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目には目を。歯には歯を。
因果には応報を。
流れた分の血は、同量の血を流させる事で報いを受けさせなければならない。
一体何事かと思うかもしれない物騒な文言だが、そうしなければ相手には舐められるって話だ。
前回、九竜会は紅夜叉会の戦闘部隊が防衛に加わったヤマガサ重工の研究所に攻め込み、大型強化外骨格を強奪した。
その際に、紅夜叉会の戦闘部隊には三名の犠牲者が出た他、ヤマガサ重工の警備員や職員にも死人が出ている。
もちろんその後に、僕を含むギュールのチームが大型強化外骨格を奪還し、襲撃者である九竜会の精鋭達も多く討ち取りはしたけれど、それで連中の仕出かした事がチャラになるかと言えば、決してそんな筈がない。
紅夜叉会と九竜会は互いに血を流した。
だからまぁ、この点に関しては五分五分だ。
そもそもどちらもギャングだから、戦って血を流す事に関しては仕方がない面もある。
けれどもヤマガサ重工の警備員や職員に出た犠牲、及び施設の損傷等に関しては、更なる応報が必要だった。
尤もこの報いに関しては、単に九竜会の構成員をもっと殺せばいいとか、そういう話でもないのだ。
問題となっているのは、ヤマガサ重工の研究所に侵入しての破壊行為。
僕らはこれをやり返さなければならず、その為にターゲットとなったのは、九竜会に襲撃の指示を出した企業、ユニオンの生産施設である。
そう、僕は今夜、このユニオンの生産施設に忍び込んでの破壊工作を命じられていた。
正直にいって、こんな事をやってるから、桜花軍からは紅夜叉会も九竜会と一緒くたに、厄介者扱いをされるのだろう。
まぁ、紅夜叉会もギャングなので、仕方はない話ではあるんだけれども。
なんにせよ、侵入だ。
ユニオンの生産施設といっても色々とあって、僕が侵入したのは生産区にある外周部向けの食料生産プラントだ。
水と光と炭酸ガスを与えると増殖する藻を主な原料に、様々な食品を作り出してる場所である。
中心部に向けた品の生産プラントの方が施設のグレードは段違いに高いので、そちらを狙った方がユニオンへのダメージは大きいが、それをすると中心部の流通に影響が出るので、流石に桜花軍が黙っちゃいない。
その点、外周部向けの食料生産プラントなら、困るのは主に九竜会の縄張りだ。
ユニオンの製品は紅夜叉会の縄張りにも入ってくるが、流通率は低い為、大した影響は出ないと思われる。
また外周部の他の地域も、ユニオンの生産量が落ちれば、この隙にと流通の割合を拡大する筈なので、紅夜叉会が大きな恨みを買う恐れは低いとの事だった。
もちろん、ユニオンや九竜会には、これでもかってくらいに恨まれるが。
しかしそれに関しては、先に手を出したのはあちらである。
僕は合成された食料品の流れるベルトコンベアに身を隠しながら、慎重に辺りの様子を伺う。
施設への侵入は、思ったよりも上手くいった。
生産プラントは無人という訳ではないが、機械で自動化されていて、その管理の為に最小限の人間がいるのみ。
その代わり、施設には様々な防衛機器が仕掛けられている。
中でも特に厄介なのが、施設内に未登録の電脳を探知すると、ユニオンの保安部にすぐさま通報が入るというシステムだ。
今回の報復は施設の破壊であり、駆け付けたユニオンの保安部隊を皆殺しにする事じゃないので、そのシステムを起動させずに侵入するのは絶対条件だった。
だから、そんなシステムがあるから、僕が単独で潜入する羽目になっている。
聴覚を高めて機械の駆動音を聞く。
どんな機械も、それが稼働する為にはほんの僅かではあっても音を漏らす。
単なる人間の耳にはそれは拾えないが、僕の強化された聴力なら話は別だ。
ベルトコンベアの音がとても煩いけれど、僕はそれを無視して、別の機械の音を探した。
監視カメラが首を振る音。
センサーが立てる稼働音。
ずっと遠くの人の足音。
電脳を探知する以外の防衛システムは、僕にだって有効だ。
潜入の難易度は決して低くはない。
何しろ、僕は別にその手の専門家って訳じゃないから。
ただ、所詮は人間が組んだセキュリティなので、最も強力な防衛システムさえ無効化できれば、色々と隙間は存在している。
これがもっとグレードの高い生産施設なら、こう上手くはいかなかっただろう。
警戒度も高く、防衛システムにも穴が少なく、人員も多く配置されていたら、僕程度の技量で潜入は不可能だ。
しかし幾ら企業であっても、全ての施設に無限にコストを掛けられる訳じゃない。
企業にとって生み出す利益の少ない、重要でない施設には、セキュリティに掛けられるコストも限られていた。
身体能力を強化して、特に指先の力を高め、平らな壁に手をついて這い上る。
今、僕が手に装着してるのは、摩擦力の強い手袋。
その摩擦力を高めた筋力で無理矢理とっかかりにして、壁を上り切った僕は天井に張り付いた。
天井を進めば、通路を監視するカメラに僕の姿は映らない。
まるで蜘蛛とか、虫の類みたいだと、自分でも思ってしまう。




