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車で中心部を運ばれてる間はジッと息をひそめて。
現場へ到着したら一気呵成に、僕らは九竜会の精鋭が籠る廃墟へと雪崩れ込む。
今回、ギュールが率いるチームの数は、彼自身を含めて十二名。
恐らく数は、九竜会側に勝る。
個々の実力に関しては、勝ると信じる他になく、そこを疑わないくらいのプライドは、誰も彼もが持っていた。
防衛の為に幾つかの罠は仕掛けられているかもしれないが、ここを要塞化できる程の時間の余裕は与えていない。
不安要素があるとすれば、九竜会側に僕らの知らない、恭二のチームとの戦いでは用いられなかった戦力があるんじゃないかって事と、スナイパーと、素手で機械兵の装甲を打ち抜いたという老人の存在だ。
このうち、僕らの知らない戦力に関しては、恐らくにはなるがない筈だ。
戦力、切れる札を温存してどうにかなる程、恭二のチームだって甘くはなかったから。
スナイパーは厄介で、廃墟の中という環境じゃ、本来ならばその力は十全に発揮できない。
しかしだからこそ、どういった使い方をしてくるのかの予想が立たず、対処はギュールの現場での判断に委ねられてる。
そしてギュールが何よりも危険視したのは、素手で戦うという老人の存在だった。
もしもその老人が僕と同じような存在であれば、最も有効な使い道は本体とは別に、単独で動き回らせる遊撃だ。
ギュールが僕そうやって使うように、九竜会もまた同じだろう。
「だからシュウ、その謎の老人は、君に任せる。抑えて自由に遊撃の役割を果たせないようにしてくれれば十分だけど、敢えて言うよ。その老人は君の獲物だ。倒せ。恭二の敵討ちは、君に任せた」
それがギュールからの、今回の任務における僕への指示だった。
僕は、恭二とギュールがどの程度親しかったのかは知らないけれど、その言葉には、任務の時も陽気に振舞う彼らしからぬ悔しさが、どこか滲んでるように感じたから。
任された役割は中々に重い。
皆とは別に、僕は懐かしい廃墟に入る。
まぁ、懐かしいと言っても、地下闘技場の外に出られなかった僕が入り口付近に来られる筈もないので、この辺りの事はあまり知らないんだけれども。
ただそこに漂う空気は、やっぱりどこか懐かしい。
いい思い出なんて一つもないが、あの時期があったから、今の僕があるのも間違いのない事実だ。
けれども感傷に浸っている暇は、あまりなかった。
ギュール達が攻め込んだ事は、既に九竜会側も察しているだろう。
だとすると、連中はどうやって迎え撃ち、何よりも件の老人はどのように動くのか。
僕なら一体どうするかを考えると、答えは一つ。
老人は恐らくスナイパーと共同して、指揮官であるギュールを狙う。
恭二を討ち取ったのがその老人であるという話も、僕がそれを確信する要因だった。
地を蹴り、駆け出す。
早い段階で指揮者のみを殺しても、サブリーダー等に指揮権の委譲が行われてしまえば効果は薄れる。
故に狙うならそれが難しい、戦いが激化する瞬間だ。
相手の狙いが読めたなら、それに対処する方法も幾つかは思い付く。
一番確実なのは、今からでも合流し、ギュールに僕が張り付く事だろう。
ギュールを守る事を念頭に置いて動く駒が一つあるだけで、指揮官殺しは非常に難しくなる。
しかし、それは同時に敵に悟られない僕という浮いた存在の強みを消す事でもあった。
戦闘部隊のリーダー格を殺したという点で、その老人は僕よりもほぼ確実に強い。
でもギュールを殺す事に気を取られていて、僕の存在に気付いていなければ、いかな実力者であったとしても隙の一つや二つはある筈だ。
ギュールは僕に、その老人を倒せと言った。
だったら僕が選ぶ道は、ギュールに張り付いてその身を護る事じゃない。
僕はギュール達には合流せずに、廃墟の暗闇に紛れ込む。
紅夜叉会の戦闘部隊と、九竜会の精鋭の戦いは、激しく、けれど静かに始まった。
機械兵は頭に高性能な電脳が入ってるから、互いの位置を把握できる。
更に自分が発見した敵の情報も、やはり仲間に共有される。
つまり互いに戦場のほぼ全てを見通している状態で、相手を詰めるように動くのだ。
戦闘部隊のリーダーは、仲間の位置や敵の位置、その他にも様々な、多くの情報を受け取って、最適な行動の指示を出さなきゃいけない。
しかも自分も戦いながらだ。
それが難しいのは言うまでもなく、そしてそれができるからこそ、戦闘部隊の誰もが、リーダー格を認め、その指揮下に入ってる。
仮に僕が、和義やギュール以上に強くなったとしても、戦闘部隊のリーダーになる事はできないだろう。
だって電脳を持たない僕には、収集された情報をそもそも受け取る事ができないから。
指揮以前の問題である。
まぁ、それはさて置き、機械化兵同士の戦いで、リーダーが果たす役割は非常に大きい。
もちろんハッカーに妨害を食らってお互いの情報共有が遮断されるような事態もあるから、戦闘部隊の誰もが自身の判断で動く訓練はしているけれど、それでもリーダーの指揮下にある時とは連携に雲泥の差が出てしまう。
だからこそ、敵からするとリーダーは討ち取る価値が非常に大きい。
先の恭二が率いるチームが敗北したのも、リーダーである恭二自身が討ち取られてしまったからだ。
討ち取られたのが他の誰かなら、もっと多くの被害を受けるまで、戦い続けた事だろう。
それが良いのか悪いのかは別として、そうなっていれば、九竜会の精鋭達には、もっと多くの出血を強いていた筈。
九竜会のスナイパーは、じっと闇に潜んでた。
戦いの物音を聞きながらも、チャンスを待ってひたすらに。
構える銃は古めかしい。
電脳制御が行える最新のものでなく、古いそれを使うのは、拘りか、それともその武器に対する信頼か。
恐らくセンサーの類も使ってないんだろう。
センサーは便利だが、はるか遠くからならともかく、ある程度距離が近ければ、逆に相手のセンサーに探知される可能性が上がる。
僕は、それが廃墟の上部に潜んでいる事に、自前の視覚、聴覚、嗅覚で気付けたが、激戦中の戦闘部隊は、誰もそれに気付いた様子はない。
しかし忠告は飛ばせなかった。
この状況で僕の忠告、処理し続けている情報とは種類の違うそれを入れれば、ギュールに隙ができてしまう。
また、僕自身の存在も、敵に露見してしまうから、
その瞬間をじっと待つより他になかった。
引き金に掛った指が、クイと動く。
だがその瞬間、狙われていたギュールが、軽くステップを踏んで一歩下がった。
その結果、スナイパーが放った銃弾は、むなしく廃墟の床を穿つのみ。
一体どうやってギュールがそれを察したのか、僕にはわからない。
しかしこれで相手のスナイパーの所在はバレて、ギュールが数発撃ち返せば、廃墟の上部で悲鳴が上がる。
故に、今だった。
僕は強く地を蹴り飛び出す。
激しい戦いの指揮をして、僅かに残った集中力のリソースを使って、ギュールはスナイパーに反撃した。
今、彼の余力は完全にゼロだ。
スナイパーが潜んでいたのとは別の場所から飛び降りた影がギュールに迫る。
拳を構え、その一撃でギュールの頭部を打ち砕かんとしながら。
でもその動きは、完全に僕の予測の範疇。
彼はギュールのみを狙っていたから、その指揮下で戦っていない僕に気付かず、横から飛び出した僕の蹴りは、咄嗟に身を庇った彼の左腕を捉え、ミシリと軋む音を鳴らせた。