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喧嘩をしてしまいまして


 

 魔王城で暮らし始めて三ヶ月余りーー。


 リーリアは最近思う事がある。

 ずっと魔物は人間を脅かす害悪な存在でしかないと思ってきたし、現にそう教えられてきた。傲慢で自らの欲望のままに命を奪い身勝手な生物。

 その頂点に君臨する魔王に心などある筈がないのだと勝手に思っていた。

 だが実際はまるで違った。

 仲間に裏切られ負傷したリーリアを助けてくれたり、リーリアを気遣ってくれたり、最近では時折笑顔を見せてくれて、一輪の花を愛でる心もある。

 それに城から出る事すらままならなかったり、毎日仕事で部屋に籠ったり、街に行くにはお忍びだったり……とても窮屈に思えた。


 セルジュは普段は人間の王と変わらず、魔界を治める為に仕事をしている。リーリアは知らなかったが、魔族にも本当に様々な種族があって皆が皆凶悪な訳でもない。此処で生活をする様になりそれが分かった。

 人界で悪さをするものもいれば、普通に仕事をして穏やかに生活をしている者達もいる。その様子は人間と大差ない。

 何故なら人間だって悪人もいれば良人もいるからだ。

 実は魔界には無数の鉱山があり、それ等を狙ってわざわざ魔界まで来る人間達が後を絶たない。無論魔物を殺し奪い取るのだ。

 これまでは考えない様にしてきたが、魔王城(ここ)で暮らす様になりセルジュ達と過ごす内に正しさが分からなくなってしまった。

 一体悪とは正義とは何なのだろう……。



「リーリアの分は戸棚に置いてあるから、後で食べて」

「ありがとうございます」


 リーリアは昼食を済ませた後、掃除道具を手に庭へと向かう。

 最近は炊飯のみならず、手の足りていない業務を進んで手伝っている。各部屋の掃除だったり、書庫の整理、中庭の掃き掃除などなど。


 毎日が充実している。

 ぽてとが側にいてくれるし、ベルノルトにルボル、ナータンや他の使用人達も皆リーリアを受け入れ優しくしてくれている。それにセルジュも……。

 彼は相変わらず無表情ではあるが、最近ではたまに笑顔を見せてくれる様になった。

 仕事がひと段落すれば、リーリアの所に顔を出し一緒にお茶をしてたわいのない話をする事も珍しくない。勿論ベルノルト達も一緒だ。

 皆本当に良くしてくれるので、自分に出来る事はなんだってやりたいと思っている。


 三時間後ーー。


「ない……ない、ない! 私のドーナツがありません!」


 リーリアが掃除を終えて意気揚々と厨房へと戻って来た。

 頭の中はおやつの事でいっぱいだ。

 だがしかし、昼間ナータンが特別に作ってくれたドーナツが戸棚から消えていた。


「どうして……⁉︎」


 確かにナータンが戸棚に仕舞ってくれていたのは見た。なのに何処にも見当たらない……楽しみにしていたのに……。

 ショックの余り固まってしまう。

 実はドーナツはマッシュポテトの次にリーリアの好物だった。

 


「リーリア、どうしたんだ?」

「何かあったのか⁉︎」

「セルジュさん、ルボルさん……」


 そんな時セルジュとルボルが厨房に入って来たので、リーリアは何があったかを説明した。すると意外な返答が返って来た。


「あぁ、それなら丁度小腹が空いたから俺が食べた」

「⁉︎」


 しれっとセルジュが自供した。


「あれはナータンさんが私の為に取って置いてくれたドーナツだったんです!」

「そうだったのか……美味かったぞ」

「っ、セルジュさん酷いです‼︎」


 悪びれた様子もないセルジュにリーリアは怒ってその場から走り去った。





◆◆◆


 一時間程前ーー。


 仕事がひと段落し、リーリアの様子でも見に行こうかとセルジュは執務室を出た。


 最近では彼女の顔を見に行くのが日課になっている。

 大体彼女は厨房にいる事が多いので、中を覗くが今日は姿がなかった。


「誰もいないな」


 責任者であるナータンもおらず、セルジュは直ぐに踵を返そうとするが足を止める。

 今日の昼食は軽めだったので小腹が空いていた。丁度いい何かないかと見渡すと、戸棚の中にドーナツが見えた。



「それで食ったのか……?」

「他に何もなかったんだ」


 だがリーリアに自分が食べた事を告げると怒って出て行ってしまった……。

 その後ルボルに説明すると呆れられた。

 

「まあ食った事は百歩譲って仕方ないにしろ、あの態度はアウトだろう」

「だがないものはない」

「そういう事じゃなくてさ!」

「何だ?」

「はぁ……」


 諦めた様にルボルにため息を吐かれるが、いまいち何がダメだったのかが分からない。

 結局その日はリーリアと顔を合わせる事はなかった。


 それから数日経ったが、リーリアに会いに行っても口を利いて貰えない。

 心なしか気分も晴れないでいる。それに仕事が手につかない。

 こんな事は初めてで、正直戸惑っていた。

 

「ベルノルト」

「如何なさいましたか」

「あーその……女性を怒らせた時は、どうしたらいいんだ?」


 ベルノルトは考える素振りを見せ暫し黙り込んだ後、勿体ぶって口を開いた。


「人界では高価な宝石やドレスなどを贈ると大抵の女性の機嫌はなおるらしいですが……リーリアさんは難しいかも知れませんね。全く興味がなさそうですし」


 知識をひけらかす癖に、その結論は要するに分からないという事だ。

 無駄な時間だった。


「あぁ、それともう一つ」


 気分転換でもするかと席を立ち部屋から出て行こうとすると、ベルノルトに呼び止められた。


「悪い事をしたら、心から謝罪をするのも人界では効果的らしいですよ」

「……」


 その言葉にセルジュはその足で厨房へと向かった。

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