その31
第三小隊隊長マーカー・ハストン中尉の指揮する本体側と、小隊副隊長テドラルド・ラーフグリーフツ少尉が指揮する分遣隊側の二方向から雨霰と銃弾を浴びていたゴレムは行きつ戻りつを繰り返している。
逃げ惑って右往左往している様に見えるが騙されてはいけない。
あれは回避行動。
本隊側、ハストンの側からの投弾量はほとんど変化は無い。
一方、分遣隊側からの銃弾は少しづつ減っている。銃声、機関銃が射ち出す音が疎らになると伴に、飛んで行く弾丸の数が減ってゆく。
本隊側からの圧に比べ、分遣隊側の圧が低下。
圧が少ない方へと移動しようとするのは自然なこと。
次第に散発的になる銃声。
二輌の装甲兵員輸送車が動き始める。
微速でゴレムから距離を取るように移動。
その間にも装甲車搭載の機関砲は短い連射をゴレムに掛ける。
ゴレムも変化に気づいたようで、分遣隊へ向かって、慎重なのか、恐る恐る進み出す。
移動を促すように、本隊の弾雨は執拗にゴレムを付け狙う。
ゴレムも本隊からの攻撃を鬱陶しいと感じているのであろう、それまでの行きつ戻りつが、行きが七分、戻りが三分になる。
分遣隊はじりじりと後退。
銃弾がゴレムへ向かう。
それまで銃弾を食い止めていた証の小さな瞬きの魔力光とは違う、大きな魔力光が煌めく。同時に、雷が落ちた様な大きな乾いた破裂音がする。
法術による攻撃。
放たれた法術は「炸裂」系。
任意の場所で瞬時に大きな「力」を解放、衝撃を生み出し周囲へ打撃を与える。
ゴレムの体躯に施されている法術耐性だろう術印が「炸裂」の法術を拒んだ。
発生した衝撃も、同じく施されている物理耐性の術印が打ち消して、殆ど、では無く、全くと云う程にゴレムへ打撃を与えていない。
じりじりと退る分遣隊から、魔力光の塊が二つゴレムへ向けて飛んで行く。
「光弾」の法術。
凝縮した魔素を速度に乗せて射ち出す法術。
これも、硬質の物がぶつかり合う音と同時に、一際大きい二つの魔力光の煌めきを出現させたに留まる。
ゴレムの法術耐性に阻まれ効果を成さない。
装甲車の陰で様子を見ていたハストンには、ひとつ判ったことがあった。
ゴレムに刻み込まれている法術耐性は、「解呪型」では無く、「抵抗型」だということ。
ハストンは、ゴレムの法術耐性が抵抗型だと予想していた。それが裏付けられた格好。
法術耐性が解呪型だと物理耐性の術式に干渉し、物理耐性の効果を低下させる恐れが在る。
物理耐性を活かすなら、法術耐性は抵抗型だと踏んでいた。
後は、その抵抗型の強度がどれくらいなのか判れば、ゴレムを何とか出来る道筋が開けるかも知れない。
後退を続ける分遣隊からゴレムへ向けて「光弾」が飛ぶ。
ゴレムの周囲に乾いた破裂音と硬質なものがぶつかり合う音。音と伴に煌めく魔力光。
一見するとゴレムに着弾しているように見えるが、実際には法術耐性に阻まれ薄皮(?)一枚で弾かれている。
ゴレムも正面からの攻撃が法術だけになったことに気付いた様で、まだ警戒しているのか動きは鈍いが、着実に距離を縮めようとしている。
ゴレム自身には法術による攻撃など、蚊に舐められる未満の効果しか無い。
そこへゴレム正面の分遣隊から、装甲車搭載の機関砲の短い連射が掛けられる。
ゴレムの前面で弾丸を弾く魔力光が灯っては消える。
ゴレムは、正面の分遣隊が脅威では無いと判断したのか、飛来する「光弾」や「炸裂」を歯牙に掛ける様子も無く、確実に分遣隊へ向かい歩みを進める。
ハストンはもう一押しが必要だと考える。
ハストンは右掌人差し指と小指を立て、腕を肩の高さで真っ直ぐに伸ばすと、片眼を瞑り、指先の間を見る。
片眼で見ながら、伸ばしたままの右腕を右から左方向へ、ずらす様に動かす。この動作を後二回ほど繰り返し、左手親指を耳許、小指を口許に持っていく。
目を開けていても何も見てい無い、遠くでも近くでも無い焦点の合わない目をするハストン。
やがて、
ゴレムの少し後方に爆発が起こる。土礫を巻き上げ、火焔と黒煙が立ち上る。
一度目がまだ燻ぶる少し間を置いて、二回目の爆発がゴレムと始めの爆発の中間点で起こる。
続く三発目がゴレムの間近に着弾。
そして四発目以降が倣う様に次々にゴレムを襲う。
ハストンは、少し離れた場所で迫撃砲陣地を構える第一分隊隊長クロゾ・ロドエイ曹長へ、「念話」を介して攻撃を命じた。
ゴレムを追いやり移動させたことで、以前の照準値が使えず、結局、三度も修整。
漸く撒布界に捉える。
命中は拘らない。狙いは移動を急かせること。
行きつ戻りを止めさせて、前へのみ進ませる。
ゴレムが嫌がって、さっさと動き出しさえすれば良い。
甲斐あって、次々に降り掛かる迫撃砲弾から、ゴレムはにじり出る様に動き始める。
〖もう少し、もう少し。〗
〖あと、少し、もうちょい。〗
ゴレムの動きを注視しているハストンと、もうひとり、
軍のゴレム採用を目的とした性能試験責任者の肩書が有名無実化したミルドルト・トロウヤ大尉。
自分が立てた案が成功するか否かを、この目で直接見る為に現場に残った。
ゴレムの動きに焦れる。
後少しで成否が判る。その少しがなかなか解消されない。
ゴレムの動きに、ハストンとトロウヤ以上に焦れている上に緊張まで上乗せで強いられているのがクゥクフリュラ兵長とエデッタ一等卒。
なにしろ、今回の「肝」で在り、成否の鍵を握っている。
失敗は許されるかも知れないが、責任は重大。
エデッタは、左掌の親指と右掌人差し指、右掌親指と左掌人差し指を結んで枠を作り、その枠にゴレムの姿を収め、
【普遍の存在に求むるは命に従うこと。幾星霜を夢中の瞬きに転ずる。隆あらば沈むは道理。形を造る。万尺の高嶺は千尋の谷を生む.........】
呪文を紡ぐ。
ラーフグリーフツの分遣隊から、複数の「光弾」が一斉に放たれると、分遣隊は移動速度を引き上げ、一気にゴレムとの距離を離す。
迫撃砲弾の着弾地点とゴレムの背中との距離が開き始めた。
左掌を「念話」の型にしたまま、焦点の合わない目になるハストン。
ややあって、着弾が止む。
ゴレムが周囲から取り残された格好で孤立。
エデッタ一等卒が、
【.........裾と頂きは対を成す。その起こりを顕せ。】
詠唱を結ぶ。
式の完成。
分遣隊の眼前までを含む、ゴレムの足元の地面が広域に渡り陥没。
足元を失ったゴレムが一瞬、中空に置き去りにされた、かに見えたのは気の所為か。
空いた穴へゴレムが吸い込まれる。
陥るゴレムの腕が縁へ手を掛けようと伸びる。
【.........顕せ。】
クゥクフリュラ兵長が右掌人差し指と中指に親指を揃えて宙に印を描きながら呪文を結ぶ。
式を完成させる。
陥没の範囲が更に拡大、深さも増す。
ゴレムが狙った縁が崩れ、伸ばした手は空を掴む。
それでもゴレムは驚異的な反射速度で縁へ手を伸ばす。
クゥクフリュラとエデッタが陣取る装甲車同士の間の直ぐ近く、赤味がかった大きな火球と耳をつんざく轟音が発生。
伸ばしたゴレムの手が弾き飛ばされる。
手が飛ばされる勢いで体躯も持っていかれ、崩れた体勢から取り戻すことができず、ゴレムは穴底へ。
装甲車の天板上からゴレムを常に警戒、狙っていたエエレ伍長。
直感ながらの咄嗟の判断。
余程、集中したのか、呪文を紡ぐのを忘れて、引き金を引いた。
ハストンが落とし穴へ向け、指先で印を宙に描き、
【.........均せ。均しく。周りに倣え.........】
仕上げをする。
ゴレムが登って来ない内に、穴の内側を素早く固める。
磨いたように滑らかに、ほんの僅かでも引っ掛かりが無い様に。
演習場の「地形」が変わった。
広大な「北東第二総合演習場」の一角に、大き目な摺鉢状の深い谷底が出来た。
その中にゴレムが居る。
統裁所で、
映像を食い入る様に観る統裁所の職員達。責任者のトロウヤがいつの間にか出て行った。
気付けば「重し」が不在の組織というのは弛むもの。
「夢でも見ているんじゃないか.........?」
と、口にする者は殆んど居無い。
口にする者は余程、法術とは縁も縁も無い者。
この世界で、それは極少数。
俯瞰の視座で一部始終を観ていた、『兜と籠手』社のエルムト・ドレドギャンは純粋に驚いていた。
ドレトギャンとは「父親と娘」程の歳差。それでもゴレムの開発責任者であり、立場は同等若しくは上かも知れないリーリッサ・ペロロペルアも同様。
但し、驚いたところが違う。
映し出されている映像を観ていたペロロペルア、
「仕事。間違えているんじゃない.........?」
眉間に薄い皺を作り、小さく呟く。
軍でも河川に橋を架けたり、爆薬で岩や山を吹っ飛ばしたり切り崩したり、砦や要塞を造成する専門の技術職の兵科、「工兵」というものが在る。
それはそれとして、
「歩兵」(「装甲擲弾兵」もこの括り)も塹壕を掘るなど、簡単(と云って良いか?)な土木仕事をすることはある。
が、
地形を変えるまでのことはし無い。
それなりの階位の魔法使い、魔術師を多く抱えるということは、出来ること、やれることが手広ということ。
ハストンの第三小隊が「おかしい」というのは否め無いが。
「風評被害だ!」
そう言うハストンの幻聴が聴こえた気がしたペロロペルア。
同じ映像を観ていた、『双剣と盾』社のブレダ・ガルダルタも、
〖建築、建設界隈なら、引く手数多だろうなぁ。〗
呆れ混じりの感想を抱く。
その横で一緒に観ていたソーリッド・シルタは手際に感心。
「詠唱」が不可欠な魔術を第一段階。心象だけで事象を現出出来る魔法を、援護を兼ねて第二段階とする。
兎に角、落とし穴の構築が最優先。
俯瞰する映像の中で、
摺鉢状の谷底のゴレムは出口なのか行き場所なのかを探して、彷徨いているように見えた。
ハストン中尉の本体側は射撃を止めていた。ラーフグリーフツ少尉の分遣隊側も休止。
ゴレムが谷底で、視界から消えた。
エエレ伍長以外、狙いを着け様が無い。
エデッタ一等卒は崩れ落ちる様に座り込む。
肩を大きく下げ、息を大きく吐く。
吐き出した息に見合わせる様に背が丸まる。
その様子を観ていたクゥクフリュラは腰に手を当て、平気な顔をしている。余裕が有る様に見せているが、強がり。
気を抜けばエデッタと同じ目線位置になりそう。
階級的にも軍生活の先輩としての矜持故。
装甲兵員輸送車の天板上の隊員達は、摺鉢底のゴレムを良く見ようと立ち上がり目を凝らす。
ゴレムの姿を見ようと装甲車へ登ろうとする隊員も現れ、分遣隊側では隊務長のテェエアス曹長や本体側は次席の副長、デサーウス軍曹が、
「天板が抜ける。登るな!過積載だ!」
注意。
本当に天板が抜けようものなら、「装甲兵員輸送車」の名は返上。設計を一からやり直すべき。
天板へ上がれない隊員は踵を上げたり、背を伸ばして覗き込もうとする。
ラーフグリーフツの側も同じ様。
装甲車の天板上は特等席扱い。
「良くやった!」
労う言葉をかけたのはトロウヤ。
エデッタは立ち上がろうとするが、トロウヤは制する。
最初に駆けつけて、褒め言葉のひとつも掛けるべきのハストンはと、その姿を探すクゥクフリュラ。
ハストンが指揮車で何かしているのが目に入る。
無線器を使っている。相手はラーフグリーフツ副隊長だろう。
「オル!」
ハストンが声を張り上げ、第四分隊隊長オラソイオ・エネネエイナ曹長を呼ぶ。
気付いたエネネエイナが振り向くと、手招きするハストン。
エネネエイナは指揮車へ向かう。
エネネエイナへ命令を伝えるハストン。
聴いたエネネエイナが喜色を浮かべたのが離れていても判る。
通信を終えたハストンはエネネエイナと連れ立ち、トロウヤが立つ傍へやって来る。
トロウヤの傍で座り込んでいたエデッタ一等卒が、「疲れた」と書いた顔でハストンを見上げる。クゥクフリュラ兵長は精神的疲労を隠す済まし顔で立つ。
「良くやった。上出来だ。」
ハストンは遅まきながらエデッタとクゥクフリュラへ声を掛ける。
疲労色の表情のクゥクフリュラとエデッタの口許が緩む。
「やったじゃないか!」
二人が属する第四分隊隊長のエネネエイナも言葉を掛ける。
トロウヤが、
「これで当面は、ゴレムが好き勝手するのを妨げることは出来た。
これは大きい。」
意義を強調する。
それしか強調出来るものが無い。
というところが問題なのだが。
ハストンが、トロウヤの言葉を引き取り、
「かと、言って、このまま見世物として見ているだけでは能が無い。」
続け、エネネエイナへ目配せ。
エネネエイナが第四分隊の軍曹を呼び出す。
第四分隊隊長エネネエイナ曹長と軍曹が揃ったところでハストンが、
「近接攻撃を解禁する。」
伝える。
エネネエイナには事前に伝えていたが、改めて第四分隊へ通達。
近くでハストンの言葉を耳にした隊員達の口許から歯が覗かせる。
覗き出た歯の「犬歯」が目に付く。
「班を組むぞ。」
エネネエイナが周りの隊員達へ告げる。
クゥクフリュラとエデッタの視線がハストンへ向き、揃って自分を指差す。二人の眉間には軽い皺。
ハストンはエネネエイナを顎で指して二人へ返す。




