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 僕が目指しているのは、この生産プラントの制御室。

 そこにある管理システムに紅夜叉会のハッカーから渡された記録媒体を差し込めば、中に入ったブログラムが施設に過剰な負荷を掛けて破壊しつくしてくれるそうだ。

 この生産プラントはそれなりに長く稼働している為、管理システムも古い為、腕のいいハッカーならば壊す事は然程に難しくないという。


 ただ管理システムは生産プラントの中で完結しており、外からのハッキングを受け付けない。

 あぁ、いや、一つだけ例外はあるそうなのだが、それは例の電脳を探知して保安部に通報するものだけだった。

 流石にユニオンの保安部の回線を辿って生産プラントにハッキングを仕掛けるのは難易度もリスクも高いそうで、僕が直接侵入する事になったのだ。


 確かにここまでのところ、僕はセキュリティを潜り抜けて順調に進んでる。

 決して楽々と進めてる訳ではないけれど、大きな失敗さえしなければ、見つかる気はしない。


 けれども、……或いはだからこそ、僕は非常に嫌な予感がしていた。

 あまりに順調過ぎやしないか。

 地下闘技場にいた頃の話だが、あまりに順調に対戦相手を倒せた時に、実はそれは前座で、その後により手強い本命と連戦させられた事がある。

 もちろん、地下闘技場の運営と違って、紅夜叉会には僕にそんな無理を強いる理由も、騙すメリットもないだろう。

 だがどうにも、あの時と同じように嫌な予感がしてならないのだ。


 僕は、自分の勘を割と信じてる。

 そりゃあ外れる時もあるが、それを信じて動いて助かった事も少なくない。

 戦いだって、相手の攻撃がどちらから来るか、いちいち考えずに勘で対処したりするし。

 ただそうやって勘で対処した場合も、後から振り返ってみると、意外にその判断には理由が見つかる。

 つまり勘とは単なるあてずっぽうじゃなくて、自分の経験や、視覚や聴覚、嗅覚等が拾った情報を、無意識のうちに処理して下した結論なんだろうと僕は思う。

 故に僕は警戒を深めて……、通路を抜けて別の生産区画に出たところで、飛来するその音に気付いた。


 頭上から、何かが僕目掛けて降ってくる。

 高めた聴覚が捉えたのは、それが空気を裂く音。

 咄嗟に飛びのく僕の視界の端に映ったのは、先端の尖ったナイフのような何か。


 一体誰が?

 僕は既に躱したそれから、意識を投擲した者、どこかにいる敵の探知に向けようとして、しかし気付く。

 外れて床に落ちるだけだった筈のそれが、スッと進路を変えて僕を追って迫ってきてる事に。


 その切っ先が僕の身体に届く寸前、僕は咄嗟に手で、指先でそれを掴み取る。

 これは昔、この国の忍者が使ったという苦無……?

 いや、それによく似ているが、隣の大陸の暗器であるヒョウか。

 不可思議な事にそれは、僕に掴み取られた後も強い力で手から抜け出して前に進もうとしていたが、やがて力を失って止まる。

 摩擦力の強い手袋を付けていてよかった。

 完全に素手だったら、或いは手から抜け出されていたかもしれない。


 しかしこれは……、一体なんだ?

 僕は力を込めてヒョウの先端をグイと曲げて丸めてから、それを床に投げ捨てた。

 次が来る。

 音と、感じた殺気は右、正面、左の、三方向から。


 これはちょっと厄介だ。

 一本、二本ならともかく、三本同時となると、受け止める為の手が足りない。

 回避は難しくないけれど、先程と同じく追跡されるだけだろう。

 だったら、僕は腰のナイフを右手で抜いて、それを二度振るって二本のヒョウを弾き、最後の一本を空いた左手で受け止めた。


 弾いた二本のヒョウは、それでも再び僕を目指して飛んでくるが、左手で掴んだ一本は動きを止めてる。

 僕は左手の親指でグイと掴んだヒョウの先端を曲げて床に捨て、また一本を弾き、一本を掴む。

 曲げて捨てて、まだ動く最後の一本も同様に。


 なるほど、何となくわかってきた。

 今の三本は、最初の一本よりも掴まれた後の抵抗、力が弱かったのだ。

 これはつまり……。


 だが僕の思考を遮るように、あちらから新たなヒョウが飛来する。

 そしてその数は、ざっと見る限りで十五本以上。

 先程のように方向をばらけさせてはいないが、数はこれまでとは比べ物にならない。

 あぁ、うん、流石にこれは無理だった。


 僕は諦めて、駆け出す。

 但し、駆け出す方向は、こちらに向かって飛来するヒョウの群れの方向に。


 左手で銃を抜き、迫りくるヒョウに目掛けてぶっ放す。

 こんな場所に持ち込む銃だから、当然ながらサイレンサーは装着してるが、それでもこれだけ派手に動けば……、ほら、生産施設のセンサーが異常を感知して警報を鳴らした。

 僕が諦めたのは、静かにヒョウを受け止めて、隠密行動を続ける事だ。

 迫りくるヒョウ自体は、……そのタネもおおよそ分かったから、騒ぎを恐れなければどうにかなる。


 ナイフで払って弾き、銃弾で撃ち落として、僕はヒョウの群れを突っ切った。

 幾本かのヒョウは反転し、僕を後ろから追うけれど、それが背に届く前に、僕は目的を果たすだろう。

 真っ直ぐに駆ける僕の目が捉えているのは、驚きの表情を浮かべた一人の男。


 このヒョウを動かしているのはその男の念動力だ。

 投げたヒョウを念動力で操り、回避されても軌道を変えて追い続ける。

 念動力の使い手とは以前にも戦った事があるけれど、その時の相手であるサシャと比べて、まぁ、随分と器用な使い手だった。

 但し、器用な分、出力自体はサシャよりもかなり劣るだろう。


 多くのヒョウを一度に操れば、その分だけ力は分散するらしく、一本の時に比べて三本のヒョウは軽く、十五本以上となると、弾くのも容易い。

 また一度操作を手放した物体は、遠いと再度は動かせない様子。

 彼の技は確かに器用ではあったけれど、僕が脅威を感じる程じゃなかった。

 仮に、サシャ並の出力があれば、結果はまた違ったかもしれないけれども。


「私の技が、ブーステッドごときに!?」

 吐き捨てるその言葉に、僕はちょっと安堵する。

 良かった。

 ちゃんと自己強化能力者を超能力として認めない、格下として見ている念動力の使い手だった。

 紅夜叉会で出会った超能力者が、紅・渡も藍神・優那も、僕を割と対等に扱おうとしてくるから、以前に地下闘技場で言われた自己強化能力者は下等だって話が、何かの間違いなんじゃないかと疑い始めてたから。


 特に優那は僕を同類だって連呼するから、どうにもやり辛かったんだけれど、この男ならそんな遠慮は要らないだろう。

 僕は男の喉にナイフを当てて、そのまま躊躇わずに掻き切る。


 彼が僕に勝つ機会があったとすれば、初手の攻撃を一本ではなく、多数のヒョウを用いるべきだった。

 技のタネが割れてなければ、多数のヒョウによる追跡攻撃は多大な脅威となったのに。

 初手に様子見の攻撃なんてするから、技を見破られて対処されてしまうのだ。


 ……まぁ、屠った相手はさておいて、僕が今するべきは、大急ぎで制御室に行く事である。

 一体どうして、ユニオンの関係者にはとても思えないこの男が待ち受けていたのかは疑問に思うが、それよりも今は任務を終わらせて、保安部隊が駆け付けてくる前に、この生産プラントから脱出しなきゃならない。

 余計な事を考えている余裕は、あまりなかった。

 もしかしたら紅夜叉会の中に、今夜の僕の任務内容をリークした者がいるかもしれないなんて、今は考えたくもなかったし。



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ヒャッハー!採れたてピチピチの鏢だぜ!
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