その4
王都に在る陸軍省本庁舎、その一画の会議室。
陸軍がこれから導入する「であろう?(仮)」ゴレムの性能試験実施について、初回の会合が開かれた。
この関係者の『顔合わせ』は散会。
マーカー・ハストン中尉と呼び止めたミルドルト・トロウヤ大尉が残った。
席を立ったトロウヤは、掌でハストンに静止の合図を送ると、会議室の中央程に進み出る。
左腕を挙げ、各指を忙しく折り広げながら宙に印を描く。
両手を打ち鳴らすと、
何かが直ぐ脇を通り過ぎる感覚がした。
今居る会議室内に魔術が展開されたのである。
トロウヤが行ったのは代替詠唱法の一つで、身振り、手振りを呪文詠唱に置き換えるものである。詠唱無しに魔術を行使する方法を模索する過程で編み出された。
仕草、動作のひとつひとつに意味を与え、手順に則ることで魔術を発動できる。当然、手順を間違えれば魔術は発動しない。
ハストンはがく然とする。
「方術、使用出来るんですか?」
「?」
今一つ意味を汲み取れないトロウヤ。
ハストンはどうしてか取り乱す。
「本庁舎なんでしょ?
こういった施設って、保安体制が厳しいのが普通じゃないんですか?
対攻勢方術用の『警戒術式』は?
警報、鳴らないの?保安体制どうなってるの?」
これはハストンの勘違いで、勝手な思い込み。庁舎で常時展開されている『警戒術式』は方術に反応して警報を出すのでは無く、方術と発生する幾つかの事象が組となって、警報と防御術式が発動する。
此方で言うところの、火災感知器と報知、消火装置の類いである。
ハストンはこんらんしている!?
ああ、なんということでしょう。つかえないとおもっていたまほうが、じつはつかえたなんて。
ハストンは項垂れ、椅子に崩れ落ちる。
あの時、躊躇わず『盗み見る』を実行すれば良かった。そうすれば...。
悔やんでも悔やみきれない。
まるで血涙を流すかの如き後悔。
何故、『時間を巻き戻す』方術が無いのか。あれば今度こそ間違えない。当人だけが理解出来る決意をするハストン。
端からすれば謎である。
多分、いずれかの脳内物質が溢れているのだろう。
そう言うことにしておこう。
実際に『盗み見る』魔術を行使したところで、直ぐにトロウヤが入室して会議?が始まったのだ、そんな事をしている時間はなかったのでは?
人の記憶と云うものは自分に都合の良い形に書き換えられているものである。
どうしてか口調も崩れ、どういう訳か狼狽え、挙動不審気味なハストンにトロウヤは隣の卓に浅く腰掛けて言う。
「中尉と話をしたいと思ってね、それで呼び止めた。悪いが付き合ってくれ。
それと、これは公式じゃないから、砕けた物言いで大丈夫だ。」
大概、簡単に『悪い』と言う手合いは、『悪い』と思っていないのが相場である。況してや、階級的には上位者だ。今、視線もトロウヤが高い。下の都合なぞ御構い無い。
「何で私なんでしょう?」
「今回、軍関係者は君しかいないだろう?
民間相手に軍関連の話は不味い。」
常識だよと説くように話すトロウヤ。
否、否、他にも居るんじゃないの?仕事仲間とか。同僚とか。
心の声は出さなければ相手に知られることはない。
「改めて自己紹介だ。ミルドルト・トロウヤ。参謀本部付きの大尉だ。好きなように呼んでくれ。」、
大尉の階級章と参謀記章を着けた男が名乗る。
「マーカー・ハストンです。階級は中尉。装甲擲弾兵連隊で小隊長やってます。此方も、どの様にでも。」
中尉の階級章と部隊記章、小隊長章を着けた男が応える。
「まだ固いね。口調、崩して構わないよ。」
親しげに言葉を掛けるトロウヤ。
ハストンは警戒している。安易に誘いに乗れば大概、上から籠が落ちてくる。網でも可。盥もアリか。
「話と言うのは、解っているだろうが、ゴレムの導入の件なんだ。
現場として、どう思う?意見が聴きたい。
模範解答ではなく、現場の本音を聴きたいんだ。そのためのこれでもある。」
トロウヤは親指で宙を指差す。
会議室内に展開された魔術の事だ。
どうやら『遮音』の魔術らしい。
時として本音は要らぬ事態を招くことが多い。だから隠す。表に出さない。出せない。
耳はどこにある?
どこにあるか判らないなら、聞こえなくすれば良い。
『遮音』の魔術はその効果から、機密保持が必要な会話等、外に情報が漏れ出ると不味い事が有るときに使用される魔術。
人は何かと秘密が多い。
音声は空気の振動で伝わる。この事から『遮音』は設定した空間を隔て、接面から先の空気振動を妨害する仕組み。
余談だが、二世代前の『遮音』の魔術は指定空間を、まるごと結界で包み込む手法だった為、長時間展開していると結界内の人間が酸欠を起こすと云う事例があった。
今世代の『遮音』は指定空間の接面を振動させ、指定空間からの音声、空気振動を相殺するという方式である。
「失礼します。」
そう言ってハストンは卓に突っ伏す。
行き成りなハストンの行動に、トロウヤも面食らう。
顔だけを上げるハストン。
「ゴレム...。
ゴレムで部隊編成ですか。
誰もが一度くらい、思い付くんだよなぁ。」
苦いもの、塩っぱいものを口にした様な表情をしている。
「食事、いらない。文句、言わない。眠らない、疲れない、言葉だけなら理想の兵士ですからねぇ。」
ハストンが一瞥する。
「為政者からすれば魅力的だよな。」
同意するトロウヤ。
卓に突っ伏し、顔だけ上げているハストンは半目になって語り出す。
「昔の権力者とか為政者もそう思ったんでしょうね。
歴史書や年代記にも良く出てきますよ。
『ドコソコの王はゴレムの軍団を求めた。』
『ナンタラいう帝はゴレムで兵団を創ろうとした。』なんて。」
ハストンが垂れる講釈にトロウヤも耳を傾ける。
「伝説やお伽話ではダレソレとか云うのがゴレム軍団を率いていた。てのはありますが。まぁそう云うのは夢物語だと思っています。史書の類いでは『創ろうとした』と有っても。『できた』という言葉が見当たら無いんですよ。」
「詳しいね?」
「『オトコノコの夢』らしいですから。」
卓に草臥れた様に伏したまま、余所事の様に答えを口にするハストン。
ぼくがかんがえた、さいきょうのぐんだん。
これさえあればむてき、せかいとういつなんてかんたんさ!
「今までは妄想するくらいで終わっていたのに、まさか、現代になって夢を実現しようとは、
いや、現代だからかな...。」
「どういう意味だい?」
ハストンに続きを促すトロウヤ。
「『合成原形粘土』は凄いって、技術的な話です。」
途中を放り置いて結論を答えるハストン。
「聴かせてもらおうじゃないか。」
食い付きの良いトロウヤ。
再び講釈が始まる。
「古代のゴレムがまるで人間のように動いたと云われてますけどね。俺はその点について懐疑派なんで。
ゴレムの、昔のヤツですね。昔話に出てくる方。」
「ハストン『教授』の講義の続きだな。」
トロウヤは卓から椅子へ座り直す。
茶化す様なトロウヤの言葉だが、嫌味を感じなかったハストンは反応せず続ける。
「例えば、『歩く』なんですけど。
俺達、人の身は事も無げに熟してます。」
ハストンは卓の上で、人差し指と中指で脚の動きを真似る。
「脚が有ることを認識して、脚がどう動くか理解して、歩くための脚の動かし方と重心の取り方を知っている。
これ全部を引っくるめて『歩く』なんです。」
トロウヤは腕を組み黙って聴いている。
「これを無意識で常日頃やってる我々はなんなんだ。ってのはあるんですが。無意識だから簡単だと思うんですかね。
人の姿をしているけど、ゴレムはただの土塊です。泥です、粘土です。その塊。」
やたらこだわるハストン。噛みつかれたことでもあるのだろうか。
「術者がその土塊を歩かせようとするなら、『歩く』の動作を最初から最後まで、どの部分をどう動かす、その際に重心をどこに置く。と云うことをいちいち術式にして、魔術を掛けなきゃならないんです。しかもどこまで歩かせるのか、時間やら距離も考えて。」
そんなのに人と同じ様に歩かせようなんて、どれだけ大変なんだか。気の遠くなりそうな話である。
「『歩く』だけでそんななのに、これに『物を持つ』、『持ち上げる』。『運ぶ』。をやらせるなんて、どういう精神が有れば良いんですかね。『鋼』じゃ無理だ。
況してや『戦う』なんて。
言葉にすれば簡単ですけどね。」
そう言ったハストンの視線があらぬ一点で止まる。
「想えば、言語って抽象的なんですね...。」
独り言の様に呟く。
「え...。あれ...。
...。」
何かに引っ掛りを覚え、トロウヤを放置して考え込むハストン。
「それで、『合成原形粘土』と、どう繋がるんだい?」
突如黙り込んだハストンにトロウヤが声をかける。
「...あ。
...あ、すいません。」
深く沈んだ思考の奥底から急浮上したハストン。慌てて、上半身を起こし続きを始める。
「『合成原形粘土』は掛けられた魔術を記憶する性質、と云うか機能が有るんです。
まさに、『合成原形粘土』があったからこそのゴレム。
今まで、数歩、歩かせるだけでも、いちいち複雑で細かい術を掛け続けなければならなかったものが、たった一度で済む。『鍵言』ひとつで何度でも繰り返せる。」
『教授』では無く『講釈師』の様相を帯びてきたハストン。職業は軍人である。
「これにより、製造行程の省力化が行われ、量産化が可能となり、さらには、ゴレム自体の機能、性能が向上するとともに価格も低下すると云う、良いとこ取り。」
販売促進員だった様だ。
「『合成原形粘土』があるから、軍がゴレムを導入する気になる性能になり、軍が買える手頃の値段になった、と。
だから『合成原形粘土』は凄い。と言うことか」
『合成原形粘土』が『凄い』のは解ったトロウヤ。だが、どれだけ『凄い』のかは、正直なところ、今ひとつ測りかねていた。
「ゴレムかぁ...。
当面、いろんな意味で歩兵科の脅威になりそう。」
ハストンは背中を背凭れに預けてぼやく。
「過大評価じゃないか?
言ってみれば、手足のある戦車だぞ、アレ。
運用面で、戦車より幅があるってだけで。」
トロウヤのゴレムの評価が意外に低い。ハストンには意外だった。
「戦車もゴレムも、弾を跳ね返すための存在。弾除けだ。それ以上じゃ無い。
有り難がる、崇め、奉る、よく勘違いされてるが。」
トロウヤの個人的感想です。用法用量を守り使用して下さい。
「ゴレムの存在意義って、元々、『人』の代わりに『戦う』ですよ。
ゴレムにしてみれば、使命を全う出来て満足なんじゃないですか。
『弾除け』結構。十分です。」
そう言って肩を窄めるハストン。
人の身は脆い。傷つき易い。
だから求める、堅固な体躯。
刀剣で切られようが、槍で刺されようが、矢を撃たれようが、傷つき死なぬ体躯。
人の身で出来ぬなら、他のものにさせようではないか。
「『弾除け』だってんなら、ゴレムはどう使う積りなんです?
もう研究とかしてるんですか?」
ハストンの問いに、返ってきたのは、
「横一列に並べて、敵陣に向かって前進。」
トロウヤは、さも当たり前であるかのように宣う。
「いつの時代の話ですか。現代戦とは思えない運用だな。」
ハストンの異義申し立て。
「これ以上無いってくらい、適正な使い方じゃないか。ああいう類いのモノってのは今も昔も使い方は変わらない。」
トロウヤのはんろん。ぼうろんだ。
青空の元、平原を横一列になったゴレムが前進する光景を想像するハストン。
意外と良いかもしれない。と思う。
オトコノコの夢、侮れない。
しかし、
「何言ってんです。そんな前時代的な運用。ゴレムを何体並べるつもりですか?
それに、その使い方は相手にゴレムの姿が無い前提の運用方でしょうに。」
ハストンは言い募る。
「大体、ゴレムを多数揃えて実戦配備だなんて。
行く行くは兵員の削減、人員整理、軍の合理化ですよね?」
「やっぱり、判るかい?」
重さの無い物言いで答えるトロウヤ。
「『歩兵科の脅威』って言ったじゃないですか。そりゃそうでしょう。『上』が考えそうなこった。魅力的でしょ、ゴレムは給料、要らないんですもの。」
呆れを滲ませて告げるハストン。
「そう言う意味もあったのか...。
ただ訂正すると『上』じゃないな、『上になったら』、だな。」
天井の方を一瞥するトロウヤ。訂正は誰を指すのか。
「ゴレム一体分の購入費。兵士何人分の給料なんですかね?
どっちが安いんだろ。
それとも、お偉いさんの首も、いくつか入ってるとか。」
「おいおい。」
際どいハストンの言葉。苦笑してもトロウヤは本気で止めない。トロウヤも思うところがあるのだ。
「ゴレムってどれくらいの戦力だと見積もられてるんですかね?」
ゴレム一体当たりの戦力評価が判れば、整理対象の数の予想が付く。
「『今度の試験で判断する』、だろうな。」
「そういえば、あのお嬢さんは戦車が必要だとか言ってましたね。」
あのときの遣り取りを思い出したハストン。
「益々、君らの出番じゃないか。」
言葉が出たトロウヤの口端が上がったように見えたハストン。〖あ、知られてるな〗と悟る。しかし、素知らぬ顔をして応えず、話の流れを繋げ変える。
「そもそもの話。戦車が必要そうなシロモノの相手に戦車を使わず、歩兵だけで相手しろというのは、どういうことです?」
ハストンとしては根本からして『おかしい』と言いたいところだ。
「俺の処に廻って来たときには、もう決まっていたな。」
内情を明かすトロウヤ。
トロウヤにしても実行と責任を押し付けられただけと言いたい。
「戦車とゴレムでは、取っ組み合いにしかならない。歩兵なら色々と、アレコレ小細工で相手する。と云う建前が付いてた。」
トロウヤからしても『建前』だと解る建前と云うのもどうしたものか。
「だとして、何で、俺達なんですか?」
「御指名なんだよ、ホント。名指しで。」
「誰です?御指名くださった方は?
是非に、御礼申し上げにお訪ねしたいんですが。」
ハストンの口角は上がっているのだが、それが歪に見える。しかも目が笑っていないという定番付きだ。
教えたら最期、どうなるか面白そうであるが、
「悪い。これだ」
そう言いながら、人差し指と中指を自身の唇に合わせて当てるトロウヤ。その仕草は『口外禁忌』であることを意味する。
軍籍に入る者には、その職務柄、幾つもの制約が課される。本人の意思だけで制約を順守させるのは難しいところもあるため、外から補完する意味でいくつかの魔術が掛けられる。
口外禁忌はその内の一つで、機密情報を外部に漏らさないためのものである。
機密指定は上位者が行うのが常である。
機密保持指定にするまでの内容か?
余程、ハストンに知られたく無いと云うことのようだ。
しかし、これでトロウヤとハストンの因縁はないと判った。が、
「御指名だろ?気になってね、少しばかり調べたよ。今までの戦歴とかさ。」
トロウヤが笑いながら、
「お前さんトコ、看板掛け変えたらどうだい?
『戦車猟兵』ってさ。」
ハストンの表情が渋いものになる。
「あれは道端の拾いもの。狙ってる訳じゃ無いんで。第一、演習で、ですよ。威張って言うもんじゃ無いです。」
「そうかい?公式でも、
過去六回の大演習、二回の『特別』も込みで、戦車の撃破判定をもぎ取ったのが五輛。行動不能判定を与えたのが十一輛。
装甲擲弾兵の戦績じゃないな。特に五輛。撃破は装甲擲弾兵がするここっちゃ無い。」