その30
この世界では、
「魔法」と「魔術」は、「似て異なるもの」と区別されている。
魔法も魔術も共に、
呪文を唱えて、事象を現出させる。
一見、同じことの様に見える。
だが、
魔術は、
世の理を利用して事象を現出させる。
のに対し、
魔法は、
事象を創り出して、世に押し付ける。
と云う違いが在る。
また、「似たもの」と誤解を生む原因となった、心象と言葉、儀式の関係。
魔術は、呪文を唱えるとともに、心象を想い描く。
魔術での呪文や儀式と云ったものは、言葉と特定の行為で、魔素を操作する、魔素に振る舞いと役目を与える。
これらを補完する為なのが、心象。
事象を内で想い描く事で現出をより確かなものとする。
魔術に於いては、言葉と行為が「主」であり、心象が「副」あるいは「従」。
これに対して、
魔法は、そもそもが心象だけで事象を現出させることが可能。
呪文や儀式を必ずしも要としていない。
心象で魔素を操ることが出来る。
別の言い方をすれば、
心象を魔素に押し付けることが出来る。
しかし、心象だけでは不明瞭な部分が多い。
人が頭の中で想い描くものは、焦点こそ細密であるが、その周りは意外にぼやけていて、あやふやなことが多い。明確な象を作り上げるのは結構難しい。
そこで、言葉に依って心象を補完する為に呪文を唱える。より確かなものにするために呪文/言葉や儀式/行為で補強。
心象が「核」で、呪文や儀式が「助」。
魔術は、感性の有無、差異は有るが、基本、誰でも学習次第で術を使うことが出来る。魔術は技能。
一方、魔法は、と云うと、これは先天的な能力。頭に想い描く心象だけで魔素を操作。事象を現出することが出来る。
魔術と魔法で使用される呪文には、魔素に言うことを聞かせる、魔素に役割と振る舞いを与え、使役する効果が有ると判っている。
魔術にとっては呪文の詠唱は必須である。
本来、呪文の詠唱を必要としていない魔法が呪文を使うのは、呪文を口にする事で心象を補強、確とし、尚且つ、心象と呪文で魔素の働きを厳格に縛る、細密に行う、という「利」が魔法使いに有る為。
この世界には、
魔術と魔法が、当たり前に存在。普段使いされている。
この魔術と魔法、「法術」と云う叡智をこの世界の人間にもたらしたのは「銀聖獣」だと言われている。
伝説である。
「銀聖獣」がどのような姿形をしていたのかを始め、詳しいことは伝説にも残っておらず、ただ、
「『銀聖獣』がもたらした」
とだけ伝えられている。
なので、遺る絵姿や行動は皆、後世の連中が好き勝手に想像の産物。
この「銀聖獣」が魔術師の祖と言われるファアルトゥリエへ教えたのが魔術の始まりだと云う。
伝説。
ファアルトゥリエはこの世界の実在の人物で、二千五百年前の人。法術研究の最高峰学術機関、「銀聖獣記念法術科学院」の創始者、またはその一人だと判っている。
歴史に名が遺っていると云うことは、法術に関して貢献したことは事実なのだろう。
さて、
魔術に関して、「銀聖獣」云々関連とは別の、魔術の始まりには、表で語られることのないもうひとつの逸話が存在する。
その逸話では、魔術の始祖としてファアルトゥリエは出てくるが、「銀聖獣」は影も毛一本も出て来ない。
以下その逸話。
或る日、陽が落ちた後、夜の帳が空を覆う。
家の中でファアルトゥリエは灯を探していた。
家の中は真っ暗。
手探りで、恐る恐る探した。
その最中、どういう訳なのか、足の小指を家具に思いっ切りぶつけてしまう。
(硬くて重たい物を足の指に落とした。とも言われている)
その衝撃とあまりの痛さに「声」、形容し難い奇声を発した。
瞬間、部屋の中は光に照らされ、明るくなった。と云う。
再び暗くなった部屋でファアルトゥリエは独り悶絶のたうちまわる。
漸く痛みが引いて余裕が出来、不思議な現象が起きたことに気付く。
何故、部屋の中が一瞬とは云え、明るくなったのか。
あの時、何が在ったのか。
思い返し、考える。
やがて、出て来た可能性。
自分が上げた叫び声。
苦心惨憺、試行錯誤の末、あの時の叫び声を再現。
刹那の間、光が現れ照らす。
人が魔術を最初に手にした瞬間。
この不思議な現象に興味を持ったファアルトゥリエは研究を始める。
こうして、ファアルトゥリエは最初の「魔術師」となった。
そして、さらに幾つかの魔術を「発見」。ファアルトゥリエの許に「物好きな連中」と自分の不思議な力を知りたい「魔法使い」が集まり始め、研究は引き継がれる。こうして彼、ファアルトゥリエは、後世には魔術の始祖と呼ばれるようになる。
法術の歴史を語る「法術概史」、魔術とは何か、から始まり、各種魔術の解説を述べた「魔術原論」の冒頭に記述されている言葉。
「最初に『光』が在った。」
の起源である。
と密やかに語る。
「銀聖獣」と「家具に小指」。
真実がいずれなのかは、今となっては歴史の遥か向う側。
第三小隊隊長であるマーカー・ハストン中尉と軍事用ゴレム性能試験責任者で参謀部のミルドルト・トロウヤ大尉を乗せた輸送車は途中、クロゾ・ロドエイ曹長が分隊隊長の第一分隊の迫撃砲陣地へ寄る。
輸送車に積んである補充の砲弾を引き渡す為。
ここで時間をかけたくないハストンが助力。
「起重」の魔法を使い、荷降ろしを時間をかけずに終わらせる。
力仕事役の職員三人の称賛する眼差しに、気落ちしていたハストンは少しばかり持ち直す。
素直な職員と結構単純なハストン。
トロウヤは法術を見ることが出来たからなのか、荷降ろしが円滑に行われたのを見たからなのか、こちらも少し機嫌が良い。
トロウヤもそれなり。
輸送車は第三小隊の本隊側へ到着。
ハストンとトロウヤは降り立つ。
その際、トロウヤは輸送車に残った職員へ、そのまま統裁所への帰投を指示。
自身は残る。
走り去る輸送車を見送るハストンが、
「統裁所は放って於いて良いんですか」
責任者不在で大丈夫なのかと訊く。
斜へ視線を遣るトロウヤは、
「………大丈夫。」
答を返す。
返ってきた答からは到底、言葉通りには受け取ることが出来無い。
だからと云って、ハストンには統裁所を心配している余裕等は無い。
本隊へ戻ったハストンが、先ずやらなければならないことは、指揮系統を戻すこと。
本隊の指揮を預けていた第四分隊隊長オラソイオ・エネネエイナ曹長へ、帰ってきたことを伝える。
当のエネネエイナは、ハストン達が分遣隊へ向かう前と変わらず、装甲兵員輸送車四号車の天板上からゴレムへ銃弾を浴びせていた。
射撃訓練の何回分を消費したのか。恒例演習だって、こんなに消費し無い。
エネネエイナは右掌を軽く上げる。
了承の合図。
ハストンは探すまでも無く、クゥクフリュラ兵長の姿を見つける。
天板上で周りと同じく、ゴレムへ銃弾を射ち込んでいた。
クゥクフリュラを連れ出すハストンは一緒にエデッタ一等卒も連れ出す。
指揮車ではトロウヤが待っていた。
トロウヤを前に、クゥクフリュラ兵長とエデッタ一等卒が踵を合わせ上体をやや反らしながら背筋と指先までを伸ばす「気を着け」の姿勢を取る。
他所様の前では御行儀良く。
トロウヤは、
「楽に。」
目の前の「気を着け」の姿勢を取る二人へ伝える。
言われたからと云って「はい。そうですか」で砕けた姿勢は取れない。
兵長と一等卒は自発的に、両足を楽な幅に広げ、後ろ手を組む「待て」の姿勢へ。
その横でハストンから、
「二人に仕事だ。」
と伝えられたクゥクフリュラとエデッタ。
自分達が呼び出されたのは法術が関係することだろうと当たりをつけていた。
具体的に何をするとまでは判らないが。
「ゴレムに罠を仕掛ける。」
伝えるハストンの親指がゴレムの方向を指す。
兵長と一等卒の瞳だけが揃ってハストンの親指の先へ向かい、直ぐに戻る。
「罠?」
クゥクフリュラがハストンへ当然の様に訊き返す。
訊かれたことにハストンは真面目な顔で、
「落とし穴だ。」
真面目な顔で言うには、何故か恥ずかしい。それでも言う。
しかし、「落とし穴」は古来より、それこそ食料獲得を狩猟採集にのみ頼っていた時代からの由緒正しい仕掛け。
ハストンはしゃがみ込むと地面に〝+〟を描く。
二人の隊員は膝に手を付き覗き込む。
ハストンは〝+〟を円で囲み、その外側に更に円を描き込みながら「穴」の説明をする。
ハストンが説明を終える。
続けて、如何に穴を開けるか、式の構築を始めるハストンとクゥクフリュラにエデッタ。
エデッタ一等卒が口火として、
「穴をどうやって形成するんですか?」
ハストンが、
「ゴレムに勘付かせない為にも即興で、対処の暇を与えない。
一息に済ませたい。」
クゥクフリュラは視線を上辺へ向け、
「掘削。穿孔。
流動化........違うな。変動かな」
添えた人差し指で顎を軽く打ち叩き続ける。
考えをまとめたハストンの
「クゥクフリュラ。エデッタも、
鉄帽を脱いで、後を向け。」
言うことにクゥクフリュラとエデッタが従う。
クゥクフリュラの後ろに立つハストンは左手指で「念話」の型を作ると、右掌でクゥクフリュラの後頭部を鷲掴み。
ハストンが想い描いた心象を右掌経由でクゥクフリュラへ送る。
結構、かなり乱暴な方法。
ハストンの心象を押し付ける形ではあるが、心象を共有するという点では有効。エデッタへも同じことをする。
「この心象で持っていきますか。」
エデッタはハストンから植え付けられた心象を反芻するように言う。
クゥクフリュラは目を瞑り両の側頭に左右の人差し指を当てている。
「落とし穴」への心象を共有したところで、相応しい呪文の構築を始めるハストンとクゥクフリュラにエデッタ。
「すると、唱詞は果報に重きを.......」
「似たような術式の......」
「代替で補飾を入れよう。」
魔術師と魔法使いの間で、専門用語が飛び交う作業が進む。
横でトロウヤが興味深そうに見ている。
式が形を成したことでハストンが、
「エデッタ。流してみてくれ。」
エデッタ一等卒が、
【隆あらば沈むは道理。形を造る。万尺の高嶺は千尋の谷を産む。裾は.........】
詠唱。
気づかなければ足を取られるくらいの穴が現出。
ハストンは出来た穴を見て、
「良いかな。
それで.........」
効果を評価。続けて、エデッタへ指の動きを伝える。
指が象る形に意味を与え、補飾にする代替詠唱。
呪文詠唱と同時並行で行い、術の効力を上げる。
式の構築が成ったと判断したハストンは、
「下拵えは出来た。本番にかかるぞ。」
クゥクフリュラとエデッタに実行に移すことを伝える。
「いよいよ?」
端で見学していたトロウヤが、期待に高揚を合わせ溢れさせると云った風に尋ねる。
クゥクフリュラ兵長とエデッタ一等卒を待機させ、ハストンは準備を進めているであろう、分遣隊を指揮する小隊副隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉へ通信器を使うように念話で伝える。
ハストンが指揮車搭載の通信器を稼働させ、
「テド。応答しろ。」
呼び掛ける。
通信器からラーフグリーフツの
「《こちら、ラーフグリーフツ。》」
返事。
「こっちの下拵えは整った。そっちは?」
「《準備出来てます。何時でも始められます。》」
ハストンは時刻を確認。余裕を持たせ、
「一七一零に始める。よろし?」
「《了解。一七一零に開始します。》」
「通信はこのまま維持だ。」
ハストンはラーフグリーフツとの通信をそのままに、並んでいる装甲兵員輸送車を指差し、
「車間がいいだろう。行ってくれ。」
クゥクフリュラとエデッタへ指示。
二人の隊員は二輌の装甲車の間、ゴレムを視野に入れられる場所へ向かう。
居残るトロウヤへ向かいハストンは、
「大尉は戻らないんですか?」
統裁所へと云う意味で。
トロウヤは、
「案を出した者としてね、見届ける義務、いや権利か.........責任が有るから。」
理由なのか理屈なのか言い訳だかを並べる。
とにかく、統裁所へ戻る気は無いらしい。
扱いに困る。
上官なので下手に扱うと後が面倒。
ハストンとしては鬱陶しいとは思えど、トロウヤが前へ出ること無く、大人しく見ているだけでいるなら特段、邪険にすることも無い。
口出ししたり手出しせず、邪魔にならない、無害であれば放置。
放置くらいしか出来ることは無い。
これが業腹な輩であったなら、流れ弾でも当たれば良いのにと願っているところ。
口に出さず、願うだけなら、胸の内に留めて置くだけなら、処罰の対象にはならない。
不穏な考えは、常に頭の片隅に姿を潜ませ、負の感情に炙り出されると、ひょっこりと現れる。
それまで、間断無く続いていた銃声と機関銃、機関砲の弾丸をばら撒く音が少しづつ間を開けるものへと変わる。
ハストンは時刻を確認。
時間厳守。
発砲の間隔は次第に広がり、機関銃らは数発づつを発射しては間を開け、また数発を射つことへと切り替わった。
ハストンとトロウヤは状況を見るため、装甲車の前面部から窺う。




