その33
軍用ゴレム性能試験責任者、ミルドルト・トロウヤ大尉が、
「法術を無効化か.........。」
外した視線を斜め上に遣りながら、
「魔法使いとか魔術師にしたら、嫌な武器だな。」
元々、ゴレム相手に生み出されたもの。
それが対法術全般にも効果が有ると判った。
聴いた装甲擲弾兵第三小隊隊長、マーカー・ハストン中尉が、
「いや。無効化とは、ちょっと違います。」
トロウヤの言葉に異を挟む。
「法術の成立を阻害とか妨害するんで、『無力化』と言う方が正しい。」
するところはそこじゃないだろう。と云う訂正をするハストン。
天然なのか態となのか。偶に出て来るハストンの困ったところ。
「何が、どう違うんだ?
法術が使え無くなるんだ。殆んど同じ意味だ。」
トロウヤが律儀に異議を返す。
「それにしても、法術を打ち消すなんて、魔法使いとか魔術師にとっては脅威だぞ。」
最重要点を指摘。
何しろ、魔術師と魔法使いを、魔術師と魔法使い足らしめている法術を使え無くする。
魔法使い、魔術師達にとって意義を揺るがす。
「そうですかね?
結構、使いどころが難しいと想いますよ。」
製作した張本人であり、使い方を編み出した当人、自身も法術が使えるハストンは、さして重く考えていない。
元々は、ゴレムに仕込まれている法術耐性式、抗法術式を突破する手段として考え出された『お試し(仮称中)』。
薄い金属箔表面に解呪の術式印を描き、裏面に軽い粘着力を持たせたことで、銃弾発射時に銃口で纏わりつかせ術式の展開面を指向させることに成功。
解呪術式が銃弾自体に掛けられる法術へ干渉すること無く、銃弾が得られる効果を十分に発揮出来ると云う夢の様な、
魔術師、魔法使いには悪夢。
使い方次第では、
展開した障壁や結界を突破し、身体(本体)にも風穴を開ける、文字通り『魔術師、魔法使い殺し』と云っても過言では無い、
シロモノ。
障壁、結界を破るだけで無く。現出、展開中のあらゆる法術を、受け身ではなく、積極的に此方から無に出来る。
その価値に気付いたなら、軍需企業は血眼.........じゃ無くて、血走らせて.........では無く、血迷わせ.........は違う。
目の色を変えて食い付く。
だいぶ、遠回りしたな。
統裁所に居る、『双剣と盾』社のブレタ・ガルダルタは、ハストンの『お試し』の有用性に気が付いている。
ただ、まだ対ゴレム兵器としての認識段階。
今回の『緋焔』の魔術を攻撃したところを観ていたなら、対法術兵器への転用可能性に気が付いている。
軍需企業として、これに関心を持たないなど犯罪に等しい。
競合の『兜と籠手』社のエルムト・ドレトギャンは関心は有るようだが。何処まで考えているのか。
共に技術開発者の席、それも責任者の地位を占める、『双剣と盾』社のソーリッド・シルタと『兜と籠手』社のリーリッサ・ペロロペルアは、眉間に皺を作り、途方に暮れた様な顔をするだろうと想像するに難くない。
初めてハストンの『お試し』(実物)を見たときも似た様な顔をしていた。
シルタとペロロペルアだけでは無い。
おそらく、世の(この世界の)兵器技術開発者達が軒並み同じ表情をするに違いない。
なにせ、モノはたかが親指大の、小売店で簡単に手に入る薄い金属箔。
製造費用、掛かった実費の面からも、
彼ら、彼女らがそれまで生み出したものに比べれば子供の工作もいいところ。
それが、ゴレムだけでは無く、全ての法術にとって脅威となる。
こんな、見かけ子供騙しなシロモノが。
その影響力は計り知れない。
ハストン中尉とトロウヤ大尉が、
それまでの法術戦闘の在り方を画期的に変えてしまう、かもしれない(仮定)
と、言う様な話を、
変えてしまいそうな事を為出かした当事者であるハストンと、ハストンの為出かしたことに興味を持ったトロウヤが、結構重大な話をそうとは気付かずに暢気にしているのを他所に、
『緋焔』の魔術、火球の脅威が去った隊員達が、
「舐められてるな。」
「粘土細工風情が、舐めやがって。」
「おかげで、涎だらけだぜ。」
「目にモノ見せてやろうじゃないか。」
聞き流された様だ。
「本気を見せてやる。」
「威力。足りないんじゃないか?」
「集束だ。集束を作ろうぜ。」
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
を地で行く様に、盛り上がりを見せる。
隊員が言う、「集束」とは集束手榴弾のこと。
二つ以上の柄付手榴弾を束ねて、殺傷力、破壊力を強めたもの。
柄付手榴弾はその構造、形状が棒状であることから束ねることが容易。
集束手榴弾を作る事を言い出した隊員が続けて、
「重戦車だって吹っ飛ぶぞ。」
それは幻想。
当たりどころが、
戦車の機関部を覆う薄い部分であるとか、比較的装甲が薄い車体底部だとか(それは昔の話。現行は強化されていて対戦車用爆発物にも平気)、
足回り、動輪や転輪部。はたまた、履帯の繋ぎ目を破壊して擱座させて移動できなく出来ればいい方。
大体、手榴弾だとか、衝撃波と熱で相手を損傷させる手法の兵器というのは、効果が炸薬量に比例。手榴弾位の量では解放された空間での効力は、間近でならいざ知らず、過分な期待。
より効果が望めるのは密閉された空間。少なくとも四方を囲まれていないと期待損。
流行性感冒に罹患して熱に浮かさているんじゃないか位に、高揚した隊員達は、嬉々として柄付手榴弾を束ね、紐で括り、集束手榴弾を作り始める。
しかも、本当に流行り病かなんかじゃないかと疑われてもしょうがないことに、ハストンの本隊側だけで無く、小隊副隊長テドラルド・ラーフグリーフツ少尉の分遣隊側にも感染なのか飛び火なのか、あちこちで手榴弾を束ね始め、こぞって集束手榴弾を作る始末。
しかも、熱で熱が加熱され、更に過熱した様で、隊員達が自分達の隊長、分隊隊長に爆撃の再開を迫る。
始末の悪い事に、隊長等への感染は時間の問題、
どころ、では無かったらしく、既に潜伏中だった模様。発症時期が問題の段階だった。
ハストンの頭の中へ、許可を求める念話が、
――第二分隊隊長エル・シッド= ファルファレア曹長を始めとして、各分隊の魔法使い、魔術師経由で――
押し寄せる。
簡単な言葉で送念して来るので、
内容も似たようなものなのも有り、
言わんとするところをまだ理解できる。
送念は重なり合うと、雑念転じて雑音となるので、何を伝えて来たのか判読が難しくなる。一度に大量の情報量が送られてきても同じ。
人の脳は高性能だが、それだって限界は在る。
しかも、頭に直接送られてくる念話なので、耳穴に指だとか栓を突っ込もうが、両耳を塞いだところで防げるものでは無い。
繊細な人間で無くても、比喩では無く文字通り頭が痛くなる。
眉根を寄せて渋面を作るハストンは念話の形の左手を耳と口許へ当て、ラーフグリーフツへ通信器口に出る様に送念。
ハストンがラーフグリーフツとの通信器を挟んでの遣り取りで、攻撃再開の許可を出すと、通信器越しに『よしっ!』だの『おおっ!』だとか、『ヒャッハー!!』などと云うのが遠くに聞こえる。
ハストンの背後からも、似たような歓声紛いが聞こえて来るのは通信器の不調とかハストン自身の空耳では無い。
攻撃再開について、ハストンは根負けした訳では無いと、否定。
再開の許可を出すのは、元より決めていたと云う。
どちらでも良い。
ラーフグリーフツの分遣隊側、
『零。三。五。』(此方側で云うジャンケン)の結果により、サテササロカ・ラーシュミィ曹長指揮の第三分隊に属する魔術師が、
【.........満ちよ、命じるまま。】
手振りを混じえ詠唱。
上空に、辺り一帯を照らす光が現れる。
「?」
光を現出させた隊員は、自ら展開した魔術に違和感を覚える。
「灯り」の出現を合図に駆け出る隊員。
手榴弾を纏めた集束手榴弾を抱えている。
柄付手榴弾は思ったより重たい。
これを三本、四本と束ねれば結構な重さとなる。何本を纏めたのか、あまり多いと当然、片手では無理。両手で投げ入れることとなる。
前回の「近接戦闘」では一度の手榴弾は多くて四本程度だったものが、今回は、纏めた数にもよるが、単純計算でも倍、三倍以上が投げ込まれる。
そうなると、破壊力もさることながら、反動も大きくなって返って来る。
落とし穴が摺鉢状なこともあり、衝撃を軽減する為にも伏せる等の対処が必要。
トロウヤは、再開された爆弾攻撃を黙って観ている。何か気に懸かっている様子。
ハストンが気付いて、
「何か?」
尋ねる。
声のした方へ視線だけを向けたトロウヤは、直ぐに隊員達の姿へ目を遣ったまま、
「何処か、こう既視感が有ってね。」
口にした後、海より深そうな記憶の底に沈んだ目当てを浚うように黙り込む。
眼前では、穴底に居るゴレムへ向け、隊員が投げ込んだ手榴弾の塊が落ちていくところ。
トロウヤの頭の中で自問自答が進行中。
何処かの訓練風景。投げ入れる姿。何かで見たのか。穴の縁に立つ姿。
「あぁ、そうか。」
トロウヤの脳内検索が終了。
機会を同じくして轟く爆発音。
吹き上がる焔。
黒煙が立ち昇る。
結果をハストンへ、
「中尉は知っているかな?
『火山神』信仰と言うやつなんだが。」
火山神信仰とは、
ひと度噴火すれば、生活へは元より生命への影響が甚大な、猛威を振るう活火山を荒振る存在だと神格化し、崇拝する自然信仰の一形態。
常日頃から、火山が噴火しない様に、又、噴火の傾向が見られれば鎮めるために、捧げ物をする等の祭事儀礼を行うことを主幹としている。
「それと似ていると思ってね。」
以前、トロウヤが視察旅行に同行した時に火山神信仰の祭事に遭遇。その際の儀式で、火口へ供物を投げ入れる光景が、集束手榴弾を投げ入れる隊員達の姿と被った。
言われてハストンも見遣れば、
隊員が手榴弾の塊を抱えて、落とし穴へ向かい、投げ入れる。
終われば、次の隊員達が続いて同じことを。終われば、さらに次の隊員達が。
同じ様式を繰り返す光景は儀式めいている。
ただ、
投げ込む隊員も周りも嬉々としているのが滲み出ている。
高揚して盛り上がるのは祭事につきものではあるが。
ハストンの頭に、
〖すると、穴底に坐せらるる粘土細工様は御神体。〗
という考えが浮かぶ。
確かに厄災だと云う観点からすれば、どちらも近しいか。
もっとも、
火山神信仰の方は荒振る神を鎮める為の儀式。投げ込むのは供物。ご機嫌取り。
だが、こちらは暴走ゴレムを何とか退治しよう、息の根を止め様として、投げ入れるのは爆弾。
〖神は神でも、邪神か疫病神の方だな。〗
遠くに見える都市の灯り。
「北東第二総合演習場」は都市部から大分離れた場所に在る。照明は限られたものしかない。おかげで、演習場を覆う夜空一面には瞬く星々が散りばめられている。
瑠璃色の空に浮かぶ、似つかわしく無い「灯り」を見たトロウヤが、
「期待はしていなかったが、予想していた通りとは、残念だ。」
心の奥底では期待していたからこそ出て来た言葉。微塵も期待していないのなら、態々、口にすることも無い。
本来、
今頃は、今日のゴレム性能試験は終了。帰営を始めているところ。
で、無ければそろそろ終わりかなと云う頃。
ゴレム性能試験だったはずなのに、
確かに、ゴレムの戦闘能力を否応なく見せつけられ、その能力は申し分無く、一寸やそっとで相手が出来無いことは判明した。
今や、本当に厄災だか敵対的存在となった暴走状態のゴレムとの戦いは延長戦へ突入。
隊員達が代わる代わる手榴弾の塊(集束手榴弾)を、落とし穴に嵌ったゴレムへ投げ込むのを観ながらトロウヤは、
「何時まで続ける?」
効果が期待出来無いことが解っていて、隊員達の満足の為だけに行っている今の状態。
将来性は無いし、建設的でも無い。
ハストンの答は、
「二巡くらいさせれば、ですかね。」
それくらいで飽きるか、やや不満が残る程度になるだろうと考えている。
トロウヤは、
「その後だな、問題は。」
目を瞑り、首後ろの髪の生え際を掻く。
ゴレムは落とし穴から出ることは、
――今のところ、と云う、注が付くけれども――
出来無いが、穴底に居ても殺傷力が高い魔術を周囲へ振り撒く。
一方でこちらとしては、ゴレムが好き勝手、うろうろ動きまわるのを、これ以上出来ない様に食い止めることは出来た。それに、ゴレムの凶悪な魔術を無力化する手段も手に入れた。しかし、最大の問題である「ゴレム自体の破壊」どころか、「機能停止」にすら出来無い。
「三目並べ」などで云うところの「千日手」状態。
放ったらかし、と云うのは勿論のこと、ずっとこのまま見張り続ける訳には行かない。
それだけでは無い。
トロウヤは言う、
「月が顔を出すぞ。」
今宵の月齢は十五。満ちた月の夜。
ハストンが顔を顰め、
「法術の効果が強まるじゃないか。」
誰へとも無く口にする。
ゴレムが持つ攻撃手段は魔術。
火球を放つ『緋焔』。それが球電なのが『紫電』。氷柱、氷の塊であるのが『氷鏃』。痺れて動けなくなるのが『麻痺』。
これから、威力が上がったそれらの攻撃性魔術が繰り出される。
元より殺傷力の高い魔術が威力つゆだ.........では無く、増し増し。
ただ、威力が上がるのはこちらにも言えることで(つゆだくのことでは無い、為念)、防御性の法術も強度が上がるのが救いと云うところか。
しかし、
高威力な法術が飛び交う戦闘は巻き込む周囲への影響も甚大になることが多い。
傍迷惑。
トロウヤが、
「明るい内に決着をつけられればよかったんだが。」
未練がましい今更な言葉を吐く。
苦いものが口に広がる顔のハストン、
「ったく.........満月だってのに、暴走しやがらなくて.........。」
頭の中を、巨大な満月が占める。
「そうだよ。」
繋がらなかった点と点が結びついた、とか、
「満月だよ。」
忘れていた失せ物がひょっこり見つかったとかの
「満月じゃないか。」
顔をする。




