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 僕が戦闘部隊に所属してから、三カ月が経ち、季節が一つ変わった。

 ここからは、少しずつ暑くなっていく。

 そういえば、地下闘技場から解放されて紅夜叉会に身を置いたのは、とても暑い日だったか。

 地下闘技場の、唯一といってもいいかもしれない良いところは、ずっと空調が利いてたところだ。

 そこから連れ出されたから、外の暑さに驚いたのを覚えてる。


 あれから、九カ月。

 僕の身体は少し大きくなった。

 突き出す拳が、以前よりもほんの少しだが先にまで届く。

 見て学んだ動きを反復し、身に刷り込ませ、僕の技量は少しずつだが上がってる。


 知り合いが増え、失いたくないなって思うものが、自分の命以外にもできてしまった。

 周囲の僕を見る目も、紅夜叉会に身を置いたばかりの頃とは随分と変わったように思う。

 非道な施設の哀れな生き残りから、信用のある仲間へと。


 たった三カ月ではあるけれど、命のかかった任務を幾つもこなしてる。

 集団での任務もあったし、単独での任務もあった。

 実は、戦闘部隊は単独での任務は少ないらしくて、僕の立ち位置は部隊の中でも結構特殊らしい。

 今回の任務も、だからこそ任されたものなのだろう。


「おぅ、お前がシュウって奴か。俺は粋がった餓鬼は嫌いだが、結果を出してる戦士は別だ。うちの連中からも何度か助けられたって話は聞いてる。歓迎するぜ。今日はよろしく頼む」

 そういって僕を迎えてくれたのは、祭・浅葱という名の紅夜叉会の幹部だ。

 知己のある藍神・昭子と同格の、重要人物の一人。

 今日の僕の任務は、そう、前線付近の視察、構成員の激励を行う彼の供回り、護衛だった。


 以前にも述べたと思うが、浅葱は紅夜叉会の中でも対外的に強硬派で知られる人物である。

 また彼の派閥が管理する地域は九竜会の縄張りと接しているので、常に小競り合いが、時に大きなぶつかり合いも、絶えない場所だ。

 故に浅葱は九竜会に対して激しい敵意を抱いている事を隠していないし、九竜会側も彼の首には多額の懸賞金を懸けているらしい。

 当然ながらそんな彼が前線付近に出てきたら、九竜会はここぞとばかりに命を狙ってくるだろう。


 にも拘わらず、構成員の指揮を鼓舞する為に、前線に近付こうとする浅葱は、実に豪胆だ。

 もちろん僕以外にも、彼を護衛する者はいる。

 いや、むしろ浅葱が信頼する護衛は彼らで、本来ならば僕が必要とされる事はない。

 だったらどうして、僕が浅葱の供回りや護衛を任務として命じられたのかといえば、八之竜への対策だった。


 浅葱の向かう場所、時間が八之竜の予知で知られてしまえば、九竜会は戦力を集中して投入し、彼の首を狙う事が可能になるだろう。

 幾ら浅葱が信頼している護衛であっても、一応は紅夜叉会の縄張りの内側であっても、差し向けられる戦力によっては万が一が起きるかもしれない。

 だから僕が浅葱に同行する事で、彼が向かう場所、時間を絞らせないようにしようというのが、今回与えられた任務の意味だ。

 そして今回だけでなく、今後、僕は定期的に、昭子や浅葱に加えて、蘇芳・晶洞といった紅夜叉会の幹部に会って、八之竜の予知を阻害するようにと命じられている。


「渡の奴に気に入られるとは、お前さんも大変だなぁ。……まぁ、藍神の婆さんもお前を欲しがって、渡に断られたって話だったな」

 移動の車で、向かいに座った浅葱が笑いながらそうんな事を言う。

 紅夜叉会の中でも強硬派で、前線の構成員を指揮する武闘派だから、正直に言うと怖いイメージを持ってたんだけれど、意外に気さくな人だ。

 でもその話は、聞いた事がないな。


 昭子がどういう心算で僕を欲しがったのかはわからないが、あぁ、いや、彼女の孫である優那の為ではあるんだろうけれど、今は状況が悪い。

 何しろ紅・渡は、僕を使って八之竜の予知を乱そうとしているところだから。

 八之竜への警戒が何時まで続くのかは不明だが、少なくとも暫くの間は、紅・渡は僕を戦闘部隊から動かさないだろう。


 まぁ、個人的にも今の環境は気に入ってるから、無理に昭子のところに所属を移したいとは思わない。

 多分、昭子ならばそれなりの待遇で僕を扱ってはくれるんだろうけれど、穏健派である彼女のところでは、今よりも実戦経験が積めなくなるし。

 僕は、そう、今はもっと強さが欲しかった。


「いえ、紅夜叉会に入って一年にも満たない自分には、過分な扱いだと思っています。……でも大変と言えば、祭様も危険の大きな前線付近を視察されるのは、大変ではないのですか?」

 僕は無難な答えを返しながら、ふと気になった事を問うてみる。

 別に今回の任務に不満がある訳じゃないんだけれど、浅葱がどうして自分の命を懸けてまで前線付近に赴くのかには興味があった。

 だって、足を運ぶ浅葱はもちろん、その護衛も、視察や激励を受け入れる側にだって、負担が掛かる行為だ。

 浅葱を狙って九竜会が攻めてきたら、守ろうとする護衛や、反撃する紅夜叉会の構成員だって、犠牲者が出るかもしれないから。

 そこまでのリスクがあって何故行くのかと、僕は思ってしまう。


「全く、大変でもなんでもねぇよ。まぁ、護衛達には大変な思いはさせてるかもしれねぇけどな。でもさ、本当にきついのは、実際に戦ってる連中だ」

 でも浅葱は、僕の質問に首を横に振った。

 口にする言葉には迷いがなくて、それは今回の行動が、彼にとってはごく当たり前なのだと語ってる。


「うちはギャングだけどな。全員が全員、戦うのが好きって訳じゃねぇのよ。他に生きる道がないから仕方なしにギャングになった奴や、九竜会から知人を守る為に、うちに入った奴も大勢いる」

 確かに、それはそうだ。

 戦闘部隊はさておいて、一般の紅夜叉会の構成員には、結構色んな人がいる。

 商売でもした方が向いてるんじゃないかってくらい、口が上手くて計算の速い人や、実はのんびりと絵を描くのが好きな人とか、とにかく様々だ。

 どうしてギャングをやってるんだろうとは思わなくもないが、だがそれでも、彼らだって自らギャングという道を選んだことに変わりはない。


「お前さんは戦うのが平気なクチだろ。なんだかんだでそういう目をしてるし、結果が物語ってる。でも誰もがそうはなれないんだよ。折れそうになりながら必死に虚勢を張ってる奴も少なくない。俺はそういうのも従えて戦わせてるんだ」

 言葉を続ける浅葱に、僕は頷く。

 自分が戦うのが平気とか、好きって部分は、否定できる要素があまりない。

 僕は生き残る為に強くなりたいだけで、別にスリルを求めてるとかいう訳ではないんだけれども……。


 しかし、虚勢か。

 威嚇するように派手な格好をしたり、武装をちらつかせたり、九竜会への敵意を事あるごとに口にしてみたり。

 そうした行為をする紅夜叉会の構成員は少なからずいるが、あれらは確かに、自分の士気がくじけないよう、怯えを外に見せないようにする為の、虚勢なのかもしれなかった。


「だからせめて、ちゃんと足を運んで俺の口で言わなきゃならねえんだよ。お前のお陰で助かるって。お前を頼りにしてるってな」、

 ……なるほど。

 祭・浅葱は、そういう幹部なのか。

 強い戦士を率いるのではなく、虚勢を張った弱者を束ねる武闘派。

 紅・渡や、藍神・昭子とは、全く違うタイプの幹部だった。



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