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 和義にひとしきりミュータントの事を教わってから、僕らは町に出た。

 今回のチームは、僕と和義のみらしい。

 恐らく必要以上に目立たないようにする為だと思うが、……赤い装甲の和義は一人でも十分目立つから、あまり意味がないようにも思える。

 ただこうして和義が普段から目立つ印象を与えているから、あの地下闘技場の時は装甲を変える事で、印象をガラリと変えて侵入できたのだろう。


 向かう先は、謎の殺人事件が起きた現場の一つ。

 この辺りは雑居ビルや集合住宅、アパートの類が立ち並ぶ、紅華会の縄張りである下町の中でも、特に人口が多くて、建造物も大きな場所だ。

 事件現場は雑居ビルの三階で、襲われたのはここの小さなアトリエを構える画家。


 あぁ、ここの事件は、住んでる食堂でも少し噂になっていた。

 何故なら、ここの一階には不動産屋が、二階には金貸しが入ってて、対人関係のトラブル、または金銭に関しても多く抱えてそうなものだから。

 一体犯人は何を目的として、画家の殺害なんてしたのだろうと、食堂の客達が首を傾げながら話してたのだ。

 尤も、今の僕は犯人がミュータントであると知ったから、これが人を害する事自体が目的の犯行だったと、既に理解はできている。


 現場は、死体こそ既に片付けられていたが、床では血糊が固まり、イーゼルの上に置かれた描き掛けの絵も、半分が固まった血の色に染まってた。

 随分と派手で、かつ雑な殺し方をしたものだ。

 僕だって、以前は地下闘技場で、今はギャングの戦闘部隊として、幾人も手に掛けてはいるが、こんなに大きな痕跡の残る殺し方はした事がない。

 犯人はおらず、死体も片付けられているのに、僕はこの現場に、強い悪意を感じてしまう。


 一つ、息を吐いて周囲を見れば、壁に掛けられた絵が目に入る。

 それらは血を浴びずに無事に済んでるみたいだけれど、売れない画家ってくらいだから、あまり価値はないんだろうか?

 だったら、一枚くらい欲しいなって、ふとそんな風に思う。

 描かれているのはありふれたこの辺りの風景で、僕は本物を見慣れてる筈なんだけれど、絵として切り取られたそれには、何故か少しだけれど、心を惹かれた。


「変異初期のミュータントは、元々持ってる潜在意識に姿を左右されたり、害する相手を選ぶ事があるって話は、さっきしたよな」

 現場を睨みつけていた和義が、ふと、そんな言葉を口にする。

 あぁ、確かに言ってた。

 さっき聞いたばかりなのだから、忘れる筈もない。


 変異初期のというか、人から変異するミュータントは、その意識に影響されて姿が決まる。

 そして変異初期の段階では、狙う相手に明らかな嗜好があるって風に、和義は言っていた。

 例えば、幼い少女を性的対象として強く愛した男がミュータントと化した時、その姿は二足歩行の狼のようになり、変異初期の段階では幼い少女ばかりを狙って食い殺したという。

 これは、大昔の童話の赤ずきんに無意識に影響を受け、幼い少女を赤ずきんに見立て、自らは狼になったのではないかという話だ。


 つまり変異前の人間の意識を分析すれば、変異後のミュータントの理解に繋がるって意味なんだろうけれど、僕はこの話には疑問を抱く。

 何故なら、ミュータントという化け物を人間の尺度で測って、決めつけてしまっていいのかという、漠然とした怖さを感じるから。


「被害者の谷口雄吾は、こんな場所で生活してるだけあって売れてない画家だ。売れてる奴はもっと中心部で、企業や富裕層に近い場所で繋がりを築く生活をしてる」

 でもそんな僕の考えとは裏腹に、和義は被害者に関して語り出す。

 画家、かぁ。

 多分やり方さえ覚えれば、物を正確に描き写す事はできる気がするけれど……。


 いや、駄目か。

 自己強化のお陰で目が良く、精密操作も得意ではあるが、結局のところは僕にあるのはそれだけだ。

 何かをそのまま描き写す事はできても、それをあんな風に絵にするセンスは、僕にはない。

 僕の手は、絵筆を握るよりも、拳を握って叩き付ける事の方が、きっとずっと向いていた。


「ただ、谷口雄吾は人柄が良かったらしく、多くの人に好かれ、支援者は多かった。こいつの絵は、下町じゃ色んな所に飾ってある。……ミュータントは、そんな谷口雄吾を、意識してるか、無意識なのかは知らんが、恐らく妬んでいたんだろう。内臓が消えているのは、食って取り込む事で、羨む何かを自分の物にしたかったのかもな」

 逸れそうになる意識を和義の話に戻せば、彼は被害者の事をひとしきり語った上で、犯人、ミュータントについて言及する。

 けれども、……何だろうか、そんな風に言いながらも、和義の目は、自分の言葉を全く信じていないように見えた。

 そう、僕がミュータントを分析する事に感じる漠然とした怖さを、恐らく和義も感じているのだ。


「だが、そうした分析を信じるのは危険だ。シュウも俺と同じで化け物と呼ばれる側だからわかると思うが、化け物の思考、気持ちは、所詮はその化け物にしかわかりはしない。ミュータントを分析する事は無駄じゃないが、相手は理解不能の化け物だって事だけは、決して忘れるな」

 そして続いた言葉は、やはり分析の否定。

 あぁ、いや、完全に否定はしてないんだけれど、鵜呑みにはするなって忠告だ。


 確かにそこに傾向が存在するなら、相手を追う上での参考にはなる。

 但し相手がそうであると決めつけてしまえば、思わぬところで足を掬われかねない。

 その言葉は、僕にとって実にストンと胸に落ちた。

 まぁ、僕の事を化け物呼ばわりするのは、実のところ他ならぬ和義くらいなんだけれど、彼の言うそれは、自身の同類って意味も強く含まれているから、まぁ、良いだろう。


「……まぁ、そうは言ってもこの被害者と、ミュータントの間に何らかの交友関係があった可能性は低くない。他の現場も回って、被害者の共通点、共通の知人がいないかも探るぞ。疑わしいと思った奴を見付けたら、騒ぎを起こさないようにだが、殺せる時に殺せ。万一間違いがあっても、ミュータントを野放して、完全に変異されるよりはマシだからな」

 和義の言葉に、僕は頷く。

 それはとても物騒な内容だったけれど、所詮僕らはギャングの構成員で、相手はそれくらいしなきゃ対処できない化け物だ。

 ミュータントが人に紛れるって話が広まったり、完全に変異したミュータントが突如として町中で暴れだす事に比べたら、多少の犠牲を厭わない方がマシなのは、紛れもない事実だったから。




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犯人は10代から40代或いはそれ以上の男性または女性。
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