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朝、目を覚ました僕は、まずは顔を洗って歯を磨いてから、窓を開いて外に出て、食堂の屋根の上にと昇る。
早い時間の風は少しひんやりとして、寝起きの身体に心地よい。
日が昇る直前は、空は既に薄っすらと明るく、そして何時もよりもずっと青いのだ。
僕はこの空を、地下闘技場から解放されて初めて知った。
地下闘技場に売られる前の幼かった頃は、こんな早い時間に起きる事なんてなかったし。
僕は解放感に包まれながらも、強化能力は使わずに、ゆっくりと身体を動かす。
地下闘技場で覚えた技を忘れないように、それを一つずつ繰り返していく。
最初は、起きたばかりの身体をほぐす為に、力を入れずに伸ばす動き、技を確認する。
その次は早く鋭く、それから最後に、力強い動きや技を。
地下闘技場で生きてた頃は、見て覚えた技を繰り返し真似て、そうして身体に刷り込ませた。
戦いは一週間に一度。
けれどもその一度を勝ち抜いて生き残る為には、残る時間をどう使うか次第だ。
毎回同じ繰り返せばいい訳でもない。
怪我を負った時は、少しでも回復に専念し、余裕がある時は他のファイターの戦いを見て、少しでも技を覚えようとする。
実際、闘技場で勝ち抜いたファイターとは、何時かは僕も戦わなきゃいけない可能性があったから、その備えもあって、一挙手一投足を見落とさないように必死だった。
僕は戦い以外の時間の使い方を間違わなかったからこそ、地下闘技場の崩壊まで生き残れたんだと思う。
だからこそ、今でも僕が頼りにするのは、見て覚え、真似てこの身に刷り込ませた技と、自己強化能力だ。
今の僕は、ナイフに加えて銃も支給されてるから、戦い方を選ぶ余地がある。
これは本当に恵まれた話だった。
更に仕事の報酬まで与えられているから、今の武器に物足りないと思えば、より良い物を買い求める事だってできるのだ。
電脳での制御を必要とするような高性能な銃器は残念ながら使えないが、それでも選択肢は数多い。
銃以外に近接武器だって、例えばナイフを刀剣の類に持ち替えもできるだろう。
……地下闘技場では、刀剣の類は対戦相手が使ってくる事は稀にあったが、僕には触らせても貰えなかったので、少しばかり憧れがある。
ただ、今のところは、支給品のナイフと拳銃が手に馴染んでいるし、より性能のいい、頑丈な物が見つかれば、それに持ち替えるくらいだろうか。
ひとしきり動きや技を確かめたら、屋根の上から目を凝らして遠くを見る。
もちろん、自己強化能力を使って、己の視力を引き上げて。
次は目を閉じ、耳を澄ませて聴力の強化を。
そうして一つずつ、僕は自己強化能力も試していく。
使わなければ鈍って忘れていくのは、自己強化能力も身体の動きや技と同じだ。
逆に使い込めば使い込む程、それらは僕を助けてくれる。
最後は、深く息を吸って吐いてを繰り返してから、慎重に身体能力を強化して、もう一度動きと技を。
ここが一番難しい。
加減なしに強化をすれば、僕の力で食堂の屋根を壊してしまう。
強化した状態で、精度の低い動きを取っても、また同様に。
壊したら僕が自分で直す事になるので、集中力は否が応でも高まる。
そうしていると、朝日は完全に空に昇っていて、僕は朝の日課を終えた。
部屋に戻ると、僕は前の晩に食堂の店主が作ってくれた朝食を温め直し、それを食べながら端末に連絡が来ていないか、目を通す。
仕事の呼び出しがくればそちらに行くが、なければ昼飯時は店を手伝って、……それ以外は何をしようか。
個人的には、もっと素手で戦う力を磨きたい。
でも正直に言って、僕は今、成長する切っ掛けを得られないでいる。
ここでの生活はとても恵まれているが、……今の僕は、間違いなく地下闘技場にいた頃よりも、強さの成長速度が遅いだろう。
銃やナイフでの戦い方を教えてくれる人はいたが、素手の戦いを教えてくれる先生や師は見つからなかった。
教えがないだけなら以前も同じだったけれど、ここには技を見て真似る相手もいないのだ。
久しぶりに和義と会って、僕は彼に勝てないと感じた。
地下闘技場で殴り合った時は、そんな風には思わなかったのに。
温め直した汁物を啜ると、優しい味が胃に落ちて、暖かさがジワリと広がる。
今の生活に不満はない。
だからこそ、僕は強さを欲してた。
何故なら、この世界では、強くなければ日々の生活も、守れないから。
とはいえ、無い物強請りをしても仕方がないだろう。
素手の技術を向上させるあてがないなら、他の技を磨くしかない。
差し当たっては、ナイフか銃か、……或いは自己強化能力の使い方か。
紅夜叉会には、僕以外にも超能力者が属してる。
まぁ、僕の自己強化能力を、彼らが超能力だと認めてくれるかはさておいて。
何時かその超能力者達と知り合えたなら、力の使い方について、アドバイスを求めてみてもいいかもしれない。
まぁ、差し当たって今日は、ギュールに連絡を取ってみよう。
お互いに仕事が飛び込んでこなければだが、彼は時間が空いていれば、銃の使い方のアドバイスをくれる筈。
やりたい事が決まったその時、端末が軽快な電子音を鳴らして、紅夜叉会からの連絡が来たことを教えてくれた。