聖女様の思惑
聖女アイリス様は本当に凄いお方だ。
四大元素の魔法を全て使えるだけでなく、治癒魔法まで使える。魔力が半端ないのでそれらの魔法を駆使すれば、簡単に国を落とせるだろう。
俺はそんな凄い聖女様の護衛をしている。
何故俺のような普通の男が聖女様の護衛なんかをしているのかと言うと、アイリス様が名指しで俺を指名したからだ。
指名された時は、正直びっくりした。
だって俺はどこにでもいる騎士なのだ。
仕事も城の周りの警備という地味な仕事だ。
だから大神殿にいる聖女様と顔を合わせたことなど一度もない。それなのに俺を指名した。なぜなのだろうかずっと不思議に思っている。
だが、指名されたからには仕方がない。
やれることだけはやろうと必死に仕事に励んできた。幸い、今のところ上手くやれている。聖女様を狙う暗殺者もいないし、不慮の事故などもない。
全て順調。
順風満帆にことが進んでいる。
だが、最近平和過ぎて飽きてきた。
なにか刺激的なことが起こらないかと思い始めていた頃に、アイリス様にお茶会に呼ばれたのだった。
※※※※
「ルーク。いらっしゃい。そこに座って」
アイリス様はそう言って俺を席に勧めた。
御伽話から出てきたような白く丸いテーブルに猫足の椅子。うーん、少女趣味全開だな。座りたくねーと思いつつ、アイリス様の言うことは絶対なので、俺は苦笑いを浮かべながら座る。対面に、アイリス様も座った。
ここはアイリス様のお部屋だ。外で会うならたくさんの護衛に見守られながら茶を飲むので窮屈だが、ここでは二人っきりだ。二人っきりなのをいい事に、俺はお行儀悪く足を開いた。
「アイリス様。なにか御用ですか? 俺、忙しいんすけど」
「まぁ! そんな面倒くさそうな顔でこの私に対応するのは貴方ぐらいよ! もっと嬉しそうな顔をなさい!」
「はぁ……」
そんなことを言いながら、俺はアイリス様が淹れてくれた紅茶をズズーっと啜る。
アイリス様はテーブルの上でほっそりとした両手を組み、アゴをのせてニコニコ笑っている。
「ふふ。久しぶりにルークと二人っきりで話したかったの。――ねぇルーク、最近調子はどう?」
「毎日退屈っすね。この国は平和過ぎる」
俺の言葉に、アイリス様は更に笑みを深めた。
「この国が平和なのは、私のおかげよ。近隣諸国は私に気を遣っているのよ。聖女が生まれた国を攻撃したら、なんだかバチが当たりそうな気がするでしょう?」
「そうっすかねぇ……」
「それに、私を敵に回したくないのよ」
「あぁ、確かに」
アイリス様を敵に回したくない。
それがこの国が平和な一番の理由だろう。なぜならアイリス様はお強い。一人で国を滅ぼすなど造作もないことだからだ。
じゃあ、この国が退屈なのはアイリス様のせいってわけだ。アイリス様、この国以外のどっかに消えてくれねーかなぁなどと罰当たりなことを考えていた時だった。
アイリス様が優雅に紅茶を啜り、ゆっくりと口を開いたのだ。
「でも、退屈なのは同意するわ。本当、暇過ぎてイヤになっちゃう」
へー。アイリス様みたいな立派な聖女でもそんなこと言うのか。俺はまじまじとアイリス様のお顔を見つめた。
「いっそ、この国を滅ぼしちゃいましょうか。そうすれば、退屈など無縁の刺激的な生活が待っているわ」
「あはは。そんなこと、アイリス様が言ったら洒落にならないっすよ?」
俺は冗談かと思って笑い飛ばしたのだが、アイリス様はニッコリ微笑むだけでなにも言わない。
あれ? 本気で言ってる?
俺は笑いを引っ込めてアイリス様を見つめた。
「マジで言ってます?」
「えぇ。本気よ。だって、この国の上層部って無能揃いじゃない? 富を持った者だけが幸福を得られる国なんて、碌なものじゃないわ。私は、貧しい者も裕福な者も平等に幸せになれるような国を作りたいの」
「……」
流石は聖女様だぜ。
俺はこの国を変えたいなんて考えたこともない。
立派な人ってのは、考えることも立派なんだなぁ。なんて思いながら皿に載っているスコーンを掴み、もぐもぐと咀嚼した。
すると、アイリス様の表情が真剣なものへと変化した。紅茶をソーサーに置き、じっと俺の目を見つめる。
「ねぇ、ルーク。貴方、英雄になる気はない?」
「へ?」
「この国の国王を殺しなさい。それで、貴方が新しい王になるの」
「……」
驚いたぜ。
まさか俺に国を裏切れと持ちかけるとはな。
なかなか面白い話なので、俺はニヤケそうになる口元を必死で堪えた。
アイリス様はそのまま話を続ける。
「私、誰にも言ったことないけど、実は人間の潜在能力が見えるの」
「潜在能力?」
「えぇ。今の国王は大したことないわ。でも、貴方は別。貴方はもの凄い潜在能力を秘めているわ。一国を滅ぼすほどの力を持っている……」
「ご冗談を」
「いいえ。本気よ。――ねぇ、私に協力して頂戴。私が貴方を王にする」
「……」
この話……。
冗談だと笑い飛ばそうか? それとも信じるか?
俺の脳裏に、お袋の顔が浮かんだ。
お袋は働き者だった。
貧しい家庭でも笑顔を絶やさず、いつも必死に働いていた。だが、働き過ぎて死んでしまった。俺は時々思うのだ。あの頃、もっと金があったらお袋に楽をさせてあげられたんじゃねーかな、と。
アイリス様は貧しい者にも幸せな生活を歩ませてあげたいと言った。
ならば、その言葉信じてみようかな。
なぁーに。失敗したとしても俺の首が飛ぶだけだ。
アイリス様に被害が及ぶことは、恐らくないだろう。だってアイリス様は、この国の唯一無二の聖女なのだから。
俺はスコーンを皿に置き、力強くうなずいた。
「分かりました。アイリス様の言葉に従います」
アイリス様はニコリと微笑んだ。
こんな恐ろしい話をしているくせにそれはもう美しい笑みだったので、俺は少しだけ背筋が凍った。
※※※※
それから五年後。
国は滅び、俺は新しい国王となった。
アイリス様ももちろんご健在だ。
今日はアイリス様にお茶会に呼ばれたので、俺はアイリス様の待つ部屋に向かった。
五年前と同じように少女趣味全開の白い椅子に座る。
護衛はいない。俺とアイリス様の二人っきりだ。
二人で紅茶を飲みながらポツポツと世間話をする。
すると、アイリス様がニコリと微笑みながら口を開いた。
「ねぇ、ルーク。貴方の作った国は素晴らしいわ。貧しい者も裕福な者も平等に幸福を感じている。私はこんな国が欲しかったの」
「俺の作った国と言うより、アイリス様が作った国でしょう?」
「そんなのどちらでもいいじゃない。あぁ……本当にルークを護衛にして良かった。私の目に狂いはなかったわね」
そうっすねぇ。
アイリス様が俺を見つけて護衛にしてくれたから今がある。感謝してもしきれないな。
でも、アイリス様は怖いお方だ。
前国王にあんなに良くしてもらったのにあっさり裏切るんだからな。
俺も、アイリス様に愛想を尽かされたら、きっとあっさり裏切られるのだろう。
明日は我が身ってわけだ。
まぁ、それはそれで退屈しないですみそうだかな。
そんなことを思いながら、俺はズズーっと紅茶を啜ったのだった。
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