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佐倉のレッスン4

 初勝利の余韻冷めやらぬ月曜日、今日も佐倉のレッスンが始まる。


「まだまだ、課題はある。ハルカ、何か思いつくか?」


 佐倉が指名したのはラディッシュの監督を除いて紅一点、ハルカだ。

 ハルカはあごに指をあてて考えた。


「んーと、みんなボール球を振っちゃうことかな」


 それは栞も感じていたことだ。小学生の内はコントロールがばらつくピッチャーも多い。問題はラディッシュのバッターたちが頭の上や、ワンバウンドするくそボールを振ってしまうことだった。

 これでは相手のピッチャーを助けてしまう。


「うん、いいところに目を付けるね」


 栞も野球を見る目が無いわけではない。ハルカがボール球をスイングする確率が低いことに気付いていた。そんなハルカだからこそ、そのような意見が出たのだろう。


 選手たちの年ごろで男女の差は無いとは言っても、男子に比べてハルカは非力である。だからこそ、打席では丁寧にボールを選ぶことを心掛けているのかもしれない。


「では、どうしたらいいと思う? 監督」

「やはり好球必打でしょうか」

 良い球を待って打ち返すという打撃の基本的精神である。これを心がけることによってボール球をスイングすることも防げるだろう。


「素晴らしいお考え。あとは黙ってていいよ」

「ちょっとなんなんですか、その扱いは」

 栞は頬を膨らませた。


 佐倉は無視して続ける。

「ボール球を振るのはプロでもままあることだ。それは分かるね」

 確かにと子供たちは頷く。


「100パーセント見送ることはできない。となると、ボール球でも打てるようにしたらいいんじゃないかな」

 選手たちの反応は微妙だ。


「長嶋茂雄が頭の上の球をホームランにしたのは有名な話だし、イチローはボール球のコース別打率が三割を超えていてそれで4000安打打ったんだ。

 そう思うとボール球を打つ練習をしといたほうが可能性が広がると思わないか? 振らないに越したことはないけどね」


 その話を聞いてもしかしたらそうなのかもしれないと思った。選手たちもなるほどといった様子で頷いている。


「そしたら、ボール球打ちの練習をしよう。なに、特別なことはしないよ。素振りにちょっと取り入れるだけさ」


 そう言うと佐倉は素振りを実演し始めた。

「まず、ローボール」

 ゴルフのようなスイング。


「ハイボール」

 大根切り。


「インコース」

 腕をコンパクトにたたんだスイング。


「アウトコース」

 腕を目いっぱい伸ばしたスイング。


「この素振りを試してみて欲しい」

 子供たちは散らばって素振りを始めた。

 はじめは慣れないことににぶいスイングしかできていなかったが、慣れてくると次第に鋭く風を切る音が聞こえるようになってきた。


 いつもは単調だった素振りでも、変化が加わって楽しいらしく、子供たちは誰が強いスイングができるか競っている。


 栞も自前のバットを持って素振りを始めた。普通よりもよっぽど疲れた。



 さて、土曜日がやってきた。


「みんな好球必打を忘れないようにね」

 練習したことによってわざわざ難しい球を打ちに行ってしまうかもしれないことを考えて、栞は選手たちに呼びかけた。


 不思議なことに四球を選ぶことが増えた。相手ピッチャーは特段コントロールが乱れていることは無かった。

 たまにボール球を振ってしまっても空振りにならず、ファールで逃げるといったことができた。


 強烈な印象を残したのが五番でサードのヒロキで、セイヤに負けず劣らずの飛ばし屋の彼は、顔の高さのボール球をランニングホームランにした。


 四球で出塁が増えたことにより得点は増え、最終的なスコアは4-2に終わった。初勝利から2連勝である。


 試合後子供たちがホームランを打った時のヒロキのフォームの物まね合戦に興じているのをしり目に栞は佐倉に尋ねた。


「ボール球のスイング率が明らかに下がっていました。これが狙いだったんですか?」

「さあね」

 佐倉ははぐらかす。栞は冷たい視線を送った。


「まあ、ボール球でもバットに当てられるっていう精神的な余裕が生まれたんじゃない?」

「なんで疑問形なんですか?」

「だって俺がああいう練習をしてただけだもん」


 佐倉も絶対の自信をもって指導しているわけではないのだ。堂々と教えているように見えるが、手探りの部分も多いのだ。

 それでも結果を出し続けていることを栞は賞賛した。


「でも、すごいです。あの子たちどんどん強くなっています」

「やつらのポテンシャルがいいだけだよ。上手くなるのは決まってて、早いか遅いかだよ」

 ふと思ったのだが、佐倉は手柄を主張しない。このように短期間でチームが見違えたのだから、もっと誇ったっていい。


「佐倉さんのおかげですよ。みんなそう思ってます」 

「そんなことないさ。どっちかっていうと監督のおかげじゃない?」


 栞は首をかしげた。自分がチームの役に立ったと思ったことはない。

「監督が一生懸命だから、あいつらはやる気になってるんだよ。去年までは負けてもへらへらしてたけど、監督が来てから変わった。決定的なのはやつらのために涙を流したことだな。監督は選手が勝たせたいと思える監督じゃないか」


「そこまで言ってもらえるとは思いませんでした。でも常々思うんです。佐倉さんが監督をやったほうがいいじゃないかって」

「俺は月見草」


「え?」

「監督はヒマワリのように明るい人がいい。君のようにな。俺はとてもそんなタイプには見えないだろ。陰に咲くタイプさ。ヒマワリのおかげで映える。監督がヒマワリなら俺は月見草でいられるんだ」

「それって野村監督ですよね」

「……」

 いつになく饒舌だった佐倉が黙り込んだ。


「し、知ってたか」

 巨人軍で華々しく活躍していた王、長嶋のON砲をヒマワリに例えて、自らを月見草と例えたのは野村克也の有名なエピソードだ。

「忘れてくれ」

 佐倉は逃げるようにその場を離れた。


 佐倉がどのような美学を持っているか垣間見えた。ならばと栞は佐倉が手腕をいかんなく発揮できるように飛び切り明るいヒマワリでいようと思った。


 

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