その32
前涼期も後半、秋節より前とは云え、陽が沈むのも早くなる。
陽は姿を隠しても、名残が空を薄く朱色に染め、反対側の空では瑠璃色が滲み始めている。
それでも、この時期は陽射しがまだ強い時期もあってか、辺りはまだまだ明るい。
装甲擲弾兵、第三小隊副隊長テドラルド・ラーフグリーフツ少尉指揮の分遣隊側から、四人の隊員達が腰を屈める様にして一斉に駆け出す。
各分隊から二名一組、分遣隊側から都合四人。
教練通りであれば、投擲手は身を屈めた姿勢で対手へ接近。
出来れば障害物を利用して、身を隠しながら距離を縮めるのが望ましい。
投擲手が投擲距離へ進む間、味方は対手の阻止攻撃、射撃を妨害、制圧するため、火器による支援を行う。
阻止射撃を阻止するために、阻止射撃を行う。ややこしい。
教練通り、隊員が屈めた姿勢で進み出ても、支援の射撃が行われる様子は無い。
摺鉢状の穴の縁、少し手前に到着する四人の隊員達。
上半身を起こし、手にしている、安全装置を解除した「柄付き手榴弾」を次々に穴へ投げ入れる。
穴の奥底で閃光が瞬く。
重なり合う爆発音と伴に穴から黄味が強い赤い色の火柱が立ち、黒煙が巻き上がる。
第三小隊隊長マーカー・ハストン中尉が指揮する本隊側から、二人の隊員が腰を屈める姿勢で「穴」へ近付く。
手榴弾を投げ入れた先の四人は場を譲る様に分遣隊側へと退く。
穴から少し距離を取る二人の隊員。
一人は下手から放り投げる様に。
手榴弾は山形の放物線を描いて穴へ。
もう一人は上手から手榴弾を投げ入れる。
違う放物線を描いて、手榴弾が落ちて行く。
落とし穴は摺鉢状。
放り込めば必ず底へ届く。
起きるのは先と同じ。
未だ燻ぶる奥底で爆発音と伴に閃光が生まれ、火柱が上がり黒煙が舞い上がる。
今度は分遣隊側から、先とは別の面子の四人が倣う様に屈めた体勢で駆け出る。
手榴弾を投げ終えた本隊側からの一人が、四人へ向けて片手を軽く上げる。
一瞬、視線を向けるのもいるが、四人は特に返さない。
二人は本隊側へ戻って行く。
縁に近付いた四人の内、
手榴弾の安全装置を解除する隊員が、
「見られたかな?」
上手から投げ入れた手榴弾の軌跡を視線で追う隊員は、
「ありゃ、説教だな。」
視線を交えることも無く、小声が交わされる。
本隊側から入れ替わりに新たな二人の隊員が駆け出してくるのが視界に入る。
分遣隊側へ踵を返す四人の隊員。
ただ淡々と、定期的に繰り返される爆発音だけが辺りに響く。
統裁所では、
「酷い。」
小さく零したのは、軍需企業最大手『兜と籠手』社のリーリッサ・ペロロペルア。
俯瞰で映し出されている映像の中で、落とし穴の奥底で手榴弾の洗礼を受けている問題の暴走軍用ゴレムの開発責任者の少女。
言葉は穴底のゴレムへ感情を寄せて、では無く、手榴弾を投げ込む「えげつなさ」を評したもの。
同じ映像を観ている、競合する軍需企業『双剣と盾』社のブレダ・ガルダルタは、胸元で組んだ腕先の右手人差し指で顎を軽く掻きながら、
「お遊びだな。」
聞こえるか聞こえないかくらいの小声で、隣の同じく『双剣と盾』社で軍用ゴレムの開発責任者のソーリッド・シルタへ語り掛ける。
シルタは顎を載せた右手の肘を左手で支える姿勢で、
「何もしないで居るよりは、と云う感じでしょうかね?」
推測を口にする。
ペロロペルアと同じ兜と籠手社のエルムト・ドレトギャンはその傍で、腰の後で手を組み、上半身を乗り出す様に映像を観ている。
隊員達が、黙々とひたすらに爆撃を行うのを見ていた、隊長のハストン中尉。
部下の隊員達の矜持、部隊の名が示す「擲弾」を行えないことに、隊員達が不満を抱いていることを理解していた。
その一方で想うのは、
勇気と無謀は違う、とはよく言われる言葉。
なのに何で、そんなに無謀をしたがる?
雷の塊や、火焔や氷柱等と云う危ないものを数投げつけて来る様な相手と正面切って遣り合うなんて、
一番最善な無傷は奇跡の範疇。負傷は負って当たり前。軽傷ですら奇跡。重傷でも感謝。命を取り留めれば儲けもの。
球電、火球、氷柱は命を刈り取る大鎌。
そんな相手に真っ向勝負など狂気の沙汰。
それが解っていて、何で、無謀なことをしたがる?
マーカー・ハストン中尉は装甲擲弾兵連隊、第二大隊、第三小隊の隊長。
益と引き換えに命を差し出させるのは、軍人として指揮官としては間違ってはいない。
ならば、無益な死を隊員達に強いるのは間違い。
間違いだろうと無かろうと、人としては死地へ行かせることはしたくないのは本音。
只でさえ少ない、数に限りのある人的資源を、少しだろうと減らす訳には行かない。
隊員を「使い捨て」、消耗品扱いにする様な贅沢な指揮は行えない。
冷徹な計算もまた本音。
今、ゴレムは落とし穴の奥底。
漸く安全圏とも云える位置からゴレムに対峙出来る。
今のゴレムの境遇を我が身に置き換えれば、卑怯だのなんだの云うところだろうが、自分に有利な位置から相手を攻撃するのは戦いの常道。
戦いと言っても試合では無い。
有るか無いかが懸かっているのは生命。
此方側での、
戦争で劣勢に立たされた側の軍人が漏らしたと云われる言葉。
「不公平だと思わないか?
向う(敵方)には大砲も飛行機も戦車も一杯有るのに、我々には、それらが無いんだ。」
我に有って、彼に無い。
その時に自分のことを卑怯だ、不公平だと言うのは希少。
彼我完全に公平だとしたら、行き着くのは、何時までも終わりが無いか、相討ち。
これまで、ゴレムへ真っ向から挑むなど、問答無用で特殊昇進必至だった。
未だ油断はならないとの但し書きが付くものの、それでもゴレムへ卑怯だの悪辣だの云うくらいの差を付けて、どうにか互角位には持っていけたと改善されたことで、ハストンは漸く手榴弾による爆弾攻撃、「近接戦闘」を解禁する気になった。
まぁ、「近接戦闘」を解禁したのは隊員の不満解消と云うのが狙いで本音。
今なら少しくらいの無謀なら目を瞑っても大丈夫そう。
ハストン側から新たな二人組が穴へ向かい、ラーフグリーフツ側からの四人が撤収を始める。
「警戒!」
声が上がる。
声の許はゴレムの様子を見張っていた隊員。
燻ぶる穴底に異変を看て取る。
穴の付近に浮く様に火球が出現。
落とし穴を挟む形で展開する第三小隊に緊張が走る。
隊員達に既視感。
前にも見たことのある、似たような光景。初めて見たあの時は球電。
今度は火球。
続いて起こる出来事を知っている。
分遣隊側へ戻る四人の隊員達の足が早まる。
同じ頃、
「退避!」
ハストンの本隊側から声が掛かる。
声の主は第四分隊隊長、オラソイオ・エネネエイナ曹長。
爆撃に向かった二人の隊員達の直属の指揮官。
退避の命が掛かれば、直ちに引き返さなければならない。
だが、
穴へは未だ少し距離が在る二人の隊員は、それ以上進むのを止めたものの、折角の機会を放棄するのは勿体ないと判断。その場に留まり手榴弾の安全装置を解除。
その間にも、火球の数が増える。
「健在かぁ。」
穴の上に浮かぶ火球を見てぼやくのは、今以て、軍が採用を考えるゴレム性能試験責任者の肩書を負うミルドルト・トロウヤ大尉。
今や最前線と名を変えても通る現場へ、追加の弾薬を運ばせるついでに、自ら立てた、ゴレムを「落とし穴へ落っことしてしまおう」案の説明に出張ったトロウヤ。
以来、その実行の成否を見届けるところから此の方、ハストンの本隊側から第三小隊の活動を観ていた。
ゴレムが、数波に渡る爆撃に反応する様子を見せなかったことに、トロウヤも、「ひょっとすると」、「もしかして」のくらいの、する方が間違いの期待を欠片ほどに抱いた。
が、変わりないことを見せつけられては、欠片もさらに粉砕されて霧散。で、先の言葉。
実のところ抱いた期待は、淡いどころか、「なったらいいな」寧ろ「そうあってくれ」の強い願望の反面なのは無自覚。
穴底に坐す粘土細工氏は、迫撃砲弾の直撃を喰らっても平然として居る存在。
手榴弾の集中爆撃を見舞われたところで、痛くも痒くもないだろう。
ゴレムに痛いだの痒いだの覚知する機能を、わざわざ持たせる酔狂なことも無いだろうが。
隊員は、少し距離が有る穴へ向かい、手榴弾を持つ腕を力を込めて振り抜く。
穴の上では十二の火球が横並び環状に滞空。
手から離れた柄つき手榴弾は、やや横回転しながら、穴へ消えて行く。
滞空する火球が円環状に回転を始める。
手榴弾の行く先を見届け、穴への視界をそのままに、本隊側へ後退る隊員達。
穴から爆発音が響き、円環状の中心を突き破る様に火柱が上がる。
立ち昇る黒煙を取り巻く様に回転する火球。
回転は速度を増し、見た目火焔の輪。
黒煙は勢いに巻き込まれ、細く捻り絞られ霞み消える。
隊員達がその時に備えて身構える。
装甲兵員輸送車を盾にする隊員は、その陰へ身を寄せ、魔法使い、魔術師は法術式の構築が佳境に。
装甲車の陰に隠れていても、勢いがどれだけのものか解る、火焔輪が上げる激しい風音が耳に届く。
銃声が響く。
火焔の輪へ注意を向けていた隊員達が反射的に発砲音の発生源を探す。
再度、銃声。
火焔が為す輪の勢が弱まる様に見える。
希望が見せる脳内補正では無く、勢が弱まったのが目に見えて判別出来た。
回転していた火球の数が減少。動きを目で追える。
トロウヤ大尉が見つけた発砲音の発生源は、装甲兵員輸送車の天板の上。
銃を構えた隊員の傍で、ハストン隊長が手ぶりを混じえ指示している。
隊員は小銃に持ち換えたエエレ伍長。
発砲音と火球が減少したことの関係性は直ぐに結びついた。
「中尉。何をしたんだ?」
興味を引かれたトロウヤがハストンへ問う。
ハストンが返したのは、
「試してみるものですねぇ。」
残った火球が円環を離れ、速度を持って打ち出される。
装甲車前の地面が盛り上がり、土壁を形成。
魔術師、魔法使い達が『障壁』を展開。
エエレ伍長が発砲。
全て対処が間に合った事もあって、今回は装甲兵員輸送車が意地を発揮するまでのことにはならなかった。
トロウヤが求める答とは違う応えがハストンから返って来た。
トロウヤが知りたいのは、「何をどうしたのか」である。
ハストンは天然なのか態となのか。
再度、トロウヤは落ち着いた声で、
「火球を。
何で?
どうやって?
消し飛ばした?」
内容は変わらないが、より具体的な答を求める問い方へ換えて訊問。
繰り返すことで、
訊いた事へ答えろ。他のどうでも良い答はするな。
との言外副音声付き意思表示。
主犯のハストンが自供したところに拠れば、
ハストンが自ら作製した解呪呪符
――例の『お試し』――
が、ゴレムに施されている法術耐性式に、曲がりなりにも効果が在ったことが判明している。
ならば、
構築途中を含め、稼働している法術に対しても効果が在るのか、加えて効果はどんな形なのか気になった。
と云うのが犯行の動機なのだと言う。
現出した火球は物理的存在だが、存在の維持や滞空、ましてや回転させている移動、運動などは法術が支えている。
この法術部分を解体、妨害してしまえば、火球は移動は勿論、そもそもの存在する手段を失う。
ハストンは、
「積み木で塔を組み上げている最中に、横から物を投げつけてバラバラに崩す様なもの。」
だと、例えて解説。
この例えでトロウヤは直ぐに理解。
供述には、
「エエレ伍長が居なければ、実際に試してみようとは思わなかった。」
などとも付け加えたハストン。
エエレ伍長は、狙った標的は外さない「魔弾の射手」の魔法を使いこなす、狙撃に特化した魔法使い。
なる程と思わせるハストンの供述だが、トロウヤは騙されない。
エエレ伍長でなくとも、誰でも良かった。のはお見通し。なんならハストン自ら手を下す。
トロウヤは見透かす。
だろうな。
と云う事をハストンも解っている。
長くは無い付き合いでは在るが、お互いを何となくだが把握していた。そんな気がしていた。
ハストンもトロウヤも気付いてい無い。
軍には、弾頭部に魔術式が仕込まれている「術装弾」という砲弾が、既に存在している。
「術装弾」に対するのが「物理弾」と呼ばれるもので、弾頭部に、炸薬類を詰め込んでいる「榴弾」。硬度の高い物質を弾頭にしている「徹甲弾」などがこれに当たる。
榴弾はその爆発時の衝撃、圧力で、殺傷力を高めているのなら内包物を周囲に撒き散らし対象を破壊、殺傷する。
徹甲弾は、戦車、装甲車等が纏う硬い装甲を貫き、対象(主に前述の戦車や装甲車)を破壊することを目的としている。
装甲を、展開する障壁、結界ごとぶち抜くため、弾頭に抗法術式を刻んだ「特殊徹甲弾」は便宜上、物理弾に分類される。
術装弾は魔術式を弾頭とする砲弾。着弾と伴に魔術を現出する。
込められている術式により、
火災を起こすことを目的の「火蜥蜴」、大量の水を現出させる「水精霊姫」、着弾地点周辺を凍てつかせる「霧氷の巨人」等の術装弾がある。
法術を解呪、打ち消すためだけの術装弾頭は、それまでのところ存在していない。
法術を混じえた闘いの中で、
相手側の法術を、そもそも現出させない
という考え方は出て来なかった。
魔法使いや魔術師が、対手の攻撃性法術から防ぐ為には、防御性法術である障壁や結界を現出させるのは常套、一般解。
あるいは、
現出する事象には、事象を現出させて正面からぶつけて対抗する。
例えば、
現出した火であれば、水を現出させて消す。
水流には水流をぶつけ、風の刃には風向きで逸らす、と云う力技で。
というのが、それまでの主流な考え方。
法術を元から現出させないというのは傍流も傍流。それまでにも存在していた可能性は在るが、表舞台にはついぞ登場しなかった。
それが、表に出ようとしている。
かも知れない。




