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「シュウちゃん、よぉ来たねぇ。聞いたよ。怪我したんやって? 痛かったやろ。大変やったなぁ」

 エレベーターを降りてすぐに、僕を出迎えてくれたのは、このプライベートエリアの主である昭子だった。

 まぁ、ちょっと過剰に心配されてるが、痛みは特に問題はない。

 いや、もちろん痛い事は痛いのだが、……別に痛いからって死ぬ訳じゃないから、僕にとって痛みは不快ではあれど、然程に大きな苦痛じゃないのだ。

 それよりも、右腕が使えないという、機能的な不具合の方が、僕にとっては余程に苦痛である。


 昔からそうだった訳じゃないんだけれど、地下闘技場で生きてた頃は、痛みを苦痛に思ってる余裕がなかったし。

 もしも強い痛みにうずくまったりしてしまえば、次の瞬間には敗北し、そのまま命が消える環境だったから。

 なので痛みを無視する事には、僕はかなり慣れていた。


「敵は手強く、僕は力不足でした。鍛錬の為にも、傷が早く治るならとてもありがたいです」

 僕は首を横に振ってから、昭子と、それから昭子の隣に立つもう一人の人物、僕よりも幾つか年上くらいで、十代の後半だろう少女に頭を下げる。

 恐らく彼女が、昭子が有するという特別な治療方法だ。


 その姿を目の当たりにして、僕の薄っすらとした予感は確信に変わった。

 少女から感じる雰囲気からしても、間違いないだろう。

 以前、僕が昭子の付き添いをした時、彼女は僕に色々と話を聞かせてくれたが、その最後に、自分の孫の一人が超能力者だと言っていた。

 昭子の、藍神家のプライベートエリアに当たり前にいるこの少女が、その超能力者の孫で間違いない。


 では一体、彼女が何の超能力を持っているかという事なのだが……。

 これは正直、確信しているのに、けれども疑ってしまう程に希少な超能力である、超能力治療ヒーリングだと思われる。

 傷の治療の為にここに行けって言われた事から考えると、それ以外にはあり得ないし。


 自己強化能力に比べると大体の超能力は貴重なのだが、その中でもヒーリングは別格だ。

 基本的にヒーリングは、対象の細胞にエネルギーを与え、増殖を促し、傷を癒す能力だった。

 しかし強力なヒーリングは、エネルギーを与えた細胞自体を若返らせる事も可能だという。

 つまりは、ヒーリングを受けた者を若返らせたり、寿命を延ばせるって話になる。

 実際にはそこまでの事ができないヒーリングの能力者であっても、それに至る可能性があるというだけで、人々には強く求められ、企業の研究対象になっていると聞く。


 そんなヒーリングの超能力者がこんなところに。

 いいや、或いは、こんなところだからこそか。

 紅夜叉会という大きなギャング組織の幹部である昭子なら、ヒーリングの超能力者を手元に置いて守り通せる。

 もしかすると昭子が年の割に元気に動き回れているのは、彼女の存在があるからだろうか。


 あぁ、僕は、今日ここで、ヒーリングの治療を受けたとしても、その事はなるべく早くに忘れてしまって、決して口外しちゃならない。

 そうしなければ、僕は昭子という権力者を敵に回す事になってしまう。


「あらあら、シュウちゃんは本当に賢い子やねぇ。でもえぇんよ。今日は、シュウちゃんにはこの子の事、知って貰おうと思って来てもらったんやから。ほら、アンタも名乗りぃ。それからはよ治してあげや」

 僕の表情を見て察したのか、ころころと昭子が笑い声をあげた。

 ちょっと、正直、名乗りも治療も不要だから、このまま帰らせて貰えないだろうかと、ちょっと思ってしまう。

 それなら、僕だってそれを事実かどうか確認せず、曖昧なままにしておけるし。

 右腕が使えないのは不便だが、それも一週間か二週間の我慢である。

 当然ながらそんな事は、この状況じゃ口に出せる筈がないけれども。


藍神・優那(あいがみ・ゆな)と申します。お婆様ったら本当に強引で、ごめんなさいね。でも優しい方なんです。……怪我の箇所は右腕だけですか?」

 ちょっと困ったように笑って、前に進み出てきた少女は優那と名乗り、僕の右腕に手を当てる。

 傷を負った腕を触られる瞬間、普通なら痛みが走る筈なのに、優那の手が触れた腕は痛みを発さず、その代わりに何やら心地好く、暖かな感触に包まれた。


 これは、どうにも不思議な感じだ。

 僕が自分の治癒能力を高めた時、傷の修復には痒みを伴う。

 ヒーリングによる癒しだってきっと同じだろうと思っていたのに、これはただ単に、そう、とても気持ちいい。

 腕が感じる心地好さは、そこから全身にも広がって、老人の拳や蹴りが掠めて負った痛みまで、包み込んで消していく。

 いやそれどころか、身体に溜まっていた疲労感さえも、身体から追い出されていくのを感じる。


 先程までは知識としてあるだけだったが、体感すると心の底から理解した。

 これは本当に、希少で優れてて、人が求め過ぎてしまう危険な力だと。


「傷の治療は終わりました。腕だけじゃなくて、身体も沢山傷付いてらっしゃったので、差し出がましいとは思いましたが、そちらも治させていただきました。……あの、戦闘部隊にいらっしゃると伺ってましたが、本当に生身で、私の同類なんですね」

 何しろ、危険な力だと思ってるのに、僕はその心地好い治療が終わった事を、残念に感じてしまっているのだから。

 あの快楽だけでも、ヒーリングを求める者は、それこそ幾らでもいるだろう。


 僕は自分の右腕の包帯を解いて、しげしげと眺めた。

 右腕にあった、切開の痕も消えている。

 動かしてみても全く痛みを感じない。

 あんなに短い時間の治療で、本当に、完璧に治ってた。

 しかも僕が他にも傷を負ってる事や、サイバーウェアを体内に仕込んでいないと把握までしている。

 本当にこれは、凄いとしか表現する言葉が思い付かない。




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