学童甲子園
瞬く間に月日は流れ八月。
学童甲子園が開催された。
甲子園などとたいそうな名前がついているが市内の大会に過ぎない。参加チームは32。五回勝てば優勝という寸法だ。
万年一回戦で苦杯をなめてきたラディッシュは見違えたように快進撃を見せ、ついには決勝戦にコマを進めた。
決勝が行われるのは、プロ野球のOBの名を冠した球場でそれまでの四試合が行われた河川敷球場とはものが違う。
ここまで来ただけでも価値があるというものだ。
だが、ここまで来たからには勝ちたい。
学童用にフェンスより手前にネットの張られたグラウンドを見渡して栞はそう思った。
球場入りする前のことだ。子供たちが栞の前に集まり、誕生日を祝ってくれた。それまですっかり自分では忘れていた。
驚きと嬉しさで栞は思わず涙をこぼした。
「泣くのは勝ってからにしろよ」
ヒサシが頼もしいことを言ってくれた。
選手たちが小遣いを出し合って買ってくれたスポーツ用のサングラスを今栞は帽子の上にのせている。
「格好いいじゃない」
佐倉がからかった。
「似合いませんよね」
「そのうち似合うようになるさ、まだ21だもんな、うらやましいよ」
佐倉は五月で26歳になったという。彼は誕生日を過ぎるまで誰にも教えなかった。
試しに佐倉にサングラスをかけさせたところ、憎たらしいほど様になった。二度と貸すことはない。
試合前のじゃんけんでラディッシュは後攻に決まった。
昨年の王者である先攻のシャークスがシートノックを終え引き揚げていった。
続いてラディッシュがシートノックを行う。
ノッカーは栞。ヒサシのブルペンでの投球練習は佐倉が受けている。
まずは内野一塁送球。サードのヒロキ、動きがダイナミックで見ていて気持ちがいい。
ショートのカズオ、無駄のない洗練された動きでボールをさばく。
セカンドのハルカ、丁寧なプレイが売りだ。
ファーストのコウタロウ、長いリーチをいかし多少それた送球でも一塁ベースを離れない。
キャッチャーのアツヤ、取ってからの速さが抜群でバントの失敗を許さない。
外野二塁送球。レフトのカズヒロ、ノックではわからないが打球が飛ぶところになぜか初めからいる。
センターのヒデノリ、俊足を生かした守備範囲でヒットを阻止する。
ライトのセイヤ、守備は普通、彼の仕事は打つことだ。
本塁送球までを終え、野手が全員引き揚げた。
最後はキャッチャーフライ、栞は真上にボールを打ち上げた。キャッチャーフライをノックで打つのは難しい。
栞が一度で成功させたのはこれが初だ。
ラディッシュナインはベンチに引き上げる。
ヒサシもブルペンから帰ってきた。佐倉によると仕上がりは上々だそうだ。
選手たちが歓声を上げた。スコアボードにメンバーが表示されていく。
1番センター カズヒロ
2番ショート カズオ
3番ピッチャー ヒサシ
4番ライト セイヤ
5番サード ヒロキ
6番キャッチャー アツヤ
7番レフト カズヒロ
8番ファースト コウタロウ
9番セカンド ハルカ
不動の九人だ。下級生のマサノリだけは控えだが、いつでも出られるように準備は欠かさない。
父兄がグラウンド整備をしている間に円陣を組む。
「泣いても笑ってもこれが最後よ。
持てるものすべてを出し切って、絶対勝ちましょう。
祝勝会でいっぱい美味しいもの食べよう」
おう、と威勢の良い返事が響き、円陣を解いた。
すると後ろで聞いていた佐倉がさえない表情をしていることに気付いた。
「どうかしましたか? あ、ひょっとして緊張してるんですか? らしくないですよ」
いつもコケにされているお返しとばかりに軽口をたたいた。
「いや、あがってるのは監督だと思う」
図星を突かれて、栞はひどく動揺した。この大舞台に緊張はピークに達していた。
「べ、べ、別に緊張してないですけど」
虚勢を張った。監督が一番しっかりしていないといけない。そんな思いがあった。
「いつもの好球必打っていうやつ忘れただろう」
「あっ……」
欠かさず唱えてきた言葉をここにきて忘れてしまっていた。
栞の背中は暑さによる汗と、冷や汗でぐしょぐしょに濡れていた。




