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ギラギラとしたライトに照らされたリングの中央で、僕は対戦相手と向き合う。
身体の半ばが頑丈そうなクロムの輝きに覆われている対戦相手の姿に、僕は内心で、こっそりと溜息を吐く。
一体どんな経緯でこんな場所、地下闘技場に落とされたのかは知らないけれど、クロムウェアを纏う程に己の体を改造してるって事は、元は傭兵か何かをしていたのだろう。
そうなれば当然ながら、体内にも幾つものサイバーウェアが仕込まれている。
多分、厄介な相手だ。
外側に見えるサイバーウェアはともかく、体内の物となると、外見からはどんな性能を有するかが測れない。
ただでさえ、クロムメッキを施された金属装甲を纏う相手は、殴り方を間違えると手を痛めてしまうというのに。
そしてこの地下闘技場では、たとえ試合で傷を負っていても、構わずに一週間後には試合が組まれてしまう。
生き残りたければ、ただ勝つだけじゃなくて、なるべく傷を負わないように戦わなきゃならない。
尤も、消極的な試合をしていると見做されると、それはそれで処分の対象になるのだけれど……。
「なんだ? 地下闘技場の処刑人だって話だったのに、まだ餓鬼じゃねぇか。……って事は、まさかお前、M潜在かよ。あーぁ、化け物飼って戦わせて見世物たぁ、本当に趣味の悪い場所だなぁ?」
対戦相手の男が、口汚く吐き捨てる。
M潜在。
これまでにも幾度となく向けられたその言葉は、潜在的ミュータント資質保持者という意味らしい。
簡単に言えば、ミュータントのなりそこないだと、彼は僕に言っているのだ。
ちなみにそれは大きな誤解である。
いや、誤解というより、それが間違いである事は対戦相手の男もわかって、その上で罵っているんだろうけれど。
ただ彼が言った、ここが趣味の悪い場所という部分は本当に全く以てその通りで、……その一言だけで僕は彼を嫌いにならない。
とはいえ、僕がするべき事は、相手への好悪では少しも変わったりはしないのだが。
取り合わずに僕が構えを取ると、対戦相手の男はチッと大きな舌打ちをして、
「こんなところで飼われてるだけあって、餓鬼の癖に可愛げがねえなぁ。いや、化け物らしいっちゃらしいな。じゃあ、張り切って化け物退治といくかねぇ」
ライトを反射して鈍く光る拳をこちらに向けた。
ずるいなぁと、正直思う。
拳とは言うけれど、それは殆ど金属の塊だ。
アレに殴られれば、大抵の肉体はぐずぐずの挽肉に変わるだろう。
銃器や刃物ではないけれど、それは立派に武器と呼んで差し支えない凶器である。
地下闘技場に、戦いの開始を告げるゴングはない。
どちらかが戦意を見せれば、それが始まりだ。
相手が戦う気を見せているのに応じなければ、ただ嬲り殺しにされるだけ。
時折だが、そうした嬲り殺しを見世物とする戦いも行われている。
買われて来たばかりの少年少女が、大人のファイターにただ殴り殺されるだけの、残虐な見世物が。
実のところ、僕がこの地下闘技場にやってきたのも、その残虐な見世物の生贄として。
幼い頃から、稀に異常な力を見せた僕を生みの親達は怖がっていて、幾許かの金銭を求めて、或いは厄介払いに、この地下闘技場に売り払ったのだ。
確か、十歳になったばかりの頃だったと思う。
見世物の生贄としてやってくる子供の多くがそうであるように、僕も一度の戦いで消費される筈だった。
けれども、最初の対戦相手を、僕は逆に殴り殺してる。
相手は、身体にサイバーウェアを入れてもなければ、何らかの特殊な力を持っていたり、技術を学んだ訳でもない単なる大人の男。
ファイターとして優れた点があったとするなら、そこそこに体格に恵まれていて、何よりも子供を殴るのにも躊躇いがなかった事くらいだろう。
きっと彼もまた、この地下闘技場では単なる消耗品であったのだろうと、今になればわかるけれども。
体格のいい大人に容赦なく殴られ、踏まれ、殺されかけて、必死になった僕は、自分の力に目覚めた。
今、目の前にいる対戦相手が、M潜在だと吐き捨てた力に。
上から振り下ろされたクロムの拳を、僕は両手で受け止める。
恐らく膂力を向上させるサイバーウェアを複数仕込んであるのだろう。
その拳は、並の人間とは比べ物にならない程に重い。
……ただ、うん、念の為に、相手の力を測ろうと両手で受け止めたが、これなら片手でも十分に受け止められた。
残念ながら、人がサイバーウェアを体に入れて漸く発揮できるのと同等の力を、僕は生まれながらにこの身に宿しているから。
自己強化能力者。
それは、世界を大きく荒廃させた人類史上最大の戦争の末期に現れ始めた、超能力者の一種である。
ただ当初は、自己強化能力者のみならず超能力者の全体が、同時期に現れたミュータントの因子を持つ者だとして、M潜在と呼ばれてミュータントに準じて恐れられ、迫害を受けた。
ミュータントとは違い、姿は只人と変わらないから、マシな扱いを受ける事も少なからずあったそうだが、より激しく忌み嫌われもしたという。
今でこそ、超能力はミュータントの因子とは無関係で、人類が得た特殊な能力という位置付けにされているけれど、それでも超能力者を怖がったり、嫌う只人は少なくない。
自分が持ちえない力は、怖かったり、妬ましかったり、嫌うのが当然だから。
そして超能力者からも、自己強化能力者は軽く見られがちな存在だ。
何故なら、自らの肉体を強化する事しかできない自己強化能力者のそれは、筋力、反射神経、視力、聴力、嗅覚のいずれであっても、体にサイバーウェアを入れる事で只人にも手に入る力でしかなかった。
故に、超能力者からは、自己強化能力者は特別な力の持ち主、超能力者の仲間だとは見なされない。
只人からは化け物に見られるが、超能力者の仲間にはなれず、自己強化能力者とは、そんな中途半端な存在だ。
尤も僕は、他人が僕を、自己強化能力者をどんな風に見ているのかなんて事に、あまり興味はなかった。
というよりも、他人からどう見られるかなんて、生き死にのかかった場では気にしている余裕がない。
この力は僕を今の環境に突き落とした原因だが、同時にこの環境で生き延びる為の命綱だ。
「チッ!」
拳を受け止められた事で、対戦相手にも僕の膂力が、同等の物であると伝わったらしい。
舌打ちを一つした彼は、腰を捻って蹴りを放つ。
両手で拳を受け止めている今、その攻撃は僕には防ぐ手立てはなかった。
確かに膂力は互角だが、全身をクロムに覆われ、サイバーウェアを体内に仕込んだ対戦相手と僕では、重量差は圧倒的だ。
蹴りを足で防ごうとしても、そのガードごと吹き飛ばされるだけの結果となる。
けれども、僕が自分を強化できるのは筋力だけじゃないし、また肉体性能のみに頼って、地下闘技場で数年の時間を生き抜いてきた訳でもない。
誰かが戦い方を教えてくれる事はなかったが、この場所で行われる戦いの数々を、僕はこの目で見ながら生きてきた。
様々なファイターが生き延びる為に披露した多くの技を、僕は目で見て真似て、考えて、また真似て、可能な限りだが自分の物にしてきたのだ。
故に僕は自分の足を、放たれた蹴りを防ぐのではなく、流れに逆らわない方向に跳ぶ事に使う。
蹴りの仕草を一つも逃さずに捉える動体視力と反射神経、それから蹴りの威力を少しでも防ぐ為に、皮膚や筋肉の硬度も強化済み。
その甲斐あって派手に吹き飛ばされはするけれどダメージは殆ど……、あ、いや、流石に膂力が互角の相手から繰り出された重い金属を纏った蹴りは、幾らか体に響いてる。
今は戦いの興奮があるから殆ど感じないけれど、もしかすると今晩は、蹴られた腹の痛みに眠れず悩まされるかもしれない。
だというのに、
「……おいおい、うっそだろ。お前、筋力だけじゃないのか。一体、何を幾つ、どれだけ強化してるんだ? まさか、マジモンの化け物かよ」
対戦相手の男は、まるで僕が悪いとでも言うかのように、やっぱり化け物って言葉を口にする。
あぁ、なんだか、少し腹が立ってきたかもしれない。
金属の装甲は厄介だけれど、今度はこちらから、少し強引に攻めてみようか。
多くの場合において、大きさとは強さだ。
身体が大きければ当然のようにそれを動かす力は強く、重さもある。
地下闘技場で行われる戦いでも、僕が見てきた限りでは、七割近くは身体の大きな方が勝っていた。
もちろん身体の大きさ以外にも、戦いの技術やサイバーウェアや、強さを決定する要素は幾つもあるから、絶対の尺度ではないけれども。
この戦いで、サイズがより大きいのは僕じゃなくて対戦相手の方である。
それも少しの差じゃなくて、かなり圧倒的な差があった。
成長過程の僕に比べて、男の上背は頭一つ以上高く、重さに至っては体内のサイバーウェア、纏った金属装甲まで含めると、三倍や四倍じゃきかないと思う。
但し大きさに勝る事によって生じる強み、出力、膂力は、サイバーウェアで強化された分を含めても、大して差がない事は確認済みだ。
すると残る問題は重さの差になるけれど、互いの出力に大きな差がなければ、軽さも強みの一つになりうる。
何故なら、同じ出力の物が動いた時に、速さで勝るのは重量の軽い方だから。
新作です
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