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勇者再来、人質にされまして



 リーリアが魔王城で暮らす様になり半年程が過ぎたある日の事。

 その日はのんびりとセルジュ達とお茶をしていた。そんな時、緊急を知らせるドラゴンの甲高い声が辺りに鳴り響いた。

 窓の外を確認すると、ドーナツ五個分くらいの小さなレンガ色のドラゴンが城の外を旋回している。あのドラゴンは警備係で、侵入者が現れるとあの様に鳴いて知らせる。

 そう言えばリーリアが初めて魔王城に来た時もあの声を聞いた気がする。

 ボンヤリとそんな事を思った時、見張りの兵が駆け込んで来た。


「申し上げます! 敵襲です!」

「何者だ」

「例の勇者かと思われます」

「‼︎」


 その名称にリーリアは目を見張る。

 

「リーリア、お前は部屋に戻っていろ」

「あ……」


 返事をする前に、セルジュ達は行ってしまった。


 勇者が来ている……。

 不安や嫌悪感……複雑な思いが一気に溢れ出す。

 半年前に魔王討伐に失敗してからどうなったかは知らなかったが、生きていれば何れまたやって来るとは思っていた。

 あの時は力の差は歴然だったが、再びやって来たという事は何か対策を練ってきたに違いない。

 彼は人としては最低だったが、あれでも勇者の末裔だ。普通の戦士とはレベルが違う。だからこそ魔王城まで辿り着く事が出来る。決して油断は出来ない。


キュル……。


「ぽてと……大丈夫ですよ」


 きっと不安な気持ちが伝わっているのだろう。ぽてとが心配そうに頬に擦り寄ってきた。


「行かなくちゃ……」


 行った所で何も役に立たないのは分かっている。だが待っているだけなど出来ない。

 リーリアは自室ではなく、セルジュ達の向かったであろう謁見の間へと急いだ。



「また会ったな、魔王! あの時は俺の実力を出し切れなかったが、今回はそうはいかないからな‼︎」


 重圧のある扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 ふとあの日の記憶が蘇る。

 あの時は、魔王への恐怖心でいっぱいだった。だが今は勇者への憤りや嫌悪感が湧き起こるのを感じる。


 気付かれない様にゆっくりと扉を開け、その隙間から中を覗き見た。すると見覚えのある男女が、セルジュと対峙していた。

 一体どんな秘策を考えてきたのかと固唾を飲む。


「これを見ろ‼︎」


(え……)


 リーリアは思わず顔が引き攣った。

 

(あれって、もしかして聖水……?)


 勇者は意気揚々と小瓶を取り出すとこれ見よがしに掲げた。


「これはただの聖水ではない。女神の涙と呼ばれる世界に二つと存在しない希少な物だ! 魔王、これでお前も終わりだ! 浄化され塵となれ! 喰らえ‼︎」

「流石勇者様!」


 勇者一番のお気に入りの僧侶が声援を送る。

 そして彼はセルジュに向かって聖水の小瓶を投げつけた。


「女神の泉! 聖なる(つるぎ)! 神の業火‼︎」


 しょうもないアイテムを次々に出す勇者だが、セルジュにはまるで効果はない。

 彼は眉一つ動かす事なく退屈そうに眺めていた。

 

 小石にナイフ……最後のはマッチ? 

 名称は立派だが、肝心のアイテムはその辺で落ちていそうなガラクタの様な物ばかりだ。

 絶対紛い物だろう……。 


 それにきっとあのアイテムも誰かから脅迫まがいで奪い取ったに違いない。

 リーリアが一緒に旅をしていた時からそうだった。勇者の肩書きを利用して、周りがどん引くほど好き放題していた。

 女にギャンブル、強奪……流石に人を殺めたりはしなかったが、悪人にしか見えなかった。


「クソッ、何で全然効かないんだ‼︎」


 それにしても、あれでも一応勇者なのだからアイテムなんかに頼らないで剣で戦えばいいのに……と思う。

 まあ無駄に自尊心が高く、一度剣で敗北しているので怖いのだろうと思われる。しょうもない。

 今更ながらによくあんな人に付き従っていたと情けなくなる。自分が恥ずかしい。


「もう仕舞いか? なら今度はこちらからいかせて貰う」


 セルジュが構えると、明らかに勇者達は焦りだす。

 どうやら本当にあれだけだったらしい……。


「あ……」


 そんな時、また逃げようとしたのか勇者が振り返った。

 そして目が合ってしまった……。


「お、お前は‼︎」

「‼︎」


 まるで幽霊でも見たかの様な顔をする勇者は一瞬固まる。

 リーリアは唇をキツく結び覚悟を決めると扉を開け放った。


「生きていたのか⁉︎」

「……勇者様や皆さんに見捨てられましたが、セルジュさんに助けて頂いたんです」

「セルジュ……?」

「彼の事です」

「は……」


 リーリアがセルジュに視線を向けると一瞬目を見開き驚いた顔をした。


 今更恨み言など言うつもりはなかったが、顔を見たら口が勝手に動いていた。

 ずっと黙って従っていただけの自分も悪い。だからもう関わらなければそれで良かった。

 だが彼の変わらない傲慢さを見て、腹が立ってしまう。


「へぇ〜って事は、今無能は魔王の手下で、俺達人間の敵って訳だ」

「それは……」


 勇者達の敵には違いないが、人間の敵と言われるのは違う気がする。

 なんと答えればいいのか分からず、言い淀んでしまう。


「魔王を味方に付けて調子に乗ってるのか」

「ち、違いますっ、私は」

「無能の癖に生意気なんだよ!」

「っ‼︎」

「リーリア‼︎」


 勇者がリーリアへと手を振り上げた瞬間、セルジュが叫んだ。手を翳し彼の周りに黒い風が巻き起こる。

 だが勇者は慌てる所かニヤリと不気味な笑みを浮かべた。そしてリーリアを捕まえると首元に剣を突き付けた。

 

「動くな! もし一ミリでも動いたら、此奴の首を落とすぞ‼︎」


 その言葉にセルジュはゆっくりと手を下ろした。

 流石に予想だにしなかった。まさか勇者が人質を取るなんて……。これでは本当にどっちが悪なのか分からない。


「よし。じゃあ剣士(グレンダ)魔法使い(エイミー)、彼奴等を縛り上げろ」


 セルジュの側に控えていたベルノルトやルボル、他の配下達は特殊な縄で縛られてしまう。


「その縄は魔力を封じる対魔物の特別製だ。凄いだろう?」


 ベルノルト達の様子から、先程のしょうもない偽アイテムと違う事は明らかで完全に動きを封じられているみたいだ。

 

「じゃあ、始めるぞーー魔王討伐のやり直しだ!」


 勇者が剣士に命令を出すと、彼女はセルジュに剣先を突き付ける。そしてそのまま勢いよく振り下ろした。


「っ、セルジュさんっ‼︎」


 リーリアは叫び、どうにか逃れ様と踠くがしっかりと掴まれていてびくともしない。


 ことりと彼の左手が落とされた。


「セルジュさんっ、私の事はいいですから戦って下さい‼︎」


 次は右手が落とされて、今度は左腕……。

 声こそ出さないが微かに彼の顔が歪んだのが分かった。

 次々にポタポタと血が溢れ出し、彼の足元には赤い血溜まりが出来た。

 それでも尚彼は無抵抗のままだった。


 今度は魔法使いに命令をして、セルジュの身体は炎に焼かれる。次に水に(いかずち)を浴びせられた。

 

「っーー」

「ははっ、魔王も大した事ないな!」

「うふふ、ですねぇ」


 勇者と僧侶の高笑いが響き渡った直後、セルジュは遂に床に膝を付いた。


(わ、私の所為です……私が無能だから、役立たずだから……このままだと、セルジュさんが……そんなのダメッ‼︎)

 

「っーー」

「いてぇー‼︎‼︎‼︎」


 リーリアは渾身の力を振り絞り、勇者の腕に噛み付いた。

 噛み切る勢いで噛み付いたので、勇者の手からは血が溢れ出した。


「ゆ、勇者様⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」


 慌てた僧侶が治癒をかけようとしたので、リーリアは勢いよく彼女にタックルをする。

 すると予想外だったらしく、僧侶は受け身を取る事なく床に頭を打ち付けた。


「キャア‼︎ 痛っ……頭、が……」


 気は失ってはいないが、朦朧としているのか起き上がっては来ない。


「くそっ! ふざけんなよっ‼︎‼︎‼︎」

「それは、こっちの台詞です‼︎」


 キュル〜‼︎


「っ⁉︎」


 ポケットに入っていたぽてとが飛び出して来て勇者の顔を攻撃した。その瞬間、リーリアは勇者の足を払って転ばせた。


「ぽてと!」


キュルキュル!


 ぽてとは得意気に鳴き、リーリアと共に一目散にセルジュの元へと駆け寄る。


「セルジュさん! 大丈夫ですか⁉︎」


 直視するのが辛くなるくらい彼の姿は痛々しかった。


「俺は問題ない。リーリアこそ怪我はしていないか?」

「っ……」


 以前彼が魔族は自己再生能力が高いと話していた。だから時間を掛ければ元に戻るのかも知れない。だがそれでも痛覚はある訳で、きっと今激痛に耐えている筈だ。

 それなのにリーリアの心配をしてくれる彼に胸が締め付けられた。


「このっ! 無能がッ! 聖女ごときが勇者であるこの俺に楯突くつもりか⁉︎」


 ぽてとからの攻撃で片目を潰された勇者は、蹌踉めきながらも此方へと向かって来た。

 リーリアはセルジュを背に庇う様にして前へと出て対峙する。


(私が守らないと……私が必ずセルジュさん達を……守ります)


「っ‼︎」


 その時だった。

 視界の端に剣士が走って来る姿が見えた。

 彼女はリーリアとの距離を詰めると勢いよく床を蹴り上げ飛躍し剣をこちらに振り上げたーー。

 




「は⁉︎ 何だよお前……。俺達といた時はそんな力、使えなかっただろう⁉︎」


 床に転がる剣士と魔法使いを見て勇者は喚く。

 

「そうですね、私にも何故だが分かりません」


 リーリアは剣士の振り上げた剣を粉々に砕いた。驚愕する彼女を弾き飛ばし、困惑し状況が把握出来ない魔法使いからの炎の攻撃魔法を空気に散らした。


 嘘じゃない。自分でも驚いている。

 ただ”守らなくちゃ”そう強く思った。

 すると身体の底からじわりと力が溢れ出すのを感じたのだ。


「お、落ち着け! 冷静になって話をしよう! 先ずは俺の話を聞いて欲しい、な⁉︎」

「……」

「魔物は凶悪非道で俺達人間を脅かす害悪な存在だ。ズル賢く、傲慢で身勝手な生き物なんだ。お前は純粋だからな、魔王に騙されているんだよ」

「……」

「もしかして、置き去りにした事をまだ根に持ってるのか? 悪かったって! 過ぎた事はさ水に流そうぜ?」


 焦燥する勇者は白々しい笑みを浮かべ、リーリアに畳み掛けて来る。


「リーリア、思い出せ! 俺達と過ごした日々を! 俺達には人界を、人々を守る使命がある筈だ! 目を覚ますんだ‼︎」

「勇者様……私の名前覚えていたんですね」


 そこに驚いた。


「何時も「おい」とか「無能」とか「ブス」とか言われていたので、忘れられているものとばかり思っていました」

「あー、いや……い、今はそんな事どうでもいいだろう⁉︎」


 隠しきれない苛々が、勇者からひしひしと伝わってくる。


「兎に角さ、分かるだろう? 魔族(そいつ)等の味方したっていい事なんてないって! このまま魔王を倒して帰還すれば俺達は本物の英雄になれるんだぞ‼︎」


 名ばかりの勇者である彼には何より英雄の称号は喉から手が出る程欲しいのだろう。実に馬鹿馬鹿しい話だ。

 人々を守る使命などと耳障りのいい言葉を並べているが、彼が魔王を倒したい理由は他の誰でもなく自分の栄光の為だ。下らないーー。

 

「”俺達”ではなく”俺が”ではないのですか? 本心では貴方は人界や人々を守りたいなんて微塵も思っていない。勇者だからと言って人からの好意を当然だと思い感謝どころかめちゃくちゃな要求をしたり強奪したりとやりたい放題でした……。自分が助かる為なら仲間を囮にしたり、こうやって仲間が傷付き倒れても心配すらしない。でもそんな傍若無人な貴方でも敵わないものが一つある。それは国家です。勇者の末裔だからと人々からは勇者と同等に扱わられる。でも実績がないから国家には貴方の存在は認められない……違いますか?」


 リーリアが話し終えると、大人しく聞いていた彼はわなわなと身体を震わせ怒りを露わにした。


「五月蝿い! 五月蝿い! 五月蝿いッ‼︎‼︎‼︎ 国家だ⁉︎ 認められない⁉︎ 魔王を倒したら正式に勇者として認めさせてやる⁉︎ ふざけんな‼︎ 俺は生まれながらに勇者なんだよ‼︎ 弱くて無能な奴等を守ってやっているんだ‼︎ もっと感謝しろよ‼︎ 俺を敬え‼︎」


 地団駄を踏む姿に心底幻滅して呆れた。

 勇者の血は引いているので、それなりの力は持ち合わせている。だが彼は勇者の前に人として間違っている。


「悪きものは……勇者アベル、貴方です‼︎」


 プリフィカ エオース クウィ ノーン クレードゥント デオーー神に背く者を浄化せよーー。


 リーリアの身体中から光が溢れ出し、光に包まれた。

 手を掲げるとそこに光が集まり大きな球体となる。先程とは比べ物にならないくらいの光の大きさに勇者は剣を投げ捨て背を向け逃げ出した。

 だが逃す筈がない。

 リーリアはそのまま勇者へと光を放った。

 

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