも八之竜の側近という重要な地位にある瞬間移動能力者が無惨な死に方をした事で、九竜会の部隊に動揺が生まれてる。

 この調子なら、彼らが全力での撤退を選ぶのも、多分もう間もなくだ。


 拳を捌いて拳を打ち込み、拳を捌かれて飛んできた膝を硬化した腹で受け止めて、……一瞬下がりたくなるが、歯を食いしばって前に出て、撃ち込んだ肘が白狼の掌に受け止められた。

 間近で、僕と白狼の視線が絡む。

 ……白狼って、もしかして白い髪と白い髭の老人ってところから、白老が白狼って呼び名になったんじゃないかと、ふとそんなどうでもいい事を考えてしまう。


 まぁ、それはさておき、今の攻防でわかったが、僕はまだ彼には届いていない。

 以前に相対した時よりも、幾らか差は縮まっているが、それでもやはり足りないだろう。

 後の事を考えない全力の強化、フルバーストを使えば恐らく埋まる差ではあるけれど……、その効果時間中に仕留め切れるビジョンが浮かばなかった。


「ねぇ、そろそろ退かないと、逃げきれなくなって死ぬよ。……僕はまだ貴方に勝てないから、こんなところで死なれると困るんだけど?」

 思わず、僕の口からそんな言葉が出る。

 言ってから気付いて驚いたけれど、僕は自分でも意外なくらいに、この老人、白狼に執着心があるらしい。

 すると白狼はスッと、目を細めると、

「小僧、今日は貴様にしてやられた。名乗れ。貴様の名前を心に留めておいてやろう」

 僕に向かってそう問うた。


 名乗りか。

 そういえば、互いに名乗ってなかったっけ。

 僕が知ってる白狼って呼び名も、どうせ通り名か何かだろうし。


「いや、それは僕が、貴方に届いたと思えた時の楽しみにしておくよ。今はまだ小僧でいい」

 ただ、それも今じゃないなと思って、僕は首を横に振る。

 白狼は僕にしてやられたというけれど、それを成したのは僕じゃなくて紅・渡だ。

 僕はまだ、彼に名乗るだけの、対等の敵手となるには、少し足りない。

 だけどそれは本当にもう少しで、僕は幾らかの時間と経験を得られれば、そこに辿り着けるとの確証があった。


「生意気な小僧め。よかろう。今日は貴様の言に従って退いてやろう。……ふんっ!」

 白狼は、僕の言葉に唇を緩めて笑みを浮かべ、そして足を踏み鳴らす。

 受け止められていた肘に衝撃が走り、僕は大きく後ろに吹き飛ばされる。

 多分、以前に彼が渦潮って呼んでた技なんだろうけれど、こんな使い方もできるのか。

 地を転げている暇はないから、気合を入れて足を踏ん張って着地して、直後に地を蹴り、大きく跳ぶ。

 銃声と共に、僕が一瞬前にいた場所が、機械兵の銃撃で薙ぎ払われた。


 銃撃を回避して、回避して、僕は懐に手を入れる。

 掴み取るのは煙幕弾。

 それも単なる煙幕を張るだけじゃなくて、機械兵の感覚、赤外線やら何やらも誤魔化せる、電波欺瞞紙等も入った特別製だった。

 機械兵同士の戦いならリスクが高すぎて中々使われない代物だけれど、生身の僕が機械兵を相手に使うならかなり有益な代物だ。


 一瞬、姿を探すが、白狼はもうどこにもいない。

 先程の言葉通り、退いたのだろう。

 恐らくもう撤退を決めているであろう九竜会の部隊も、この煙幕を合図に逃げ出すと思われる。

 つまり僕の行為は彼らにとっての利となるが……、いや、それでも目的を達した以上は戦いは終わらせた方が、紅夜叉会の被害も抑えられていい筈だ。

 何より、僕だってこのまま殺されたくないし。


 煙幕弾を放り投げると、辺りの視界が奪われた。

 視界だけじゃなく、電脳での通信まで、あの煙幕は妨害するから、肉声で撤退の指示を出しているのが聞こえる。

 銃弾は飛んでくるが、同士討ちを避けて牽制程度に放たれるそれじゃ、僕を仕留める事なんてできやしない。


 つまり、今日も僕は、生き残る事ができたのだ。



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― 新着の感想 ―
cv秋元なおじいちゃん師匠に見えちまうな、白狼さん
ついに、と思ったけど名無しのままか 彼の言うとおり爺さんに勝った時に名乗りを上げるのかな それとも最後まで名無しのままも“らしい”かも
やあ、お師匠。
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