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それは恐らく、老人にとって必殺の一撃だったのだろう。
恭二の重装甲を打ち抜いて殺したのも、きっとこの技だ。
でもそれも、僕は以前に一度見ていて、真似を繰り返して、完全ではないにしても扱えるようになっていた。
いや、完全でない分、僕の右腕はダメージを負ったが、あぁ、でも、どうして自分の技が完全でないのか、ただ横から目で見ているだけじゃなくて、自分に向かってそれを放たれて、僕はやっと理解する。
僕の技は、力を増幅しようとする意識が強すぎて、捻りが大き過ぎたのだ。
それが力の流れに淀みを生み、技を不完全なものにしていた。
長く抱えていた疑問が解けて、実に心がスッキリとしてる。
腕の痛みが、全く気にならないくらいに。
一方、同じ技をぶつけ合った老人は、信じられないものを見る目で僕を見ていた。
「小僧、一体どこで、誰に渦潮を習った。生き残りが、まだいるのか?」
その言葉の意味は分からなかったが、声は僅かに震えてて、明らかな動揺が目に見える。
生き残りとは、一体何の事だろう?
この技を使う流派か何かがあったって意味だろうか?
だとしたら、僕はこの老人の期待には答えられない。
「教えてくれた人はいません。強いて言うなら、数年前にここで、貴方から。とても便利そうだったので、真似て使わせてもらっています」
何故なら僕のこの技は、目の前の老人の戦いを見て、勝手に真似たものだから。
でも僕の言葉を聞いた老人は、驚いたような、拍子抜けしたような、怒ってるような、悲しんでるような、笑っているような、何とも言えない表情をする。
あぁ、やっぱり、気味が悪く思われたのだろうか。
こうなる気はしていたけれど、それでも僕はこの老人には嘘は吐きたくなかったから。
「まさか……。見よう見まねで渦潮を再現したと? 便利そうだったからと? そんな馬鹿な。いや、しかし、確かに動きには儂の色がある……」
呆然と呟くその言葉には、僕は少し反論をしたい。
見よう見まねというと簡単にそうしている風に聞こえてしまうが、実際には僕だってかなり必死だったのだ。
それに便利というのも、生き残る上で便利だというのは、僕からすれば最大限の誉め言葉である。
実際、この技がなければ防御を打ち抜けなかった敵は少なくない。
まぁ、腕一本犠牲にする気になったなら、拳を壊しながら防御を抜くって手段も、使えない訳ではないのだが。
ただ僕は、その反論を口に出す事はできなかった。
老人の僕を見る目が、これまでになく真剣な物になっていたから。
「武術家が技を盗まれたなら、盗んだ相手は殺さねばならぬ。……しかし、盗まれたのではなく、教えたのなら、話は別だ。小僧、貴様は化け物だ。しかしその才は、殺すにはあまりに惜しい」
老人は僕を化け物と呼び、本気の殺気を向けてくる。
先程までの戦いで、老人は常に少しの余力を残してた。
具体的には、僕との戦いの後に、ギュールの首を狙いに行けるだけの余力を。
だからこそ、僕はどうにか攻撃をしのぎ、老人の動きを学べていた。
しかし老人が戦いの後を考えず、なりふり構わずに僕を仕留めに来たならば、生き残る事は難しい。
今まで学んだ動きに、僕の切り札である自己強化能力の全力解放、フルバーストを乗せたとしても、老人には少し届かないだろう。
普段よりも強く自分を強化するフルバーストの効果は高いが、使える時間は限られているし、使用時間が切れた後は、逆に普段よりも自己強化能力の出力は弱くなる。
つまりこの状況では、僕はどう足掻いても老人に勝てない。
「一度だけ誘おう。小僧、儂と共に来い。半端に覚えたその技を完全なものにして、もっと他にも多くの技を教えてやろう。だが、共に来ぬのなら、技を盗んだ化け物として、儂は貴様を殺す」
老人は、殺気を少しも緩めずに、僕に向かってそう言い放つ。
どう見ても人を誘う態度じゃないのだが、彼にとって技を盗まれるというのは、それ程に大きな事だったんだろう。
僕からすると、僕に真似をされたところで、老人の技が消えてなくなる訳じゃないんだから、そんなに怒らなくてもいいのにとは、少し思ってしまうけれども。
ただ、老人の誘いは実に魅力的だ。
技の手本になってくれた彼の事は嫌いじゃない。
また老人に戦い方を教われば、単なる物真似じゃなく、基礎から正しく学べれば、僕はもっと強くなる。
僕が強くなる為には、それは間違いなく最も効率のいい選択肢だった。
……でも、駄目だ。
「いいえ、僕は、九竜会がとても嫌いなんです。結果的にはこうして生き残っているけれど、僕が何の為にあの場所に買われたか、貴方だって知ってる筈だ」
僕が九竜会に与する事は、あり得ない。
それに僕は、今の生活を結構気に入っているのだ。
朝起きて、食堂の店主が前日に作ってくれた朝食を口にして、今日も一日頑張ろうって思える毎日が、地下闘技場で次の戦いに備えて体調を整える為だけに、与えられた餌を口に運んでいた頃よりも、ずっとずっと好きだった。
近くを歩けば挨拶をしてくれるおばさんも、本部に出向けば年下の僕にも頭を下げてくる構成員も、色々と気に掛けてくれるチームメンバーや、その他大勢の紅夜叉会や、その縄張りに住む人々も、僕はそれなりに気に入ってる。
もし仮に、老人についていって、九竜会に加わったなら、僕はそうした人々をこの手で殺さなきゃならない。
そんなの、考えただけでも吐き気がしてしまう。
「……そうか。では儂は、貴様を殺すとしよう。だが、そうだな。今回は、こちらの負けか。能無しどもめ、儂が将を討ち取らねば、こうも容易く敗れるか」
誘いを断った僕に対し、しかし老人は、大きく跳ねて距離を取る。
あぁ、どうやらギュール達が、九竜会の精鋭の殲滅を終えたらしい。
技はともかく、感覚はそれ等に対する強化を使える僕の方が上回っている筈なのに、老人よりも気付くのが遅れるとは……。
しかし幾ら老人が強くとも、たった一人でギュールが率いるチームの全てを相手取れる程ではないだろう。
万一、それが可能だったとしても、そこに僕が加わるのだ。
これに勝てるようだったら、僕が今頃立っている筈がない。
そのまま、老人は大きく跳んで、廃墟の向こうに姿を消す。
追うかどうか、僕は一瞬悩んだけれど、……首を横に振って追跡は諦める。
皆と合流してからでは追いつけないし、単独で追えば殺されるだけだ。
今の僕には、ギュールからの、恭二の仇を取れって指示を果たす事はできそうにない。
今回、僕はあの老人に勝つ事はできなかったけれど、……とりあえず今日は生き残れた。
何時も通り、僕は生き残った。
今はそれで、満足しよう。




