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新たなる可能性。

「二日酔いに回復魔法が効いて良かったよ」

「はは、あまり体には良くないだろうから程々にね」


宴が明けた翌日、僕はアストラスの私室で次に行く未踏破区域についての話をしに来ていた。

本来の会議室である円卓ではないのは、まだ鼾を掻いて寝ているバカ共が居るのもあるが、あまり大勢に聞かせる話ではないからだ。


「さて、ゲーム時代の予定では死海エリアを越えて山岳エリア中心に聳える孤城へ攻略を進めるつもりだったけど、彼処は平均推奨攻略レベル99だから、もう少し危険度の低い未踏破区域に変更したほうが良いと思う」

「ああ、その件だが私は永劫の嵐空園がいいんじゃないかと考えている」

「――」


永劫の嵐空園。

その名の通り、常に悪天候の中に存在する浮遊する島のことだ。

飛空艇を保有している上位クランしか挑めない場所で、その特異性から上位クランの注目の的となり、この世界に来る前にある程度情報が入ってきている。

その下には凶悪な黒晶の大森林があると言われているのだが、今は関係のない話か。


「永劫の嵐空園か……、確か平均推奨攻略レベル88くらいだったかな?」

「ああ、出てくるモンスターも竜系だからな。士気的にも攻略的にも丁度良い難易度だと思う」


未踏破区域なので当然死の危険性はあるが、ゲーム時代で既にある程度情報がある分、比較的安全と言えるだろう。数日前のパッチでプレイヤーの上限レベルが90から100に上がったので、クラン全体のレベルは95前後だ。推奨レベルから7も離れていれば、全滅することはそうそう無いはず。


「うん、僕もそれで良いと思う。一先ずその前準備をしよう、緊急性の高いものは魔法やスキルの仕様の再確認かな。僕も転移魔法や小規模な魔法の使用感は確認したけど、それ以外の中規模や大規模な攻撃魔法は検証できてないからね」

「よし、それじゃあ明日にでも《血の狂宴》全員でそれぞれ能力の検証の為に初級ダンジョンにでもいこうか」

「初級ダンジョン? ――ああ、そういえばあったね」


始まりの大陸から始まり、ここは三つ目のグランヴェール大陸だ。

出てくる敵の強さも最低六十五レベル相当で、通常こんな場所に十レベル~三十レベル推奨の初級ダンジョンは存在しない。

しかし運営は何を思ったのかこの大陸に一つだけ初級ダンジョンを設置しているのだ。

まあ、異世界になった現在であれば、NPCである現地人が強くなる為にこういった場は必要だと思うが。


正午を過ぎた辺りで飛空艇は神聖国ロストヴェインへ到着した。

クラン掲示板に今後の予定と集合時間を書き込み、メンバーはそれぞれ自由行動となった。

その大半が装備の更新のために真っ先に鍛冶屋へ向かったが、現実となったこの世界であの人数に押しかけられたら工房の人も堪ったものではないだろうな。

僕は受取だけだったので直ぐに離れることができた。


しかしまだ僕には副団長としての仕事が残っている。

早速開拓者ギルドでクラン向けの初級ダンジョン用の依頼を受けることにした。

異世界になって初めて一人になり、奇妙な感覚を覚えながら探索者ギルド内に足を踏み入れる。


案の定というべきか、そこに居るプレイヤー達の表情は暗い。

〘血の狂宴〙のメンバーとの違いは、目標の有無と現実に残したモノの大きさだろう。

数あるゲームの一つとして遊んでいた彼ら彼女らが、いきなり目的もなく命を賭してまでモンスターと戦う事なんてできようもない。――僕達もそうなる危険性はあった。が、飛空艇という密室が功を奏したのかもしれない。プレイヤー全体の雰囲気に吞まれることなく立て直せたのだ。


「――! おかえりなさいませ、マーリン様。獄炎回廊からの帰還、お待ちしておりましたわ」

「――あぁ、ありがとうございます」


受付嬢に話しかけようしたところ、突然相手側から言葉をかけられたことで、内心驚く。

自身の名前と獄炎回廊へ長期的な遠征を行っていたことは、異世界になる前のことだ。

つまり〘マーリン〙と彼女の関係はゲーム時代から続いているということ。

もちろんただの受付嬢と客の関係だろうが、この国をホームタウンに移した二年前からと考えるとそれなりに話す間柄であるのも頷ける。現状を知るには丁度良い機会なので、色々聞いてみることにする。


「一つ聞きたいんですが、開拓者以外で何か変わったことはありましたか?」

「〘開拓者〙以外で、ですか……。ここ数日忙しかったからあまり――あ、そういえば。墓地から神聖国にかつて仕え、裏切られて処刑された暗黒騎士ユヴェールがアンデットとして甦ったようです。もう開拓者の方達の協力の下倒されたみたいですが」

「へぇ? そんなことがあったのか。ちなみにその開拓者についての情報は分かります?」

「〘プロミネンス〙の方達だったと思います。人づてなので正確かは判りませんが」

「あの人達か、居てくれて助かった」


〘プロミネンス〙はクランランキング二位で〘血の狂宴〙と同様、廃課金の猛者達が集まっているクランだ。イベントや個人戦、合同レイド等で顔見知りも多いので、変わりないようで安心した。

しかし異世界にきて早々そんな出来事が起こるとは、災難というほかない。



「――〘聖霊回廊〙のクラン受注ですか? …受注できないことはありませんが、何か異変が?」

「あぁいや、〘開拓者〙関連で少し検証しなければいけないことがあって」

「っ、〘血の狂宴〙の方も”災厄”の影響を受けていらっしゃるのですね」

「”災厄”?」

「三日前の夜半に起こった、大陸全体に広がる魔力の波動の呼称です。多くの開拓者や装備品やアイテムを製作する人達に、一部記憶の喪失や精神的不調に陥るなどの症状が出ています……。マーリン様は大丈夫なのですか?」

「精神的不調に関しては〘血の狂宴〙は問題ないかな。記憶喪失は、まあ多少の齟齬は仕方ないんだと思う。僕は君をどうやって呼んでいたのか覚えてないけど、忘れてもこれから築き上げていくことはできますから」

「それも、そうですね。ではマーリン様、私のことは〘シャーリー〙とお呼びください」

「了解、シャーリー」

「はい! では手続きを――、ぁ。依頼のついでにギルド職員として少しお頼みしたいことがあるのですが、奥でお話を聞いていただけませんか?」

「? わかった」


そういってギルドの奥に通されると、専属依頼の説明時に入る部屋を通り過ぎどんどんと奥へ歩いていくシャーリー。

一体何の話だろうか。本当にふと思い出した様子だったので、専属依頼絡みのものではないだろうけど。


「ギルド長、例の件で〘血の狂宴〙のマーリン様を連れて参りました」

「ぇ」

「入れ」


無情にも扉は開かれ、中に座る大柄の神官服を纏った男がこちらにぎろりと視線を向けた。

タンクヒーラーという特殊な戦闘スタイルと持つ神聖国の開拓者ギルド長を務めるギルファルドだ。

墓地の定期依頼でたびたび出没し、そのド派手な戦闘スタイルからSNSを騒がせていた密かに人気のあるNPC。何度か見たことはあるが、対面して会うのは初めてだ。


「こうして話すのは初めてだな。私は神聖国ロストヴェイン開拓者ギルドの長を務めておる、ギルファルドだ」

「僕は――「ああよい、名乗らずともマーリン殿を知らぬ開拓者なぞおるまい」

「流石にそこまでの知名度は無いと思いますが…、――本日はどのような御用で?」

「うむ、単刀直入に言うとだな。先日ミシュリカ第一聖女が扮したミリカという女が登録に来てな。そやつを〘聖霊回廊〙で安全に狩りをさせて欲しいのだ。明確な期間は聖女様に直接聞かんとわからんが、聖王妃様にお伺いを立てたところ、本人なのは間違いないとのことでな。下手な開拓者に任すことはできんのだ」

「――」


僕は思わず頭を抱えたくなるグッと衝動を堪える。

何ということだろうか。

ミシュリカ第一聖女といえばグランヴェール大陸のイベントに軒並み出てくる開発運営に愛されたNPCだ。

〘幻想海楼〙の広報CMにも起用されており、その知名度はプレイヤーに留まらない。

そんなNPCが出てきて、異世界になったとはいえ普通にお守りをして終わるだろうか、――いや、無い。

異世界化の影響は、色んなところで歪みを起こしている。

いや、どちらかといえば正常に戻ろうとしているのか。墓地から突然甦った暗黒騎士や、本来イベントでなければ見ることもできない第一聖女が開拓者の真似事。……これは僕の仮説にすぎないが、本来条件が満たされなければ起こらない隠されたクエストが表面化しているのではないだろうか。

そうでなければ、何の脈略もなく次期聖王妃が非常識な行動に出ているのに聖王妃が止めない理由がない。……あのお転婆聖女ならこれくらい平気でやりそうなのが説得力に欠けるが。


「あまり気が進みませんが、引き受けましょう。〘聖霊回廊〙には元々用事がありましたし」

「ほう? グランヴェール随一のクランがあんなショボいダンジョンになんの用があるんじゃ?」

「クラン全体で装備を更新しましてね、それに少し魔法やスキルの検証もしなければならないので」

「――”災厄”の影響か。ギルドでも情報収集はしておるが魔力の原因は分かっておらん。まあお主等なら心配はしとらんが、軒並みやられるとは厄介なもんだな」

「ま、ウチはそこまで支障は出てないので。――検証結果にも依りますが、そう遠くないうちに前線に復帰しますよ」

「頼もしい限りだ。未踏破区域の解明は開拓者ギルドの本懐、続報を楽しみにしておる」


そう言って立ち上がったギルファルドは片手を差し出してくる。

受付嬢もそうだが想像よりも〘血の狂宴〙のギルド評価は高いようだ。

僕は迷わず握り返し、その力強すぎる握力に恐れ慄きながら、暫く談笑して部屋を後にする。


「マーリン様はギルド長にとても気に入られましたね! あの方は自分にも人にも厳しい方ですから、ああやって談笑している姿は滅多に見られないんですよ?」

「ははは、光栄だね……」


あの巨漢に熱い視線で見られると命の危険を感じるのだが、あれは僕ではなく〘血の狂宴〙に対しての厚い信頼だと思っておこう。

その後、無事クラン依頼を受けることができたので、シャーリーに見送られながらギルドを出た。

明日八時頃からクランで〘聖霊回廊〙へ入るので、それまでにミリカという開拓者には、シャーリー経由で話を通してくれるらしい。

あまり考えたくはないが、僕が引き受けた以上、僕のパーティで面倒をみることになりそうだ。

聖女は一族継承型の固有魔法を所持しているから、足を引っ張るということはないだろう。


「ま、〘聖域〙を観察できる機会だと思えばそう悪い話ではないか」


………



翌日、開拓者ギルドでミリカという開拓者を拾った《血の狂宴》は、飛空艇にて〘聖霊回廊〙へと向かった。飛空艇だと三十分もかからない距離だが、馬だと二時間はかかる上に魔物に襲われるので、短距離でも飛空艇を使った方が良い。


船の甲板で風に吹かれて大喜びする第一聖女の姿を、メンバー達は遠巻きに微笑ましいものを見る目で眺めている。事前にクラン掲示板にて事情を説明した時はヤバいイベントが始まるのではないかと戦々恐々としていたが、彼女の持つ朗らかで純真な輝きにすっかり魅了されている。


「私、飛空艇には一度乗ってみたかったんです。いつも城――、城下町から遠目で見るだけで、まさかこんなにすぐ願いが叶うとは思いませんでした」

「それは良かった。私達も丁度〘聖霊回廊〙で遠征があったからな。開拓者の新人を連れて来るって聞かされた時は驚いたが、これくらい容易いものさ」


アストラスやミネルヴァ等の女性陣がミリカを囲んで会話に花を咲かせている。

僕もすぐ近くで見守ってはいるが、何が原因でイベントが進行するか分からないので、基本不干渉を貫いている。


「それにしても、魔法は凄いな」


飛空艇の回りを囲んでいる半透明の結界は、あらゆる外側からの衝撃を無効化する機能を兼ね備えている。聖都の周りにも同じ結界が張られているが、あちらは規模が違いすぎてよく分からない。

ゲーム時代はただの機能として何も思わなかったが、この世界では本当にこれを魔法として使えるものが居るのだ。

この結界の開発には聖王妃が関わっていると飛空艇の購入時に聞いた。

聖王の直系の女性にだけ受け継がれる固有魔法〘聖域〙が使われているのは間違いないだろう。


「よー、どこ見てんだマーリン、姫様のお守りはいいのか?」

「……君こそ女性のお尻を追い駆けるのは辞めたのかい? ランデル」

「くく、言うようになったじゃねえか」


聞き馴染みのある軽薄そうで芯のある声に振り返ると、黒い長髪の眉目秀麗な美青年が槍を両肩に引っ掛けて近づいてくる。

彼、ランデルは〘血の狂宴〙のかなり初期からいる古参の一人で、その独特な軽い雰囲気から女性が言い寄ってきて困ると僕に相談してきたのが始まりだった。僕じゃなくてもっとモテそうな奴に聞いてくれと言ったのだが、それを言うとミネルヴァやアストラスの話をするのだから平行線だ。彼女らは当時から大切なクランメンバーでありフレンドの一人で、そんな関係では無いというのに。それに、言い寄られた事は一度もない。言っていて自分が悲しくなってくるが。


「んで、あの掲示板に書いてあるのは一体どれくらいの確率で起こると考えてんだ?」

「イベントのこと? ……この世界が〘幻想海楼〙を模して作られているのだとしたら、――ほぼ100%だろうね」

「100パー!? ……はぁ、冗談キツイぜ兄弟。ただでさえお前の推測は当たるんだから、もう少し現実的な数にしてくれ。――で? 本当のところは?」

「いや、知らないよ。この6年間で彼女が自分の意志で行動した時のイベント発生率は100%だ。でもこれはNPCであった時の彼女の話だ。今の生きている彼女ならちょっとした気分で城下町に行きたくなることもあるだろうし、そんな些細なことからイベントが発生するとは思えない。でも今回は、普通の人なら考えられない不自然な行動力があるからね」

「イベントが起こる前の強制力みたいなもんか……、なぁ。今ふと思ったんだがこの六年で腐るほど凄い経験してんのに、飛空艇一つで喜んでるのは器量が計り知れないというか、ある意味王たる器だよな」

「はは、最初の悪魔族召喚とか衝撃的だったからね」

「くはは、誰が適当に魔法陣書いたら悪魔召喚すんだよってな。他にも学園失踪事件とか、闘技場第一聖女優勝事件とか――」

「おいバカ二人っ、聞こえてるからもう少し離れた所で話しなさいよっ」

「「あ」」


話に夢中で声が大きくなった所で、近寄ってきたミネルヴァに小声で咎められる。

こっそり第一聖女の方を見るが、体勢は流れる景色を見たまま変わっていない。だが強化された視力は赤く染まった耳を見逃さなかった。



………


「それで申し開きは?」

「「ごめんなさい」」

「今回はイベントが起こるかもしれないんだ。リラックスするのは良いが、もう少し気を張れ。それと別れる時には聖女様に謝っておけよ」

「「はい」」


すっかり団長の尻に敷かれてしまった僕達は、正座して平謝りしていた。

昔話に花が咲きすぎて、その張本人が近くに居ることを忘れて話し込んでしまったのが敗因だ。

いつになるかわからないが最終日までには必ず謝ろうと心に留める。


団長の部屋から出てすぐのところで、ランデルが足を止める。

それに少し経って気づいてから立ち止まり、振り返る。

ランデルの表情は、真剣なことを言おうとしている時の顔だ。


「なぁマーリン、お前があの時クランの方針を変えないって言ってくれて嬉しかったぜ」

「別にいいよ、あれは全員が心の奥では望んでいたものだったからね」

「そうか? アーチャーの野郎だって反対してたじゃねえか」

「――だって僕達から攻略を取ったらただの廃人だよ? みんな嫌でしょ」


僕の言葉に彼は一瞬呆気にとられた表情をした後、クシャっと笑みを浮かべて背中をドンと叩く。

加減の知らない彼に、僕は咳き込む。


「もう少し手加減してくれない?」

「お前がイカすこと言うのが悪りぃんだよ。それに今の俺達がまとまっていられるのは、結局お前のお陰なのは変わらねえよ」


んじゃまた後で、と片手を上げて甲板に戻っていくランデルの姿を、僕はただ茫然と眺めるしかなかった。



………



暫くすると〘聖霊回廊〙に到着したのか、飛空艇が下降を開始した。

飛空艇の操作権限はクランの団長と副団長、そして二人のどちらかが許可した者だけに付与される。

記憶ではクラン初期のメンバー8人には渡しているはずだが、面倒なのか大体団長のアストラスか副団長の僕の仕事となっている。つまり消去法的に団長が動かしたのだろう。


地上に全員が降りたのを確認すると、僕は飛空艇をアイテムボックスにしまう。

そして普段と同じようにそれぞれ各5人パーティに別れて、行動を開始する。

僕の班はアストラス、マーリン、ランデル、ミリカ、ミネルヴァ。

順にアストラスはタンク兼アタッカー、僕は魔法アタッカー兼サポート、ランデルはアタッカー兼遊撃、第一聖女はヒーラー兼バフデバッファー、ミネルヴァは魔法アタッカー兼サポートを担っている。

それぞれ皆兼任しているが、〘幻想海楼〙ではスキルや魔法の熟練度が上がると複数職の掛け持ちが可能なので、廃課金クランでは割と一般的にみられる構成だ。

普段、第一聖女の役割はレーフィアというプレイヤーが担っているのだが、今回は過剰戦力ということもあって他のパーティの方に同上してもらうことになった。


「接敵、数5 初級精霊だ」

「じゃ、団長挑発は任せたぜ! しっ――」


ランデルの槍が光を帯び、一瞬の内に通路の反対側まで疾駆する。

初級精霊はまるで羽虫のようにバラバラに砕け散り、宙へと溶けていく。


「挑発するまでもなかったな」

「流石に弱すぎたかな。次は敵の思考ルーチンに違いがあるか見てみたい。一旦ランデルは遊撃中止で団長に任せて」

「いいけど、さっさと奥の方まで行こうぜ? 初級ダンジョンの浅層なんて10レベル相当の雑魚しか出ねえんだから、それこそイベ――あーいや、早く行こう」


ランデルが第一聖女の方をちらりと見て、途中で言葉を止める。

ミリカは小首を傾げているが、それ以外のクランメンバーは何が言いたかったのか理解しているだろう。

藪蛇になるのを恐れて誰もその先を口にしない。


暫く魔法を使って検証していると、体の中からMPらしきものを感じるようになった。

魔法によって消費する量が違うので間違いない。

しかし、一体何を基準にMP消費量が決まっているのだろうか。

ゲーム的に言えば大技、効果量が大きい程MPは上がっていくが。

――そもそも、魔法がどういう基準で分けられているのがよく分からない。

火炎トーチ火球(ファイアボール)の違いなんて殆ど無いはずなのだ。

ウィンド風刃ウィンドカッターなんて、勢いが強いかどうかでしかない。

それなのにMPは二倍三倍に変化する。


「……」

「マーリン? ――皆ちょっと止まって」

「あ? どうした?」

「いつものやつ」

「おー、そろそろだと思ってたんだが遂に来たか」


この世界で魔法を名付けていった最初の人は、当然その魔法を自分で編み出したはずだ。

道具屋で魔法を習得できる魔導書が売られていることからも、それは間違いないといっていい。

ではどうやって魔法を編み出した?

そもそも異世界の魔法をゲーム的に上手く再現しようとした結果が今の魔法発動形式なのだ。魔法それぞれに明確な名前が決まっているのもおかしな話である。


――この世界に来てから、魔法の大きさや形状は消費MPが増える代わりに操作できるようになった。

もしかして魔法は習得しなくても大きさや形状を変えるのと同じように想像次第でできるのではないだろうか? 


僕は掌を前に突き出し、腕輪に体内のMPを注いでいく。

脳内に、存在しない魔法をイメージする。

単純な火炎に、適度に酸素を送り込む風。

そうして形作られる青白い炎。


「青い、炎……」

「とても綺麗ですっ! マーリン様、これは一体何の魔法なんですか?」

「この魔法にまだ名前は付いてないよ。他の名前に合わせるなら、蒼炎ブルートーチかな」


いつの間にか僕の目の前にある青白い炎を囲むように皆が集まってきていた。

ミネルヴァはそれを食い入るように見て、何かに気づいたようにハッと目を開く。


「それができるなら……」


彼女の杖が炎に向かって翳される。

一瞬の抵抗の後、炎は大きく揺らぎ、瞬く間に消えてしまった。

僕は魔法が強制的にかき消され、内心驚愕しながらも表面上は平静を保つ。ここは自身が知っている〘幻想海楼〙では無いのだという実感がジワジワと押し寄せてきていた。


「今のは?」

「風魔法のイメージで炎の周囲の酸素を移動させてみたの。何でもイメージ次第ならできると思って」

「――おいおい、それじゃもう完全に異世界じゃねえか」

「……魔法という括りなら何でも可能ということか? それならスキルでも同じことが可能かもしれない」

「おっしゃ、試してみるか」


何も気づいていないフリをして、メンバーの後を追って歩く。

酸素の移動が可能なら、強制的に酸欠状態を作ったりも可能ということになる。

もっと言えば水を生成できるのだから一酸化炭素も生成できるし、やろうと思えば凶悪な使い方はいくらでも思いつく。

これは広まってはいけない類の魔法だ。


「――マーリン、これやっぱまずいわよね?」

「え?」


引っ張られた袖の先を見ると、ミネルヴァが不安そうに眉を潜めていた。

彼女も自身の使った魔法の先にある可能性に、気づいてしまったのだろう。

いつもなら大丈夫だと楽観的な言葉を掛けるのだが、今回はそうもいかない。


「対処が必要だね。ここに居る全員に口封じしても、僕達が気づいたように誰かが気づく。そうなった時の為に対抗手段を考えるべきだ」

「でも私達以外の所で使われたら――」

「そうだね、それも含めて手立てを考えなきゃいけない」

「……アンタなら良い解決法がすぐに浮かびそうね」

「――はは、僕ができるのは理想論を語ることだけさ」

「私の知るアンタは、何かを頼んでできなかったことは一度もないんだから」


彼女の重すぎる信頼に、僕は何も言葉を返さなかった。

これは僕が今まで積み上げてきた副団長としてのキャリアがそう言わせているのだ。

団員に期待されているのなら、応えないわけにはいかない。


その後暫くの間、ミネルヴァは僕の袖を掴んで離さなかった。

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