その3
体長高、直立した状態で頭の天辺から接地面までの高さ。大体、成人の倍以上。
至近距離からの対戦車徹甲弾を弾く。
魔法術抵抗値も有る。しかも高い。
『合成原形粘土』と企業秘密の『ナニ』かを使用してる。
移動速度は、最高で自動車と同じくらい。
しかも疲れ知らず。
戦車と『綱引き』しても負けない。綱では無く鉄鎖を使ったようだが。
ハストン隊が模擬戦で相手をするゴレムの姿である。
実際、どんな姿形をしているかは、まだ不明だが、先の『双剣と盾』社組とペロロペルアの間で起きた、双方のゴレムの自慢合戦。そこから漏れ聞こえて来た情報から浮かび上がる能力。
ハストンが改めて思うのは、
〖何、この厄介なの。〗
ゴレムってこういうものだったか?
伝承や年代記、歴史資料に残るゴレムの影と現代に甦ったゴレムは同じゴレムなのか?。
現在も論争が終わらない題目である。
歴史から姿を消したゴレムが現代に復活したというが、それは最新技術抜きには有り得ないのが事実である。なかでも『合成原形粘土』の発明がなければ、ゴレムなどと云うシロモノが現代で動き回る姿を見ることはなかったであろう。
海底で発見された、ある種の海綿から抽出された素材と、ある種の粘土を混ぜ合わせると、魔力に反応する粘土物質が造られる。これが現代のゴレム製造には欠かせない。
疑問視派は言う。
それこそが、別物な所以だ、と。
古代では、深い海底の海綿を採取することは出来無い。採取技術が無いとなれば『合成原形粘土』も造ることが出来無い。
それが古代と現代が同じでは無い理由。
ちなみに、
『シィビル・ゴッサム』なる人物が『合成原形粘土』製法を買い取り、海綿採取から『合成原形粘土』の精製、ゴレムの製造、販売を一括で行う、『ゴッサム万能ゴレム会社』を設立。
しかし、当時のゴレムは扱いが難しい上に性能が低く、製造費用も販売価格もかなり高額なこともあり、やがて経営に行き詰まり、破綻。この際に『合成原形粘土』の製法が流出したという経緯がある。
ハストンが挙手する。
トロウヤは無言で手差す。
ハストンは一礼を返す。
最早、儀式である。
「問い合わせをすれば、ゴレムの性能について告知されるのでありますか?」
これにトロウヤは、
「緩いのね。」
言葉に会議室の男連中が固まる。空気が張り詰めたのか耳の奥が痛い。
気がする。
言葉が意味と真逆に、場を凍てつかせた【呪文】の出所はペロロペルア。
トロウヤより先んじての発言である。
椅子に身体を預け、投げ出した足。上着のポケットに両手を突っ込み、視線の先の自身の爪先を揺らしている姿はお行儀の良いものでは無い。のだが、その全身で以て、『つまんない』、『退屈』、『飽きた』を主張していることは、ひと目で明らかであった。
実のところ氷の一片も顕現せず、魔力を使った形跡も無しに、会議室内の男連中を凍り付かせた【呪文】。
その効果は絶大だった。
なにしろ、会議室の男連中は固まって身動きしないのだ。トロウヤなど口を開きかけた姿で固まっている。なのに、庁舎には警報が響いていない。
普段、陸軍省などと云う保安手段が厳重なはずの施設で、攻勢法術なんか展開しようものなら警報が大騒ぎして警備兵が駆けつける。
「発言でしたらどうぞ、ペロロペルアさん。」
男連中で最初に解凍したのはトロウヤだった。
「馴れ合いで、緩いことね。」
ペロロペルアの視線は自身の揺らす爪先。態度は相変わらずで、独り言なのか発言なのか区別が付か無い。
沈黙。
少しして、
「以上ですか?」
何事も無かったかの様に確認を取るトロウヤ。
返ってこない。
続きが無さそうだと判断して、トロウヤは後回しにしたハストンに向かう。
「先程のハストン中尉のけ」
「随分、優しいわね。」
ペロロペルアが割り込む。まだ終わった訳ではないらしい。
トロウヤはペロロペルアに向かって手差す。そのときのトロウヤの顔が、笑いを堪えている様に見えたハストンは半眼になる。
同じ『兜と籠手』社のドレトギャンは頭を抱えている。
この頃になると男連中も解凍状態だ。
そんなことはお構いなしに、ペロロペルアは続ける。
「前から想ってたけど、そんな馴れ合って、訓練になってるの?
相手の情報は前もって知らされて、武器とか性能や数とか知っていて、何をしようとしているかも判っている。
都合良すぎじゃない?
あとは手順通りにするだけ。茶番だわね。」
トロウヤはなにやら書き付けている。
矜持を拗らせていれば、血圧が跳ね上がる様なペロロペルアの物言いだが、
トロウヤとハストンには他人事のようで、外からはそんな風に見られていたのかと感心する。
ペロロペルアの手番が続く。
「隊長さん、あなたの部隊って、何人いるの?」
ペロロペルアの視線は動かない、顔を向けるのも面倒だということか。
この会議室で唯一、『隊長』の肩書きが付いているハストンは視線をトロウヤへ。
トロウヤの頭が僅かに縦に動いた様に見えた。
ハストンは答える。
「我々は『優しく』、『紳士』なのでその質問にお答えします。
私の部隊は五十名程で構成されています。
お嬢さん。」
ペロロペルアに向けたハストンの顔には、作られた微笑みが貼り付いていた。
『商業的笑顔』というヤツである。
ペロロペルアが身体を起こす。卓に両肘を付き両掌に小さい顎を載せる。前を見ているものの、正面のトロウヤはペロロペルアの眼中に無い様だ。
「嘗められたものね...。」
独り言なのか区別のつかない言葉が漏れ出る。が、全員の耳にしっかり届いていた。
両の掌に載ったペロロペルアの顔は、周囲に関心が無いと言っている。
「五十人の兵隊さんで、ゴレムを相手にできると思われているなんて。」
〖そっちなんだ...。〗
内心、呆気にとられるハストンとトロウヤ、何を期待していたというのか?
今までのペロロペルアの言動から、嫌味と丸判りで煽る様に答えれば、ペロロペルアがどんな態度を採るのか、『流す』に8、『侮られたと爆発する』が2、『反省して態度を改める』は1という予想をしていた、些か大人気ないハストンとトロウヤだったのだが、返って来たのがそれ以外だったのだ。
「少なくても、戦車が出てもおかしくない相手なのに...。」
ペロロペルアの言葉を聴いたハストンは、
〖うん、うん、全く、その通り。〗などと想っている。表には出さないが。
この世界にも『戦車』が在る。
厚い装甲に覆われた車体と回転式砲塔。載せられている強力な火器。
此方側の戦車と基本は似たような姿形をしている。
此方側の戦車は、機関銃の登場により膠着した塹壕戦を打破するために生まれた。これに対し、この世界の戦車は、最初からその攻撃力と機動力を目的として誕生した。という差異がある。
此方側の戦車は、
欧州列強による大戦。
機関銃の登場は敵陣に近付くことを著しく困難にしてしまった。
敵陣に接近するための方法として、地面に溝を掘り進め、隠れながら敵陣に近付く『塹壕戦法』が取られるようになる。
互いに相手の背後に廻り込もうと塹壕を掘り進めた結果、
夏に始まった戦争は、本格的な冬が到来する前に、南は山裾から北は海岸に至るまでに敵味方の塹壕が延びてしまうという状態を迎えた。
機関銃は依然猛威を振るう。僅かな敵陣を奪取する『問』に、味方の屍山血河を築く『解答』しか知らず。戦況は膠着。手詰まりとなる。
膠着した戦況を打破するための、それまでの解決法と称した手段が、敵味方の戦死傷数を右肩上がりにするのにだけ役立つ中、
その打開策は海の戦を担う者達がもたらした。
砲弾の破片をものともせず、機関銃弾の雨の中、塹壕を悠々と押し渡り。敵や脅威は装備した火器で排除する鉄の塊。
「女王陛下の陸上軍艦『ムカデ』号」
これが此方側の最初の『戦車』である。
この欧州大戦争での戦車の戦果は大きいものではなかった。
だが、
この戦車に新たな可能性を見出だした者達は、次の世界戦争で戦車を重要な存在へと育てたのだった。
一方、この世界の『戦車』は、
馬が牽引する二輪または四輪の荷台車に、戦闘手と操縦手を載せた、所謂『戦闘馬車』がその起源である。
此方側の古代文明でも同様な『戦闘馬車』が使われていた。
此方側の、最古とされる『戦闘馬車』は、驢馬が引いていたという説がある。面倒なので、畜獣が牽引する戦闘用荷台車を、まとめて『戦闘馬車』ということにする。
この世界の戦闘馬車は、
牽引する馬と車体を含めた大きさと重量、その質量と並みの人間が走るより早い移動速度を武器として敵を蹴散らし、更に戦闘要員を同乗させることで、近付く敵や脅威を排除できた。その破壊力は強力で、並の、まして生身の人間には正面から対抗できる術は無かった。
戦闘馬車は戦場の絶対的強者であった。
しかし、戦闘馬車が絶対的優位な存在である時代はそれほど長くなかった。
兵器の宿命である。
時代が進むと、他でも同様な戦闘馬車が使用され始め、ついに戦闘馬車同士の戦いも発生する。同時に戦闘馬車に対抗する方法も考案される様になった。
戦闘馬車はその弱点として『剥き身』だということがある。
乗員、馬。どれもが晒されているのだ。本来の防御力は生身の人間と変わらない。一度まともに打撃が入れば、忽ち戦力外である。
更にその自身の大きさもある。『的』としてデカイのだ。
始めの頃の戦闘馬車は、相手側に本格的な対抗手段がなかったこともあり、馬車の速力が脆弱性を補うことで、強者であり続けた。
戦闘馬車への本格的な攻撃手段が登場すると弱点は致命的になった。しかも火器の登場と発達が追い討ちを掛ける。
以後、戦車、戦闘馬車の歴史は、如何にして馬と乗員を護るのかという問題との格闘の歴史となる。
馬と乗員に鎧を着せたり、馬と車体を一体化する装甲車体を建造したりと、解決になったんだか、ならないのか、試行錯誤が続けられていたが、
技術史を変えた『魔導機関』の登場により自動車技術を手にしたことで、戦車の歴史も一大転換期を迎えた。
自動車という技術により馬を必要としなくなったことで、車体のみを装甲で覆うだけで良くなったのだ。
これにより敵の銃火をあまり気にせずに敵陣へ乗り込み、搭載した火器で攻撃することが可能となった。
これにより、それまでの『戦闘馬車』は『戦車』になった。
時が進むに連れ戦車は、相手を倒すための火器が大型化、比例して相手から身を護る装甲も厚みを増し、必然として自身を動かす動力機関も大型化を免れず、より大きく、更に重く姿を変える。
また重い身体で不整地を走破するため車輪から無限軌道を採用、戦車は今の姿になったのである。
ペロロペルアの独り言だかなんだかの指摘を聴いたトロウヤは口端が僅かながら吊り上がった。
「そうそう、そういえば、まだ中尉の質問に答えていなかった。」
思い出した、とばかりにトロウヤが話し出す。
「その前に聴いておきたいのだが、性能を知れば有利になるのかね?」
ハストンの質問に質問が返ってきた。
答の代わりに返ってきた質問に、
「有益な情報であれば有利になるかもしれません。情報はいくら有っても...、誤情報は反って害悪ですらあります。」
答えたハストンは口を閉じると斜に視線を移す。何か考え込んだように見えた。
「どうした?」
トロウヤが尋ねる。
「いえ、どこかで何か...。」
ハストンの言葉尻が霞んで行く。
〖誰だったか、情報があっても踏み潰すとかなんとか言っていた、様な。〗記憶を掘り起こしながら考えを整理する。
「ハストン中尉?」
口を閉ざしてしまったハストンにトロウヤが声掛けする。
「失礼しました。」
ハストンの意識が帰ってくる。
「誰かが、『性能を知られたところでゴレムには敵わない』という様な意味の事を、言ったのを思い出したもので。」
言いながらハストンは隣の席を一瞥する。
「そこまで自信のあるゴレムであるのなら、いっそのこと、どちらのゴレムも性能情報を開示すれば、試験の平等性が保てるのではないかと、愚考しておりました。」
この答にハストンへ視線が集まる。ペロロペルアですら視線を向ける、変わらず姿勢は置物のように動かないものの。
「そうなると、」
発言したトロウヤが視線を集める。
「試験の順番に配慮は要らなくなりますね。
それに、仮に開示した性能情報から対処策が出来たとして、それが有効ならば、ゴレムの性能や運用に改善点や新しい発見が、あるかもしれません。」
言葉を紡ぎながらトロウヤが書き付けている。
筆記具の動きが止まり、トロウヤは顔をあげる。
「さて、本日は、試験の知らせと『顔会わせ』ぐらいの予定でしたが、まぁ、良いでしょう。
意見や要望、詳細については次回、明日からとしたいと思います。
それでは、これにて散会としましょう。
皆さんご苦労様でした。」
それぞれが帰り支度をして、外へ向かおうとする中、
「ハストン中尉。」
呼び止めたのはトロウヤ。
呼び止められた側は聞こえ無い振りで逃げようかと考えるが、相手は大尉。上官である。しかも、『明日も』あるのだ。刹那で諦める。ハストンは起立で待機。
『双剣と盾』社組が一礼してからトロウヤとハストンの間を通過する。そこまでの力関係だと云うのか。
後に続いた『兜と籠手』社組、ペロロペルアは変わらず面白くなさそうな顔をしたまま、横切る途中、視線だけを動かして、ハストンを一瞥して退出、その後をドレトギャンは何度も二人に頭を下げて追いかけるように退出するが、逃げるようにも見えた。
〖いいなぁ。〗
見送ったハストンの感想である。
『この門を潜る者は一切の希望を捨てよ。』
ハストンの脳に再生される囁き。最早、呪いである。