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 それから暫く後、僕は黒塗りの高級車に乗るように促され、昭子の話し相手になっていた。

 まぁ、話し相手になるといっても、無難に話を合わせているだけだけれども。

 ……というのも、

「それでな、晶洞のアホがな、廃棄地区の連中の行動が目に余るから、メタルクローに対して一撃入れて、大人しくさせるべきとか言うんよ。ただでさえ九竜会とやり合ってるのに、同時に二つの組織と揉めるなんて、幾ら何でも負担が大き過ぎるわ」

 平気で他の幹部の事を罵ったりするので、下手な言葉を返せないのだ。

 そもそも、その話は僕が聞いていい物なんだろうか?


 廃棄地区というのは、央京シティの中心部から排出されるゴミの処理等を行っている場所だが、その中に残る資源を拾い集める為に、この都市内でも特に貧しい人々が集まっている。

 メタルクローというのは、そうした人々を取り仕切るギャングだ。

 もう少し具体的に言えば、廃棄地区の人々を守り、管理し、そして上前を撥ねている。

 その辺りは紅夜叉会とあまり変わらないのだけれど、大きな違いが一つあって、それは縄張りの豊かさだ。


 廃棄地区は貧しく、人も少ない為、そこを縄張りとするメタルクローも大した力は持っていない。

 それなら確かに、メタルクローに一撃を入れて示威を行うという晶洞の考えも間違ってないように思えるが、昭子はそれは甘い考えだと言う。

 メタルクローは確かに力を持たないギャングだが、だからこそ下手な手出しをすれば全力で噛み付いてくる恐れがある。

 余裕があれば、首をすくめてやり過ごしたり、こちらに頭を下げるという選択肢も取れるが、メタルクローがそうしてしまうと、廃棄地区を纏め切れなくなる恐れがあった。

 故に、メタルクローのみならず、廃棄地区の人々を全て殺し尽くすくらいの覚悟がなければ、安易に攻撃を加えるべきではないと昭子は考えているらしい。


「まぁ、廃棄地区の連中はこっちの縄張りに薬を売って流通させようとしよるから、晶洞が怒るんもわかるんやけどな。……ただ、その薬も出所は九竜会やから、一番悪いんはあのアホどもなんよ」

 昭子はそういって、心底悩ましげに深々とした溜息を吐く。

 あぁ、つまりその廃棄地区からのちょっかいも、紅夜叉会の負担を増やそうとする、九竜会の策略か。


 話の流れに、僕はふと思い付いた一つの疑問を抱き、それを昭子にぶつける事にした。

 それは紅夜叉会で唯一の穏健派の幹部である彼女にしか答えられない疑問。

「僕は九竜会が嫌いなんですけど、どうして昭子様は連中に対しても穏健派なんて立場にいるんでしょうか?」

 即ち、成り立ちから相性が悪く、ずっと争い続けており、長く生きた昭子だからこそ、積もった恨みも大きい筈の九竜会に、どうして寛容な態度を取ろうとするのか。

 一番悪いのは九竜会だと、まさに今、彼女も言ったばかりなのに。


 それは多分、出会ったばかりの僕がするには、些か以上に踏み込み過ぎた質問だっただろう。

 でも、僕の言葉を聞いた昭子はにっこり笑って、

「嫌いかぁ。シュウちゃんは素直でえぇなぁ。確かに、私も九竜会のアホどもは嫌いやね。でも、組織の誰もがあいつ等を嫌いだから絶対許さんって言うてしまうと、落としどころがなくなってまうんよ」

 そんな風に言いながら、手を伸ばして僕の頭を優しく撫でた。

 僕は、彼女の言葉も、行動も、意味が分からなくて、それから頭がくすぐったくて、しかし心地好くて、戸惑って目を瞬いてしまう。


「例えば、私らが勝って、九竜会がもう頭下げてでも許してくれって思ってたとする。でも紅夜叉会の全員が九竜会は許さんって言うてたら、あいつ等はこっちに話しとおせる相手もいないやろ。そうしたら、九竜会を滅ぼして、構成員と見分けがつかないからってその縄張りの住人とも争って、誰も彼も殺してしまわんとあかんようになる」

 ゆっくりと諭すように昭子は語る。

 つまり穏健派の存在は、紅夜叉会が話を聞く事を拒絶しないという態度の表れだと。

 話を聞こうともせずに争えば、どちらかが消えてなくなるまで殺し合わなきゃならない。

 或いは、紅夜叉会か九竜会のどちらかが消えても、戦いは終わらず、地域の住民が武器を手に抗い続けて、大勢が死ぬ。


 実際、長く戦っているからこそ、紅夜叉会と九竜会だけじゃなくて、組織が縄張りとする地域の住民にだって恨みは積み重なっているのだ。

 何故なら、紅夜叉会も九竜会も、構成員は縄張りとする地域の住民が殆どだからだ。

 紅夜叉会の縄張りである下町を歩けば、九竜会に夫を、子を、兄弟を殺されたなんて話は、幾らでも耳にする。

 逆に、九竜会の縄張りでも同じだろう。


 九竜会を滅ぼして、残った縄張りを紅夜叉会が支配するとして、地域の住民の反抗を抑えるのは、並大抵の事じゃない。

 だからこそ、お互いが完全に消えてしまわないように、落としどころを作ろうと、相手が憎い九竜会でも、穏健派として振舞うそうだ。


「九竜会もな、都市外のミュータントを駆除しとる。それはもちろん自分らの縄張りを守る為やけど、央京シティの為にもなっとるんよ。……まぁ、メタルクローはそれもしてないけどな。だから九竜会は鬱陶しいけど、完全に消えてなくなるまで戦うのも問題なん」

 更に昭子の話は、央京シティの外で行われるミュータント退治に関しても及ぶ。

 確かに、九竜会が消えたとしたら、彼らが駆除していた分のミュータントは、別の誰かが狩らなきゃいけなくなる。

 その負担が誰に回ってくるかと言えば、そりゃあ間違いなく紅夜叉会だ。


 正直、僕には九竜会が嫌いって気持ちがあるから、あまり認めたくはなかったけれど、一つ一つ丁寧に話してくれた昭子の言葉は、僕には否定できなかった。

 何しろ、彼女が九竜会を嫌う気持ちは、僕よりもずっと強い筈なのに、理性で、理屈で、その気持ちを抑え込んでる。


 それからも昭子はいろんな話を僕にしてくれた。

 例えば、彼女の口調がこの辺りではあまり聞かないものなのは、昭子が西京シティの辺りから、こちらに嫁いできたからなんだとか。

「全然話し方が抜けんでねぇ」

 なんて風に、笑いながら言う彼女。


 紅夜叉会の本拠から、昭子が暮らす繁華街の拠点までは、車なら然して時間は掛からない。

 何しろ同じ紅夜叉会の縄張りの中なのだから。

 なのにこうも、沢山の話ができているのは、運転手が気を利かせて、遠回りに遠回りを重ねているからだろう。

 ただそれも決して永遠ではなくて、やがて目的地に到着した。


「シュウちゃん、沢山話してくれて、ありがとなぁ。帰りはこのまま送らせるから。ゴン、ちゃんと送ったってな」

 昭子は僕に礼を言い、車を降りようとする。

 色々と話はしたけれど、結局、どうして彼女が僕と話そうとしたのかは、わからなかった。

 最初に言っていた通り、紅・渡から話を聞いて、僕に興味を持っただけなんだろうか?

 まぁ、相手は偉い人、紅夜叉会の幹部という怖い存在ではあったけれど、正直、話せて楽しかったから、理由は別にどうでもいいか。


 けれどもそう考えた正にその時、

「あぁ、そうや、大切な話を忘れとった。あんな、私の孫の一人もな、シュウちゃんみたいな超能力者なんよ。何時か会うと思うから、その時は仲良くしたってな」

 降りた車を覗き込んだ昭子が、不意にそんな言葉を投げてきた。

 なるほど?

 つまり今回の話は、僕が孫に会わせていい相手かどうか、昭子に試されていたんだろうか?


 だとしても、別に不快には感じないから、構わない。

 僕は頷いて了承し、昭子は笑って車から離れる。

 ドアが閉まって、車が走り出す。


「本拠まででよろしいでしょうか? 別の場所でもお送りできますが」

 ゴンと呼ばれた運転手が問うてくるので、僕は本拠まで送り届けて欲しいと返す。

 僕が暮らしてる食堂前の道は、こんなに大きな車は、……通れなくもないけれど、割と邪魔になってしまう。


 それにしても昭子の孫か。

 一体どんな人物だろう。

 あの老女の薫陶を受けてるんだとしたら、なんだろうか、その何時かの出会いが何だか楽しみに思えてきて、車の窓に映る僕の顔は、ほんの少し笑ってた。 




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