プロローグ
米澤栞はテレビの中の彼らに憧れた。
ある者は無駄のない投球フォームから剛速球を繰り出した。
ある者はそんな剛速球を打棒でもってはじき返し、スタンドに叩き込んだ。
ある者は快足をとばし一塁から投球の間に二塁を陥れた。
ある者は華麗な守備で安打を防いだ。
彼女はプレーヤーになることを諦めた。女だからという理由で。
そのことをずっと悔やんでいた。
学童野球や中学の野球部に女子の加入は認められていたし、本気になればどこかにある女子野球部のある高校にだって入学できただろうし、その先の実業団にだって入れていたかもしれない。
彼女は中学高校とブラスバンドに入ることを選んだ。野球応援のトランペットを吹くためだ。
けっして楽しくないわけではなかったが、テレビの野球中継を見るたびに野球を始めたIFの自分が女子のトッププロになった姿を想像した。
そして男子のプロのあのスター選手とお近づきになって……などと不純な妄想も付け加えられるのが常だった。
高校を卒業後、彼女は地元に就職した。友達は皆進学に就職にと県外に出ていった。友達付き合いもなく、実家と職場を行き来する日々。やることと言ったら動画サイトでメジャーや国内の野球のスーパープレー集を眺めるくらいだ。
刺激の足りない毎日に徐々に彼女の中に何かのエネルギーが蓄積していった。
社会人二年目のある冬の日、普段は中身を見ることのない回覧板を何気なく開いてみた。そこには前任者が高齢のため引退した、学童野球チームの監督を募集する旨が書かれていた。
彼女はその年度いっぱいで仕事を辞めた。