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 制御室のコンソロールのスロットに、持ってきた記憶媒体を差し込む。

 するとプログラムが生産プラントの管理システムを暴走させ、ついでに煩かった警報も黙らせてくれるけれど、……まぁ、もう手遅れである事には変わりがない。

 どうせ既に、保安部への連絡はいってるだろうし。

 そして警報は止まっても、代わりに生産機器がガシャンガシャンと暴走を始めたので、煩い事にも変わりはなかった。

 警報と一緒に警備のロボだのタレットだのも停止したから、帰り道は少し楽になるだろうけれども。


 役目を果たした記憶媒体を抜き取って、懐にしまい込む。

 これを残しておくと、管理システムに干渉したプログラムが解析されて、早期に暴走が食い止められかねないから、持ち帰るか粉々にして処分するようにとの指示を受けている。

 一応これで、受けた任務は完了だ。

 後は、僕が無事に帰ればそれでいい。

 尤も警報が鳴ったせいで、保安部隊はこちらに向かってきてる最中で、ついでに通報を受けた桜花軍が検問を敷く筈。

 だがそれも、僕にとってはあまり大きな問題ではなかった。


 もう遠慮は無用と、僕は地を蹴って跳び、機械が暴走する生産プラント内を駆け抜ける。

 扉も壁も蹴り破って、最短距離で外へと向かって。


 敵が到着する前に工場から出てしまえば、もうこっちのものだ。

 保安部隊は僕を追おうとするだろうが、彼らよりも僕の方が足は速い。

 車で追われれば話は別だが、桜花軍の敷いた検問が車の足を遅くする。

 本来なら、僕を捕まえる為に敷かれた筈の検問が、僕の逃走を手助けするとは、実に皮肉な話だろう。

 後は、地区の境を徒歩で超えて、紅夜叉会の縄張りへと戻るだけだ。

 僕の足なら、半日も歩けばどうにか辿り着ける筈。


 現場からの逃走のプランには、連絡して車を呼び寄せるって方法もあったんだけれど、僕はそれを選ばなかった。

 その理由は、検問を敷かれてしまった以上、車での移動は却って不便になるというのもあったんだけれど、もっと大きな理由は、紅夜叉会から僕の行動が漏れている可能性を恐れたから。


 工場の中では時間もなかったし長々と考え込む事は避けたが、こうして後から振り返ってみると、あの念動力の使い手の待ち伏せは非常に不可解である。

 あのレベルの念動力の使い手は、簡単に見つかるものじゃない。

 そりゃあ出力はサシャに劣るけれど、それはあの念動力の使い手が弱いんじゃなくて、サシャの出力が強いだけなのだ。

 あんなのが普段から、外周部向けの生産プラントなんかを警護してるなんてあり得なかった。


 つまりあの念動力の使い手は、明らかに僕が生産プラントに侵入するとわかって待ち伏せていたのだろう。

 そうなると問題は、どうして僕が生産プラントに侵入するとバレたのかって事だ。

 僕には、紅夜叉会の誰かが情報を漏らしたくらいしか、可能性が思い付かない。


 またあの念動力の使い手の行動も、どうにもおかしい気がする。

 生産プラントの防衛システムを利用しようとしなかったり、保安部への通報を積極的にしようとしてなかった事から考えると、あの念動力の使い手が所属するのはユニオンじゃない。

 だが僕への攻撃の殺意は本物だったので、恐らくは九竜会に所属する超能力者だろう。

 けれども一つ分からないのは、何でたった一人であんな場所にいたのかだ。

 僕の情報が紅夜叉会の誰かから、九竜会に漏れてたなら、確実に殺す為にもう幾人かを配置すると思うのに……。


 幾ら考えても、わからなかった。

 まぁ、考えてもわからないものは仕方ないので、僕は自分で考える事をやめて端末を操作し、今回の件の全てを、紅・渡に報告する。

 仮に紅夜叉会の中に情報を漏洩する者がいたとしても、それが彼でない事だけは確かだから。

 何せ紅・渡が僕を始末する気になったなら、ある日突然に焼死して、紅夜叉会の誰もがそれについて問い詰められない。

 彼はそういう存在なのだ。

 故に、紅・渡が情報漏洩なんて小細工をする筈がなかった。


 僕が報告を送ってすぐに、端末がぶるりと振動をする。

 もう、返信が来たのか。

 あまりの速さに驚きながら、僕がそれを確認すると、そこに書かれた内容は、少し予想外の物だった。


『任務ご苦労。今回の件は私が指示を出し、限られた者にしか知らされていない為、情報漏洩の可能性は低い。そして相手が超能力者だったというのなら、恐らく情報の出所は、九竜会の八之竜の予知だろう』

 ……なんて風に。


 八之竜というのは、名前からも想像が付く通り、九竜会の幹部の一人だ。

 九竜会には幹部が九人、いや、今は一人欠けて後釜がまだ決まってないらしいから、八人いる。

 それぞれに一之竜、二之竜といった風に、数字と竜を名乗り、本来ならば九人の竜を名乗る幹部が集まって九竜会を成していた。

 まぁ、七之竜は紅夜叉会に打ち取られて、今も空席なんだけれども。


 ちなみに数字に明確な優劣はなく、九竜会には幹部の上に立つボスもいないらしい。

 成り立ちからして、色々な人種が寄り集まった彼らは、争いを避ける為にも敢えてボスを決めなかったそうだ。

 初期の九竜会は出身国や人種等で幾つもの派閥に分かれてて、そのいずれかの代表をボスとすると、他の派閥の全てが反感を抱くからと。

 それから月日も経って、出身国や人種の境も少しは曖昧になったけれど、今でも彼らは自分のルーツでそれぞれの派閥に分かれてた。

 結果、九竜会は幹部を頂点とする派閥の集まりとなっていて、全体の纏まりには著しく欠ける。

 何しろ、派閥同士の対立が激しくて、外よりも内での争いの方が、ずっと多いそうだから。


 実際、紅夜叉会と争っているのも、九竜会の中の派閥の幾つかに過ぎないと言われてる。

 九竜会の中は複雑過ぎて、外からその事情を把握するのはとても困難ではあるが。


 ただその辺りは、僕が考える事じゃない。

 それよりも僕にとって重要なのは、予知という単語だった。

 予知は、ヒーリングに勝るとも劣らない、希少で有用な超能力だ。

 断片であっても未来の情報が得られるのだから、その価値は言うまでもないだろう。


 八之竜は、その予知の力で九竜会の幹部の一人に成りあがった人物だと、紅・渡からの返信には書かれてた。

 人種を問わずに超能力者を集め、それを重用しているらしい。

 故に僕を待ち伏せていたのが九竜会の超能力者なら、情報の出所は八之竜の予知である可能性が高い。


 なるほど、確かに予知能力者が敵にいるなら、情報の漏洩がなくても待ち伏せられていた事の理屈は通る。

 すると残る疑問は何故、予知で未来が見えるなら、あの念動力の使い手は一人で僕を迎え撃ったのか。

 だって、結果は敗北だ。

 それを予知していたというなら、敢えて敗北を選んで、あの念動力の使い手を捨てたって事になる。

 流石にそれは、意味が不明過ぎるだろう。


 だが更に紅・渡の返信を読み進めると、そこには彼の推測が書かれてた。

 八之竜と敵対してきた紅・渡の経験から判断すると、恐らくその予知能力は超能力者に対して、特に出力が高い者が関わる未来だと、著しく精度が下がるのではないかと。

 相手の予知が完璧だったら、それこそ紅夜叉会に勝ち目なんてない筈だ。

 しかし、紅・渡が指示を出すという形でも関与した任務では、八之竜の派閥に痛手を与える事に幾度も成功している。


 八之竜が超能力者を集めて重用するのは、彼らを敵対者にしたくないからか。

 予知の力が完全に及ばぬ相手だから、それ以外の方法で手懐ける。

 尤も、味方にしても未来が見通しにくい事には変わりがないから、手駒としての価値は下がる筈だが。


 今回、八之竜は僕が、紅夜叉会の戦闘部隊がユニオンの施設に潜入すると予知したが、不正確な未来しか見えず、潜入する施設を特定し切れなかった為に、複数の施設に手駒を割り振って配置せざるを得なかった。

 その結果、重要度の低い外周部向けの生産プラントには、あの念動力の使い手しかいなかったのだろう。


 あぁ、概ね納得がいった。

 今回の不可解な待ち伏せに対する推察もそうだが、それ以上に、紅・渡がともすれば贔屓かと思うくらいに僕に便宜を図り、しかし多くの任務を与えてあちらこちらに動き回らせるのは、八之竜の予知をかき乱す事を目的としているのだと。

 だとすれば、八之竜にとって僕は目障りな存在だ。

 そりゃあ八之竜にとって何より目障りなのは、紅・渡なんだろうけれど、その手駒である僕だって、十分に鬱陶しく思う筈。


 九竜会の幹部に認識されるなんて、本当に怖い。

 これから先、僕は任務に出る度に、心のどこかで八之竜の予知を警戒する。

 八之竜が僕というノイズを排除したいと思うなら、今回のような待ち伏せは、何時起きてもおかしくないから。


 しかし、……そう、生きる為には、勝たなきゃならないのだ。

 相手が誰であろうとも。

 紅夜叉会に加わる事は、僕が選んだ道である。

 生き方に戦いを選んだのだから、生きる為には勝つしかないのが道理だった。

 これまでと同じように、これからも。




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