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繋いだ手の先も自分の身体であると思い込み、自己強化の力を注ぎ込む。
この行為に、本来は意味がない。
自己強化能力は、他人には影響を及ぼさないからだ。
ただ自分の力が繋いだ手の先にも伝わっていってるのは感じるので、恐らくこれは、受け手側の肉体が、僕の強化に適合してないって事なんだろう。
ではどうして意味のない、僕の強化に適合してない肉体に、自己強化の力を注ぐのかといえば、僕の出力を子供に体感させるには、これが一番手っ取り早いからだった。
超能力者には、自分や他人の超能力を感じ取れる、普通の人間にはない感覚がある。
あぁ、超能力の種類がわかるとかじゃなくて、出力を感じ取れるって意味だ。
例えば強烈なパンチを受けた時、それがサイバーウェアで膂力を強化したパンチなのか、自己強化能力で強化されたパンチなのか、僕は区別が付く。
または藍神・優那のように出力の高い超能力者に出会った時、どんな超能力を持っているのかはわからずとも、強い力を持った超能力者なんだなって、何となく感じる。
もちろん感覚には個人差があって、鋭い者もいれば、鈍い者もいる。
傾向としては、サイコメトリーや、テレパシーといった超感覚的知覚、ESPに属する超能力の持ち主は感覚が鋭い傾向にあるらしい。
まぁ、仮に感覚が鈍かったとしても、超能力者である以上は、幾らかの感覚は絶対にあるので、こうやって力を流し込めば、感じ取れない事はまずないだろう。
『わぁ……!』
何人目かの子供に自己強化の力を注いでいると、僕の頭の中に声が響いた。
この子、タツキという8歳の少年は、確かテレパシーの超能力の持ち主で、手を繋いだ相手なら声を出さずに思念での会話ができる、
テレパシーは、自己強化能力と並んで、或いはそれ以上に不遇な超能力だ。
何しろ、声を出さないやり取りは、電脳を搭載した者同士なら当たり前に可能だから。
出力の高いテレパシーの使い手なら、良く知る相手の現在位置がわかったり、或いは他人が考えた事を読み取れるとも言うけれど、それには相当に高い出力が必要になる。
『大丈夫? きつくない?』
出力は弱くとも、タツキはESPに属する超能力の持ち主だ。
感覚が鋭ければ、こうやって力を流し込まれるのはきついのではないかと、僕は彼に思念で問う。
『うぅん、大丈夫。何だか、すごく気分が良いよ。お兄ちゃん、すっごいね!』
でも返って来たのは、大丈夫との言葉、もとい思念と、精一杯の称賛だった。
やっぱり、僕の強化が意味を成してる様子はないけれど、それでもタツキと僕の能力はそれなりに相性がいいのかもしれない。
これなら、もうちょっと強めに力を流し込んでも平気だろうか。
少し、悩む。
実のところ、この訓練で子供達の出力が高くなってもならなくても、僕にはあんまり関係ない。
仮に出力が強くなっても、それが彼らにとって必ずしもいい事だとは限らないし……。
無理に何らかの成果を出そうとしなくても、無難に終わらせた方が良い筈だ。
でも、こんな風に素直な称賛を受けたりすると、できるだけの事をしたくなってしまう。
『お兄ちゃん、僕、まだいけるよ』
するとタツキは、まるで僕の考えを察したかのように、先を促す思念を送ってきた。
……いや、まさか、本当に僕の考えを読み取ったのだろうか?
手を繋ぎ、力を流し込んでいる状態とはいえ、僕から送る心算のなかった思考を読み取るなんて、そう簡単にできる事じゃなさそうなのに。
もしかして、僕が流し込んでる力に超能力が刺激されて、本当に出力が高まっている?
少し驚きながらも、それをタツキが望むのならと、僕は流し込む力を強めていく。
それをすれば一体どうなるのか、些か以上の好奇心もあって。
次の瞬間、僕の頭に流れ込んできたのは喜びの感情だった。
凄い、楽しい、嬉しい。
纏まりがなく、とめどない感情は、目を輝かせて僕を見ているタツキから。
恐らく彼自身、自分の中の感情を言語化できていないんだろう。
解放感、全能感、世界の色が違って見える喜び。
今、タツキはとても嬉しいと感じてて、僕に強く感謝もしてる。
それは本当に、これでもかってくらいに伝わってくるんだけれど……。
正直、酔いそうだった。
何しろ、伝わってくる感情の量が多過ぎる。
人の頭は、少なくとも僕の頭は、そこまで多くの他者からの感情を、処理する機能が付いていない。
僕はタツキの超能力の暴走を疑って、注ぎ込む力を弱めていく。
幸い、タツキは感情を暴走させてはいたけれど、超能力の制御を失った訳ではないらしく、一瞬、少し不満そうにしたけれど、大人しく感情も、テレパシーも静める。
その後も、僕は幾人もの子供に同じように力を注いだが、タツキのような反応が起きた子はいなかった。
施設の責任者である明美は、とても満足そうに礼を言い、子供達にも僕に礼を言うように促す。
孤児院の子供達が一斉に、ありがとうを唱和して、僕はそれに笑って手を振ってから、立ち去ろうと背を向ける。
……でも、その時、
『ありがとう、シュウお兄ちゃん。また来てね。絶対だよ』
頭に声が響いた気がして、僕は思わず振り返った。
視線の先で、タツキは満面の笑みを浮かべながらこちらを見ていて、僕は息を一つ吐く。
彼のテレパシーは、手を繋がなきゃ伝わらない筈。
でも、今、確かに僕は、彼の思念を受け取った。
互いの距離は、僅か数メートル。
とても実用的とは言えない距離である。
しかしその数メートルは、手を伸ばしただけでは、今までのタツキにはどうやっても、届かなかった距離だ。
たとえ一人でも、訓練で目に見える成果が出た子供がいた以上、恐らく僕はそう遠くないうちに、またここに来る事になるだろう。




