その7
ハストン中尉がおかしい。
今日の会合が始まった頃は、大人しく澄まして座っていた。
今、ハストンは隣の席のペロロペルアと『熱くはない』戦いを繰り広げている。
二人して顔も身体も正面のトロウヤに向けたまま、
声を荒らげ熱り立つでも、激昂している様でもなく、腕力に物言わせている、実力行使が起きていると言う様でもない。
偶に視線だけが相手に向かう。
傍目から見て、淡々と言葉を遣り取りしているだけに見える。
『熱くはない』はそんな見かけだけから来る印象を言葉にしている。
のだが、
二人して紡ぐ言葉は喧嘩腰。
現状、ペロロペルアの挑発をハストンがあしらっている。それが面白く無いのか、ペロロペルアは煽る様に挑発的な言葉を投げ続け、それをハストンが真正面から積極的に事も無げにあしらい続けるという構図が出来上っている。
二人と向き合う形にありながら、蚊帳の外状態のトロウヤ。
会合の手綱が手の内に戻らない。
一番の原因が、昨日とは打って変わったハストンの振舞い。何があったというのか。
そもそもは、と言えば、ゴレム発令所を攻撃するという案を隠すこと無く、堂々と表に出してしまったのが切っ掛けだったような。
あの時、ハストンが食い入る様に地図を見ている様を見て、嫌な予感と云うのか、不吉なものを感じたトロウヤ。
しかも、ハストンが脳内で組み上げているであろうものが、ありありと判った。
何しろ、
トロウヤ自身も統裁所の配置場所を決めた時、自嘲気味に
〖此処に弾が飛び込めば終るな。〗
と考えた程である。
トロウヤにしてこの案件、
最初から丸投げされていたならまだしも、中途半端にあちこち指示が付いているのみならず、肝心なことは殆ど抜け落ちている、と云う雑な状態でいきなり押し付けられたのである。
更に、それを短期間で形にしろと言われれば、積もる鬱憤がトロウヤにそう考えさせたのだろう。
しかし、これは試験、ゴレムの性能と運用を試すのがそもそもの目的なのだ。
それ故に、
ここで制止をかけておかなければ、絶対に後悔すると言う、妙に絶対的な確信があった。
ハストンは昨日も、度々ではあるが、不審な挙動を見せる処があった。
それにしても、
素なのか、ハストンがこんなに短気だったとは、沸点が意外に低かったとは思わなかったトロウヤ。
昨日、話した時はそんな素振りは見せなかった。上官を眼前にしていることもあったであろうが、あの時は何匹の猫を被っていたと云うのか。その猫も今日は一匹残らず休業のようだ。
ハストンがおかしい。
徹夜までして本を読んで寝不足という自業自得。それが原因だとは誰も知らない。
ハストン自身も脳機能出力が六と三分の二なこともあって自覚していない。
卓は違えど並んで座るハストンとペロロペルアの間に飛び交う言葉は淡々としているものの、変わらず攻撃的な応酬が続いている。
「うちのゴレムにそんな小細工、イタズラね。したところで、意味無いんじゃない?」
「そのイタズラごとき小細工で行動不能だ、なんて良い見世物じゃないですか。」
「ゴレムに蹴散らされる、のも一興ね。」
「蹴散らされたとして、それは、一人残らず戦闘不能になったことを意味するものではないのです。」
ハストンの言葉に、
〖『数と柔軟性』が歩兵の強味なんだが、そこら辺は解らないだろうなぁ。〗トロウヤはちらりとペロロペルアを見遣る。
ペロロペルアは歳の割にひね......聡いのだろうが、こと軍事は素人に毛が生えた程度の知識だろう。
しかし、当のペロロペルアはお構い無し。
「無理ね。大砲の弾も効か無いのに。鉄砲とか手榴弾くらいじゃ相手にならない。」
「跳ね返そうが、どれだけ硬かろうが、移動できないモノは脅威ではありません。」ハストンは尤もらしくそう言うが、
〖補給線上とか連絡線に居座る様な奴は脅威なんだがな。〗ハストンが触れなかった事をトロウヤは内心で補足する。口に出せば面倒なことになるのは判りきっているからだ。
速力を武器に戦う機動戦に於いては一つ所に止まり続ける敵部隊の脅威度は低いと見られている。
しかし、味方の補給・連絡線に尻を落ち着かせた敵部隊は味方からすれば迷惑千万な存在である。
此方側では有名な事例が有る。
時は二度目の世界戦争。
敵国領内、敵国第二の首都へと進撃するその途上、先行する味方前衛と主力を繋ぐ重要な道路上に重装甲の敵戦車が居座った。味方前衛と主力本隊との補給・連絡線が断絶する危機。しかも、味方にはこの重戦車の装甲を撃ち抜く、無力化出来る火器が無いときた。
排除に非常に苦労した間、味方の進撃は停止せざるを得なかったという。
幹線道路や鉄道といった交通線が重要なのは、整備されて障害がなく、人員や物資を移動させるのが楽だから、だけでは無い。
交通線は集落と集落を結びつけている存在である。なので、交通線伝いに移動すれば、その距離は別として、必ず集落に辿り着ける。
これとは違い、交通線も無く、大して目印の無い様な場所では自身の現在地も判らず、集落への方向を知ることはかなり困難である。
大概、そういう状況に在る時は『迷子』と呼ばれている。
砂漠、密林、平原、道無き土地に踏み入り迷子になった部隊の話は多い。
そんな状況で集落に辿り着こうとするならば、事前準備と運の良し悪しが必須となるのではなかろうか。
話も迷子になりつつあるか?
本筋に戻るとしよう。
ペロロペルアや企業連中が自慢するゴレムの硬度。砲弾を跳ね返す、物理力をものとしない硬さ。
どうやってその硬度を生み出している?
ハストンに、ふと湧いてきた疑問。
物理弾じゃ無い、術装弾は試さなかったのか?
物理弾とは物理力で打撃を与える砲弾。
榴弾や徹甲弾などがこれに当たる。
術装弾は、弾頭に魔術式が仕込まれている砲弾で、着弾時に術式が発動する。前世代は時限式信管だったが、今世代は近接信管の採用で、より効果的に魔術が現出する様になった。
昨日、ペロロペルアと『双剣と盾』社が張り合っていた中で、
今度のゴレムには法術抵抗力も在って、その効果も強い、
という話が出て来たような...。
ハストンは暫しの間の沈黙を挟む。
「重複集積描法?」
告げて、小首を傾げる。
自信が無いのか疑問形なのは置くとして、この一言に、虚を突かれたのか目を見開いたのが軍需企業の連中。
ペロロペルアも一緒になって見開いているという稀なる光景が在った。しかもペロロペルアはついにハストンへ振り向いた。
二日間という、長いとは云え無い期間だが、その中でもペロロペルアのそういった挙動は初めてであった。
「どうして...。」
後に続く言葉が『それを』なのか、『判った?』なのかは判らないが、直ぐ出てこない程には驚いたようだ。
ハストンは傾げた小首を戻す。
「砲弾を跳ね返したんですよね?」
視線を遣るハストンの問いに、ペロロペルアの頭が縦に動く。大人しく返すと云う希少な光景。
「その砲弾が榴弾だったら、その時はエライことだったと思いますが、」
どういう場所でゴレムに向け砲弾を撃ったのかは知らないが、榴弾であった場合、あまり想像したくない事故が起きたかもしれない。
榴弾は爆発するのだ。そういうものなのだ。
軍需企業がすることなので安全面に気をつけただろうが、それでも素人の集団である。専門家でさえ間違いを犯す、安全は奇跡の上に在ると考えた方が良い。
そう想ってのハストンの発言だったのだが、
ちゃんと伝わったのかどうだかは判らない。
「ゴレムは『合成原形粘土』の塊。今も昔も言われている泥人形。
依然のであれば、榴弾なら粉々に、徹甲弾なら貫通、で無ければ突き刺さる。
術装弾なら術式の発現がある、ってとこでしょう。」
口を挟む者は居ない。ペロロペルアでさえ。ハストンは続ける。
「徹甲弾なら『跳ね返す』のは解りますが、榴弾や術装弾を『跳ね返す』はおかしいでしょう。
接触はともかく、正確には近接距離で発動するもの。それを跳ね返す?発動させずに?」問いかける様に企業の卓に視線を遣るハストン。
「直感なんですが、法術的要素が絡んでいると思い付いたんです。
で、此処からは後付になるんですが、
単に外殻や装甲で保護されているだけなら、
物理力だけなら耐える事は出来るでしょうが、法術を抑え込む事は出来無い。」
今の処、どこからも異論は挙がってい無い。
「物理力を跳ね返し、尚且つ、法術に干渉する、そんな芸当ができるとなると、これは法術科技術な訳です。」
ハストンの謎解きをペロロペルアは大人しく、しかも真顔で聴いている。今までに無いことだ。
「で、『重複集積描法』とかナントカ言うのにいきあたった、ということかね。」
それまでハストンとペロロペルアの不規則発言の応酬に黙っていたトロウヤの口が動く。
「それで、説明はして貰えるのかな。」
トロウヤの要望に、ペロロペルアはハストンへ手差すことで応とした。
半開きの目からの視線と半開きの目の視線が合わさる。
ハストンの片眉が上がった。
「きょ...、んん。...ハストン中尉、説明を頼む。」昨日の続きの感覚でつい口にしかけたトロウヤ。
そのトロウヤの軽口にペロロペルアの眉間に縦縞ができる。
御指名されたハストンは、
〖この人も何気に、法術関係の話、好きだよな、自分でもちょくちょく使ってるし。〗などと思いながら腰を上げる。
立ち上がり、トロウヤに向かって、
「あー...。『重複集積描法』というのはですね...。」
頭の内で言葉を整理するために一時、口を閉じるハストン。
ややあって、
「簡単に言えば、
術印で術印を描いて、複数の魔術を重ねて同時現出させる方法です。」
説明が足り無いと想ったのか、
「絵画の手法で『点描』というのがあるのですが、ご存知ですか?
点を連ねて絵を描く手法です。」補うために具体的な例を持ち出す。
トロウヤも、それ位は知っていた。
『点描』という名称は知らなかったが。
「似た様なものだと思って下さい。」
雑な補足。
もう少し詳しく、
「点の代わりに術印を使うと考えて下さい。
小さな術印を連ねて次に大きな術印を描く。
一見すると一個の術印に見えますが、実際には二種の術印が描かれている。
これで二つの術を同時に現出させることが出来ます。
それで、これを繰り返せば複数の術を同時に発動、展開することが出来るという訳です。」
術印を微細に描く事が出来れば、微細に出来るほど重ねられる術が増える。
魔方陣回路や魔術付与で同じ様に複数の魔術を展開しようとなると、平衡式や同調式等、アレやコレを調整して編み込むことで術式が複雑になる一方に比べて、単純な術印を組み合せても大きな効果が得られる事が『重複集積描法』の利点である。
だが、しかし、
「大分前に発表された...、だったと思いますが、魔術理論なのですが、
微細工技術の方が追いつかなくて、あまり使われていないようです。」
「有り難う、中尉。『重複集積描法』は解った。
それで、どうして『重複集積描法』だと判ったんだね?特定した理由は?」物足りないのか、元々、聴きたいのがこちらだったのか。
「それは...、」
暫く、ハストンの視線が周遊する。
「正直、直感が過半でありまして...。」
何かを期待されている様な気がするのだが、期待に沿え無い様で申し訳無さそうに前置きするハストン。
「いや、全く根拠が無い事は無いのですが、」
予防線を張る。
「ゴレムが跳ね返したんですよね。砲弾を。」
ハストンが隣の『兜と籠手』社の卓を一瞥する。
流れでその先に視線を遣れば、『双剣と盾』社の片方のシルダが筆記具を忙しく動かしている。
「これが『魔方陣回路』によるのであるなら、展開した防御障壁に跳ね返えされるのであって、中心の本体が、では無い。
『魔方陣回路』では無い手法であることが推察される訳です。」
何やら猛烈に書き付けているシルダの隣ではガルタルダは目を閉じて動かない。偶に開けば忙しく動く筆記具の先に目を遣っている。
ペロロペルアの相方なはずのドレトギャンは素直に感心したような顔を向けて聴いている。
「なら、『付与魔術』はどうかと言うと、『付与魔術』は外からの働き掛けで能力を強化する。対衝撃や対法術効果を嵩上げする。これは何か違う気がするのです。
なので、何か無いかと、偶々ひらめいたのが『重複集積描法』でして。」
言葉を区切り、ハストンの視線はトロウヤで一時停止後、その上へ到着。
「成る程。解った。有り難うハストン中尉。着席してくれ給え。」
トロウヤに労われ腰を下ろすハストン。
大人しく聴いていたペロロペルアは、小難しい顔をしているが、
「...なかなか、かな。
素人にしては識っている様ね。」
何やら、そこそこ高めで評価を下されている様である。
初等科教導員から『大変良くできました』との成績を付けられた様に見えなくもないが。
ペロロペルアの口端がわずかに歪んで見えたハストン。
気の所為か。
ひょっとして、褒めてる?
明日、槍でも降らせるつもりだろうか。
「ありがとうございます。」
心にも無い謝辞を口にする。続けて、
「こちらも驚きですよ、また、古い方法をご存知だとは。」
ペロロペルアが見掛けのまま位の歳だとしたら、『重複集積描法』が発表された時期にはまだ生を享けていなかったはずである。
そう云うハストンもなのだが。
〖『驚異と神秘と奇跡』か...。〗
六と三分の二の機能出力の脳が捻り出す。
そんな処へ、
「リーリッサ・ペロロペルア女史は、我が『兜と籠手』社の技術顧問。社内で数々の発明や新技術を生み出し、今回のゴレム開発、設計にも重要な貢献をしています。
『銀聖獣記念法術科学院』を最年少記録で卒院。『大賢者』の号を持つ才女ですよ。」
そうペロロペルアの正体を明らかにしたのはドレトギャンだった。
『大賢者』は此方側の『博士』号に相当する最高学位称号である。
薄々、そんなことではなかろうかと。
少女が天才で技術者と云うのは約束事だとは、誰かの言葉だそうである。
誰だよ。