その29
第三小隊小隊長マーカー・ハストン中尉が移動するなりのときは、最低でも従卒をひとり随行させろと煩く言うのは、隊務長と隊務副長。
隙あらば、面倒臭がって、独りで行動してしまいそうなハストンに
お願いだから
と懇願しているのは隊務長のテェエアス曹長と次席、隊務副長のデサーウス軍曹。
分遣隊へ向かう輸送車にはハストンの他、性能試験責任者のミルドルト・トロウヤ大尉も同乗している。
今は、トロウヤの考えた案を実施するための打ち合わせに向かう途上。
ゴレムに狙われない様に少し迂回している。
輸送車は第三小隊への弾薬の追加搬送が目的。
それを丁度良いと足代わりに使っている。
搬送車には運転手の他に力仕事要員の三人が同乗。
従卒ではないけれど、
トロウヤにハストンと割り振っても、ひとり余る。運転手に割り振ってもいいかも知れない。これで独り単独で移動していないから問題無い。
テェエアスとデサーウスが聞けば、側頭付近に静脈が浮き出そうな説明を構築するハストン。
ふと、
………そういえば、トロウヤには階級的にも職務的にも副官らしい存在が居ても良い筈なのに、それらしいのを、ついぞ見た記憶が無い。好き勝手している印象しか無い。
等と、同乗している上官について益体も無く考える。
小隊副隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉が指揮する分遣隊では、
知らない輸送車が近付いて来ることに気付いた隊員が、輸送車を指差し、声を上げる。
その声に、
銃弾が飛んでいく先の標的を、掩体にしている装甲兵員輸送車の陰から見ていたラーフグリーフツ少尉は向かって来る輸送車へ顔を向ける。
停車した輸送車から複数人が降り立ち、その中に小隊長と最近、面識の出来た上官の顔を見つけたラーフグリーフツ。
いきなりやって来た輸送車もさることながら、ハストンとトロウヤが連絡も無しに、揃っていきなりやって来たことに、分遣隊を指揮しているラーフグリーフツ少尉も
「何で、此処に居るの?」
驚く。困惑。
トロウヤはラーフグリーフツへ向い、右手を軽く挙げて、挨拶代わり。
並んで歩くハストンは、
隣りの人は知らない人です。無関係です。行く先が同じなだけです
の扱いな顔で、ラーフグリーフツへ歩み進む。
渋い顔のテェエアス隊務長が目に入るハストン。諫言を覚悟。
長くならないといいな。
ラーフグリーフツが立ち上ろうとするが、ハストンが身振りで制する。
それでもラーフグリーフツは装甲兵員輸送車から距離を空ける位置まで進み出迎える。
ラーフグリーフツへ近づきながら、ハストンはトロウヤを指差し、
「大尉が案を持って来た。」
現れた理由を前置きとして告げる。
「説明する。分隊隊長と隊務長も集めてくれ。」
そこまで言うと、少し考えて、
「あぁ。いや、俺がやろう。」
ハストンは左手を「念話」の形にして顔に当てる。
「〖エル!〗」
念話を送ると同時に、声を張り上げて呼びかける。
気付いた第二分隊隊長エル・ シッド =ファルファレア曹長が、二号装甲兵員輸送車の天板上から顔を上げる。
手招きするハストン。
続けて、第三分隊の隊長サテササロカ・ラーシュミィ曹長へも同じことをする。
手招きに抗うことなく集まる分隊隊長。
シッド=ファルファレア第二分隊隊長が集まった面子を見て、
「テェエアス隊務長は呼ばないんですか?」
シッド=ファルファレアの疑問に、僅かに視線が明後日へ彷徨い出たハストン、
「これからだ。」
ハストンは片手を口許に持っていき、
「隊務長!」
大きい声で呼ぶ。
理由は解っていますと解説付きの
〖しょうがないなぁ。〗
という、三対の視線の集中砲火を浴びるハストン。
呼び出しに駆け付けたテェエアス曹長は、
一先ずは、言いたいことは後回しだ
と云う顔で加わる。
テェエアス隊務長の顔を見ようとしないながらに、何食わぬ顔を作るハストンが、
「大尉が考えた案を実行する。」
本題を切り出す。
「説明をお願いします。」
トロウヤに先を委ねる。
分遣隊側でも本隊側に負ず劣らず、機関銃や機関砲がけたたましく連打音を奏でる。
音を背景に蹲踞の姿勢で車座の五人の男。
その中のひとりが地面に、画にならない線図を描きながら自分の立てた案を説明。
案を一番解っている、立案した当人のトロウヤ。これ以上の適任はいない。
「.........法術で『落とし穴』を現出させて、ゴレムを落とす。」
分遣隊を示すらしい記号の前に描いた歪んだ円を突くトロウヤ。
トロウヤの指先に目を遣る副隊長以下、初めて耳にするハストン以外の四人。
ハストンの視線は別の所に向い、顎下を支える右掌の指が順番に動き続ける。ハストンの頭の中では、分遣隊をどれだけ動かせばゴレムが引っかかるか測っている。
第三分隊隊長のラーシュミイ曹長が、
「壁で取り囲むのは、駄目なんですか?」
トロウヤの指先から視線を上げて尋ねる。
「強度の問題が出て来る。」
答えたトロウヤ、
「並大抵だと壊される。
厚くするにしても、削られ崩されることが考えられる。」
懸念を口にする。
ラーシュミイは似たようなことを間近で体験。
付け加える様にハストンが、
「『穴』は縁を崩されても、穴が広がるだけだ。」
口を挟み、穴であることの利点を述べる。
「それに『穴』でさえ要求が厳しいんだ。それを壁となるとな。」
ハストンは「穴」に要求される仕様を、
「深さはゴレムの体長高の二倍以上は欲しい。」
手振り混じりで説明。
ハストンの高さを示す手振りを見ながら副隊長のラーフグリーフツが、
「深いですね。」
想像して零す。
続いて、ハストンは両腕で輪の形を作り、
「広さも、念を入れて、手を伸ばして突っ張っても届かない以上は欲しい。」
ゴレムの腕部は結構長い。その分、広さも大きくなる。
第三分隊隊長のラーシュミイ曹長が、
「理想とすれば、こうですか。」
地面に簡単な摺鉢状の断面を描く。
断面の中に横たわる直線だけで構成された人らしき絵、頭と思しき部分は小さな丸。両腕を頭上へ伸ばした姿を描き加える。
丸に棒線だけで身体に手足、頭だと認識出来る。人間の脳の不思議なところ。
ハストンが摺鉢の線を指差す。
「内面を硬く、滑らかにする必要がある。これを壁でやろうとすると、」
自身も魔法使いのシッド=ファルファレア第二分隊隊長が、自分に置き換えて考える。
「あー、ちと、厳しいですね。」
言葉に合わせて、上辺に視線が向かい浅く眉を顰める。
壁とする土を周囲から集める。破壊されない高さと厚みを持たせる分量。
内面を滑るくらいに均した上で、硬質化させる。
頭の中で必要となる手間を列挙。
砂場遊びで、「砂山」を築く。のと「穴」を掘る。を比べると想像できる。
ハストンは、
「これを、その場で、即興でやる訳だ。どうだ?」
部下達へ是非と有無に可否を混じえた問いをする。
それでも、「しない」という選択肢は無い。
ラーシュミイが、
「誰が『貧乏くじ』を引くんです?」
ハストンへ、誰か決まっているのか訊く。
誰が「当たり」を引くのか決まっているのは、最早「くじ」とは言わ無い。不作為的要素が無しに決まるそれは「イカサマ」と言う。
ハストンはラーフグリーフツ少尉へ視線を遣り、
「第二と第三は逃げるフリをするので忙しいだろう。」
まずは除外。
眼前の遣り取りを黙って聴いているトロウヤ、
〖「逃げるフリ」言うな。〗
心の内で訂正を要求。
「隊長ですか?」
《他に誰がいる?》と云う解説を付けた疑問形を口にするシッド=ファルファレア。
ハストンが、
「何故、クゥクフリュラの名前が出て来ない。」
肩を落としたような答を返す。
それに、シッド=ファルファレアは、
「決めてたんですか、そう言えば良いのに。」
何故責められる。理不尽。
を感じながらハストンは、
「『穴』は本隊でやる。そこでだ。
ラーフグリーフツ隊は後退するときに、攻撃性法術をゴレムへ撃て。引きつけるんだ。」
戦術指導をする。
黙っていた隊務長のテェエアス曹長が、
「反撃して来るんじゃないですか?」
出てきて当たり前の疑念を口にする。
これにはトロウヤが、
「ながらは無理じゃないか。と、考えている。」
「紫電」を使うところだけしか確認できていないが、ゴレムは魔術を使う時、立ち止まって、上半身部を回転させていた。これが必須であるならば、直立歩行しながらというのは安定が取れないと避けている可能性がある。四つん這いでの移動は確実。
立ち止まるのは要注意だが、移動する間は可能性が低いとみて良いかも、である。
ただ、ゴレムには法術耐性が有る。
法術で打撃を与えることは微塵も無い。それでも使うのは、「悪足掻き」を印象着けるのが目的。
ハストンは更に、
「それと、『お試し』は使わない様に。」
注意点を伝える。
ゴレムに何とか影響を与えられる唯一の兵器。それが使えないと誤解をさせる。ゴレムは如何な反応をするか。
釣るには撒き餌は多いほうが良い。
ハストンは副隊長、隊務長、分隊隊長等を見渡し、
「指揮車間の通信器で連絡を取り合う。本隊、ラーフグリーフツ隊、共に準備が出来次第、始める。
機会を合わせることが重要だ。」
締め括る。
「「「「了解しました。」」」」
四つの声が重なる。
全員が立ち上がる。分隊隊長達は部隊へ戻る。これから隊員達への説明やら準備やらで忙しくなる。
ラーフグリーフツはそれらの指揮を執る。
ハストンは本隊へ戻り、説明と落とし穴の準備を指揮しなければならない。
ラーフグリーフツ達の背を見送るテェエアス隊務長とハストン小隊隊長、トロウヤ大尉。
テェエアスはハストンへ向き直ると、
「隊長。」
声を掛ける。
声を掛けられたハストンが緊張しているのが傍目でも判る。
表情を消したテェエアスが、
「言いたいことは、お解りですね。」
平坦な声ながら力を込め、「お解りですね」の部分を特段に強調する。
「はい。」
強張った声で返事するハストン。
階級的には上位なハストン中尉が下位のテェエアス曹長に緊張すると云う逆転状態。
ただ、年齢的には熟練のテェエアスが年下のハストンを叱るという絵柄。何処にでも在りそうな、ありふれた構図。
テェエアス隊務長の
「それでは、続きは終わってから、と云うことで。宜しいですね。」
淡々としているが、「続き」と「宜しいですね」が、やけに耳に残る
「はい。」
答えるハストン。
以外に答え様が無い。
「はい」以外の答えを許さない迫力が在る隊務長。
これで説教から逃れられない運命が決定。
手心を加えてくれと期待するのは、日照りに雨を期待する様なもの。
ハストンから返事を得たテェエアスは、トロウヤへ向き直ると、
「大尉。ハストン隊長をお願いします。」
折り目正しく頭を下げる。
隊務長の迫力に口を挟むことが出来ず、見ているだけしか出来なかったトロウヤは気圧されて、
「.........ああ。」
口から零れ出たのは返事にならない返事。
テェエアス曹長にしてみれば二人の上官の前で、踵を合わせ、上体をやや反らし腕を指先まで伸ばす「気を着け」の姿勢を取る。そのまま、完璧な「廻れ右」をすると、分遣隊へ向う。
隊務長の背を見送るハストンとトロウヤは、同時に息をひとつ吐くと強張りを解く。
「威圧感が凄かった.........。」
トロウヤの口から、思ったことが自然の様に零れ落ちる。
「彼って魔術師か魔法使いか?そう云う法術を修得している?」
テェエアスの背中からハストンへ視線を移すトロウヤ。
説教確定で気が重いハストンは、
「そう云う話は聞いたことが無いです。法術では無く、歳の功というとかの方では。」
やや虚ろな目をしながら言葉は自然に流れ出る。
ハストンの言葉にトロウヤは、
「歳を重ねた樹の幹は太い」
の諺を思い出す。
ハストンにも、トロウヤにも未だ到達出来てい無い領域。単純計算だけでも後、二十年以上と云う時間が必要。
しかも、必要なのは時間だけでは無く、年輪にする経験。
道程は長い。
険しい、かは心がけ次第。
振り返れば、それは瞬く間。
未だ重たい空気を肩に載せたハストン、
「大尉。」
トロウヤへ、
「送ってってください。」
「力」と云うものを置忘れた声で伝える。
このまま独りで返せば、途中で「行き倒れ」でもするんじゃないかと云う雰囲気を纏うハストンに、トロウヤは、
「解った。うん、送ろう。」
としか言葉を口から出せない。
出張って来て此の方、曇ったハストンしか見た記憶が無い気がするのは、気の所為だろうか。
と、想うトロウヤ。
気になる印象と云うものは記憶に残り易いもの。
トロウヤには、ハストンの自業自得については解るが、自身の悪意無き命中弾には自覚が無い。
ハストンとトロウヤが輸送車へ戻る。
既に、職員達が待ち構えていた。
弾薬の荷降ろしは随分前に終わっていた様で、輸送車の前で座っていた。
トロウヤ達の姿を見て立ち上がり、「気を着け」の姿勢を取る。
トロウヤが、
「また、先の場所へ戻ってくれ。」
指示を出す。
運転手を含む職員達は、トロウヤの隣のハストンが、今にも土砂降りになりそうなくらいに重たい空気を纏っていることに、揃って内心で首を傾げる。
何が有ったか。
職員達は知る由もない。
しかも、彼らの直接の上司でも無い、ほぼ接点の無い人物。慰めの言葉も無く、放置。
ハストンは遭難すること無く、無事本隊へ帰る。




