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僕が初仕事を終えてから一ヵ月程が経ち、戦闘部隊の仕事にも幾らか慣れてきた頃、紅夜叉会の縄張りの中で妙な死体が相次いで見つかるようになった。
央京シティで死体が出るのなんて日常茶飯事ではあるのだけれど、腹を裂かれて内臓がごっそり消えた死体ばかりが見つかるとなると、流石に下町の皆の表情にも怯えが混じる。
そんな状況で紅夜叉会からの呼び出しがあれば、誰だってその事件の解決に戦闘部隊が集められてるんだろうって想像は付く。
食堂の店主に、君らが動くなら一安心だなんて言葉で送られて、急いで向かった紅夜叉会の拠点で会ったのは、少しばかり懐かしく、また予想外の人物。
そう、僕が紅夜叉会に所属してからも、数度しか姿を見かけるの事のなかった、木崎和義。
紅夜叉会の構成員に案内された部屋の中では、彼が僕を待っていた。
「よぉ、シュウだったよな。活躍はギュールから聞いてるぜ。紅からの指示で、今日は俺と一緒にミュータント狩りだ」」
和義は僕と出会った時のクロムメッキの装甲ではなく、赤いペイントの施された、彼の本来の装甲を身に纏ってる。
その派手な装甲が故に、和義は紅夜叉会の血鬼なんて渾名で、恐れられているらしい。
しかしそれにしても……、ミュータント狩り?
てっきり猟奇的な連続殺人を追いかけるって仕事になるかと思ったのに、少し拍子抜けしてしまう。
いや、もちろんミュータントが拍子抜けなんてしてる場合じゃないくらい、危険な相手だって事は、教わったから知ってはいるんだけれども……。
ミュータントは、大戦末期から出現するようになった化け物の総称だ。
出現するようになったといっても、無から湧いて出てきた訳じゃなくて、元々この星に生息していた人間も含む生物が、変異したものである。
ただその変異の仕方は様々で、例えば同じ犬のミュータントでも、翼が生えて空を飛ぶようになったものもいれば、膨れ上がって巨大になったもの、ムカデのように無数の手足が生えたもの、逆に体を失って肥大化した頭だけが残ったものと、その姿は様々だった。
どうしてこんな化け物が出現するようになったのか。
理由は今でもわかっていない。
一説には、大戦で用いられた大規模破壊兵器の数々が、この星に生息していた生き物の理を壊してしまったのだとも、言われてる。
それくらいに、ミュータントは人の理解が及ばぬ化け物だ。
ミュータントが存在してるから、人は都市に集まって生活をするようになり、居住域を大幅に狭めた。
更に都市を襲いに来たり、都市と都市を結ぶ交易道路を破壊しようとするので、戦力を派遣しての定期的な駆除は欠かせないという。
実際、紅夜叉会の拠点で和義をあまり見かけなかったのも、彼が頻繁に央京シティの外でのミュータント駆除に従事していたからである。
なので和義のチームに加わって、都市外でのミュータントの駆除をするって仕事は、いずれは来ると思ってはいたが……。
流石にこれは、ちょっと急だなぁって感じてしまう。
「いや、今回は都市外での仕事じゃないぞ。恐らく都市内に潜んでるであろうミュータントの狩りだ。……あぁ、そこまでは教わってないのか。じゃあ、いちいち聞かれても面倒だしな、まとめて説明してやるから、暫く黙って聞いてろ」
けれども和義は、表情を見て僕の考えを察したのか、首を横に振る。
そして、ちょっと意味ありげな前置きをしてから、彼が語り出した内容は……、少しばかり気分の悪いものだった。
なんでも人がミュータントになる時は、ある日突然、完全に変異し切った化け物と化すって訳じゃないらしい。
他の生き物が同じなのかはわからないが、少なくとも人間は、変異が始まったばかりの段階では、人間とミュータントの姿を、ある程度自由に行ったり来たりと変化をさせられるようになるという。
但し変異が始まった時点では、既に人間としての倫理観等は崩壊しており、知性、理性は残っていても、それは人を害する為に使われるそうだ。
変異初期のミュータントは、知性と理性と、それからたっぷりの害意を持って、正体を隠しながら人を狩る。
つまりは、そう、今、紅夜叉会の縄張りで頻発している、謎の殺人事件のように。
そこまで聞けば、僕にも何故、今までその事が教えられなかったのか、理由は分かった。
こんな話が大っぴらに広まれば、多くの人は疑心暗鬼に駆られ、疑わしきを罰しようとするかもしれない。
誰も彼もがそうなれば、社会は非常に不安定なものとなる。
あぁ、だから、昔はM潜在なんて風に呼ばれて、超能力者も迫害を受けたのか。
超能力者が持つ常人と異なる力は、人の世界に隠れ潜んだミュータントでないかと疑われるには十分だ。
完全に化け物であるミュータントと、力はあれど人でしかない超能力者が、どうして混同されるのかは不思議に思っていたけれど、これで漸く得心がいった。
社会の不安定化、超能力者の迫害という経緯を経て、人はミュータントが初期段階では人に混じるという情報を秘すようになり、時の流れ、世代交代と共に徐々に忘れられていったのだろう。
都市の支配者層や、和義のように直接的にミュータントを狩る役割を担う者達以外からは。