新しい年のたまご
「今日で一年が終わるねぇ」
何気なく呟いた一言に、兄は「そうだなぁ」と返す。
「今年は色んな意味で『アイドル』が話題になったよな。どのアイドルのことでも、絶対どこかで目にするか耳にするかしたような気がするよ」
「二次元でも三次元でもアイドルが話題の中心になったからね。あとは、未来ある若者が犯罪に手を染めてしまった事件が多かったような印象が多かったなぁ」
「お前だってまだ学生なんだから、十分『若者』だろ。それに、こういうのは『自分だけは大丈夫』って思ってる奴が一番危ないんだからな。気をつけろよ」
「わかってるって」
言いながら私は、隣に座る兄に目を向ける。
一足先に社会人になった兄はしかし、ブラック企業で心を折られ一年と経たず我が家に戻ってきた。最初こそ根性が足りないと怒っていた両親も、げっそりした顔の兄を見て思うところがあったのか年末はこうして穏やかに過ごせている。
「来年……っていっても、あと数時間後か。になったら、気持ち切り替えて就活しなくちゃな」
「……失業保険まだあるんでしょ? あんまり焦らなくていいんじゃない?」
「履歴書に空白期間あったら次の就職先で絶対不利だろ。ただでさえ、一年しないで辞めちゃったし……あれこれ思い悩むのも今年で終わりだ。いつまでも親の元にいるわけにはいかないんだから、しっかりしないとな」
口ではそう強がっている兄だが、妹の私は知っている。兄が今でも、ブラック企業勤めのトラウマが抜けず手がブルブル震えることがあることを。辛い記憶や映像がフラッシュバックしては涙を堪え、気弱な姿を見せまいと気丈に振る舞っていることを。
「……兄ちゃんはまだ卵から孵ったばかりのひよっこなんだから、無理しなくていいと思うよ」
言いながら私は、そっと兄から目を逸らす。
「卵はいつか、孵化して雛になる。でもその雛が全員、社会という荒波に立ち向かっていける訳では無いと思う。時に傷つき、涙し、苦しみ藻掻きながらそれでも大人になっていく。だから、兄ちゃんだって今の自分を卑下する必要はないんじゃないかな」
「……お前こそ卵のくせに、一丁前に何言ってんだよ」
そう毒づく兄の言葉は、それでもほんの少しだけ温かさを取り戻したようだった。