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「おや、アンタが渡ちゃんのお気に入りかい。思ったよりも随分と若いねぇ。そうだ。婆ちゃんがお菓子をあげようねぇ。お前さん、飴ちゃんは好きかい?」
紅夜叉会では定期的に、幹部達が集まって重要事項を共有したり、今後の事を話し合う幹部会というのが開催される。
尤も、通常の幹部会に、実際に幹部が集まる事は殆どない。
何しろ、最高幹部である紅・渡からして、滅多に人前に姿を現さない人物なのだ。
多くの場合は、幹部会での話し合いは、モニターを通して行われる。
ただ、一人だけ、幹部会の度に実際に本拠にやってくる物好きな幹部が一人いた。
それが、今、僕に飴を渡そうとしてくる老女、藍神・昭子である。
紅夜叉会の幹部ともなれば、それなりに人に狙われる立場になるから、彼女の行動は律儀を超えて寧ろ異常だ。
幹部会の殆どは、昭子以外が実際にやってきたりしない為、結局のところ、ここに来ても彼女が向き合うのはモニターでしかない。
ボスが招集をかけた特別な幹部会だったら、全ての幹部に参加義務がある為、やってくる価値はあるだろう。
けれども誰もいない幹部会に、昭子はどうして毎回律儀に足を運ぶのか。
……正直、この老女さえ来なければ、わざわざ警備をする必要もなくなるのに。
人の好さそうなお婆さんに見えても、昭子は紅夜叉会の幹部である。
恐らく何か深い考えはあるんだと思うが、僕には少しもわからない。
縄張りが大きく、また構成員も多い紅夜叉会には、最高幹部である紅・渡を除き、他に三人の幹部がいる。
一人目がこの藍神・昭子で、彼女の派閥の対外姿勢は基本的に穏健派だ。
昭子は紅夜叉会のボスが先々代だった頃から、内向きの事で組織を支え、発展に寄与してきたという。
彼女の子、また孫も、紅夜叉会でそれなりに地位にある為、昭子の影響力は単なる一幹部の枠に収まらない程に、強い。
それは彼女が紅夜叉会の縄張りの中でも特に栄えた繁華街に、自分の派閥の拠点を置いている事からも察せられた。
二人目は祭・浅葱。
確か三十台後半の男性だという話だ。
彼の派閥の対外姿勢は、強硬派で、特に九竜会に対して激しく敵意を抱いてる。
現在、紅夜叉会と九竜会は敵対関係にあるので、浅葱は前線部隊の指揮官のような役割を担ってると言っていい。
三人目は蘇芳・晶洞。
五十台の男性で、面白い事に紅夜叉会の幹部でありながらも、寺の住職らしい。
晶洞の派閥も強硬派だが、浅葱の派閥程に九竜会との対立に熱心ではなく、寧ろ他のギャングに対する抑えとして、後方の防衛を担う人物だ。
幹部はそれぞれに独自の兵を抱え、それを動かして紅夜叉会を支えてる。
紅夜叉会に入って日の浅い僕からすると、雲の上の人物だった。
そんな幹部の一人が、一体どうして、僕の目の前で足を止めて、菓子を渡そうとしてくるんだろうか。
本当に、意味が分からなかった。
飴を受け取り、幹部から貰ったものとはいえ、警備中に菓子なんて食べていいのか迷ったから、助けを求めて隣の喜平治をちらと見る。
すると彼が黙って頷いたので、僕はそれを口に運ぶ。
口に入れた飴は、葡萄の味だった。
いや、僕は本物の葡萄を食べた事がないから、これが本当に葡萄の味なのかは判別がつかないんだけれど、以前に食べた事がある葡萄味って書かれた飴と、同じ味がする。
程良い甘さに、少しだけ頬が緩む。
「はははっ、いい顔するじゃないか。渡ちゃんが気に入るのもわかるね。そうだ。ええと、確かシュウちゃんだったね。この婆の帰り道を、エスコートしてくれないかい?」
だがそんな僕の顔を見た昭子は、飴の御代としては少しばかり吹っ掛け気味な事を言い出した。
もちろん相手は幹部なので、飴を貰っていようがいまいが、その言葉には逆らえないんだけれど……。
再び、僕はちらりと隣の喜平治を見ると、やっぱり彼が頷くので、
「わかりました。藍神様。お帰りの際は、送らせていただきます」
僕は昭子に向かって、そう答えた。
幹部からの言い付けだし、帰り道の護衛という事であれば、警護の仕事をサボったと咎められたりもしないだろう。
「硬いねぇ。昭子婆ちゃんで構わないよ。……と言いたいところだけれど、それじゃあシュウちゃんも困るだろうからね。昭子様と呼んどくれ。藍神は、子供や孫もそうだから、ややこしくてね」
僕の言葉に、やっぱり昭子は笑いながら、呼び方の訂正を求めてくる。
……本当に、一体この人は、僕をどうしたいんだろうか?
捉えどころのない彼女の言動に僕は困惑しながらも、黙って頷く。
舌で転がしていた飴がガリっと、奥歯と奥歯の間で割れた。