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戦闘部隊は紅夜叉会の構成員の中から実力者を選りすぐった精鋭だが、それでも難しい任務に挑んだ時は相応に怪我をするし、場合によっては死人も出る。
例えば、前回の任務で僕らの前に敵の精鋭とぶつかった恭二のチームは、恭二を含む三人が死亡し、他のメンバーも怪我を負った。
僕も加わったギュールのチームだって、死人こそ出なかったもののやはり戦いで怪我人は出たし、実は僕もそれなりの負傷をしていたのだ。
具体的には、あの老人と渦潮って技をぶつけ合った右腕が、外傷はないように見えたんだけど、中身がズタズタになってたらしい。
あの時は戦いの興奮で気付かなかったが、後になって内出血で異常なくらいに腫れあがってしまう。
任務後、直ぐに訪れた商店街のドクターが、切って血を抜き、処置はしてくれたんだけれど、暫くは右腕が使えなくなった。
僕の自己強化能力は、自分の肉体の自然治癒力も強化できるので、その暫くの時間を短縮する事はできる。
実際、このくらいの怪我は地下闘技場で戦ってた頃に何度も負ったし、それでも最低限の治療を受けるだけで、後は自分で治して生き延びてきたのだ。
ただ、それでも一朝一夕に治るという訳ではないので、直ぐに修練を、目に焼き付けたばかりのあの老人の動きを練習できなくて困っていたら、紅夜叉会の最高幹部である紅・渡から、繁華街の拠点に行って特別な治療を受けろって指示が来た。
繁華街の拠点といえば、紅夜叉会の幹部の一人、藍神・昭子の暮らす場所だ。
つまりその特別な治療手段とやらを有するのは、彼女だって事なんだろう。
もしかして、と察するところはあったけれど、送りの車も手配してくれるというので、僕は不自由な右手を抱えて素直に運ばれる。
紅夜叉会の支配地にある繁華街は、雑多で活気に溢れた場所だ。
下町は下町で雑多ではあるんだけれど、その質が全く違う。
以前に昭子に付き添って訪れた時はまだ明るい時間だったが、今は日の入りも近い頃合いとあって、あちらこちらに電飾、ネオンの光が灯ってる。
この繁華街では、酒を主とした飲食業や、性産業が盛んだ。
もちろん他にも色んな店があるんだけれど、それも基本的には娯楽を提供するものが多いという。
そう、ここは人の欲が集う町で、その元締めが、昭子だった。
本来なら、治療とは全くの無縁の場所に思えるんだけれど……。
以前にもやって来た拠点の前で、僕を乗せた車が止まる。
繁華街の拠点は大きなビルで、一階、二階は着飾った女性が酒を注いでくれるお店だ。
三階、四階は宿泊ができる施設になっていて、五階が事務所、そこから上、六階から十階が、紅夜叉会の構成員が暮らす場所になっている。
そして十一階、十二階が昭子の、藍神家のプライベートエリアとの事だった。
僕が訪問予定なのはそのプライベートエリアなんだけれど、当たり前の話なんだけれど幹部の居住スペースにいきなり踏み込むなんて事はできない。
まずは五階の事務所に立ち寄って、立ち入りの許可を得る必要がある。
一回の店に足を踏み入れると、向けられるのは好奇の視線。
未だ完全に大人になったとは言い難い年齢の僕の姿は、こうした場所だと悪い意味で目立つ。
だが視線が向けられる以上の事がないのは、ここが紅夜叉会の拠点で、構成員の出入りが決して少なくないからだろう。
やってきた黒服の男性に自分の所属、戦闘部隊である事と名前を告げれば、僕は店の奥のエレベーターへと案内される。
このエレベーターは五階まで。
降りて真っ直ぐに進めば、僕の前に現れたのは、
「お久しぶりです。シュウ様。お話は紅様から伺っております。私に付いて来てください。昭子様もお待ちです」
以前に僕を車で送り迎えしてくれた、ゴンと呼ばれた運転手だった。
いや、恐らくこの人はただの運転手じゃなくて、昭子が抱える側仕え、秘書か何かなんだろう。
ゴンに案内されて、紅夜叉会の構成員達が詰めてる事務所を通り、またエレベーターへと乗り込んだ。
ここのエレベーターは、十階まで。
エレベーターを降りて十階を一番奥まで歩けば、そこに漸く十一階へ、昭子のプライベートエリアへと向かうエレベーターがあった。
実に面倒臭いけれど、これは防衛上の工夫だろう。
仮にこのビルが敵対者に攻め込まれても、店のある一階、事務所のある五階、紅夜叉会の構成員が暮らす十階を通らなければ、昭子のプライベートエリアには辿り着けない。
店に防衛力があるかはわからないが、五階と十階は、多くの構成員が集まっている。
そこを通り抜けるのは、並大抵の事じゃない筈だ。
「昭子様は上で御待ちです。ここから先は招かれたお客人しか進めませぬので、私がご案内できるのはここまでになります」
十一階へのエレベーターの前で、ゴンがそう言って止まったので、僕は彼にお礼を言って、一人でエレベーターに乗り込んだ。
今更だけれど、手土産とか持ってきた方が良かっただろうか。
前回の任務の後、帰還して腕の怪我の処置を受けて、そこから殆ど間を置かずにここに来る事になったから、そんな物を用意する暇はなかったんだけれど……。
チンと音を立てて、エレベーターは十一階への到着を報せ、扉が開く。