その28
「遊星」をこの世界に意図的に落とすのは、かなり難しい。
更に、狙った地点に当てるとなると遥かに至難。
「遊星」は名前ほど、自由気ままに宙を漂っている存在では無い。
太陽の引力に囚われ、絶妙な平衡で太陽周りを周回している。
なので、その絶妙な平衡がほんのちょっと崩れただけで、「遊星」は太陽へ引っ張られ落ちて行く。
この世界は、
かなりの初期から、この世界は球体に近い形をしていることが、数々の観察に基づく証拠
例えば、月の満ち欠け
例えば、海の向こうから来る帆船は必ず帆の頂点から姿を現す。
から判明している。
自ら回転しながら、太陽の周りを回っていることも判っている。
遊星を呼び寄せると云うことは、
太陽に向かって落ちる遊星の進路上にこの世界が割り込み、太陽に替ってこの世界が遊星を引っ張って来る様にしなければならならない。
さらに、世界の回転に合わせて狙った地点を、遊星の進路上に正確に合わせなければならない。
そんな酔狂なことに取り組みそうな魔法使い、魔術師は、今、統裁所で頻りに頭を悩ませているであろう少女が籍を置いていた、「銀聖獣記念法術科学院」くらいだろう。
その例に入らないのがミルドルト・トロウヤ大尉の目の前にいるのだが。
此方側での話。
二度目の世界戦争末期。
「核」の力を解放する兵器と、経済と政治の思想的在り方の違いから二つの世界規模の政治的陣営が生まれる。
世界規模の政治的陣営は地政上から「西」と「東」と呼ばれ、
「東」陣営と「西」陣営は
何時、殺られるか判らない
殺られる前に殺ってしまおうか
相互不信から「核」の大量生産に勤しむ。
結果、「核」の総量は地球上に住まう人類のほぼ全てを複数回焼き殺して、まだ余るほどとなる。
「核」が一旦、使用されれば相手も報復で「核」を使用する。そうなれば全面核戦争。
保有国が持てる有りったけの「核」が地球上に振り撒かれる。
お互いに軍事的、政治的、生産拠点を狙って。
拠点は得てして多くの人口を抱えている。住まう人々を道連れに核の焔が施設設備を灼く。
その時の戦争が、どういう終わり方をするのかは判らないが、文明を再建するには絶望的な段階になるだろうと予想された。
その時の地表は一面焼け野原、放射性物質に汚染された荒れ果てた大地が広がっている。
長らくはそれが「正解」だと思われていた。
そんな世界の行く末を憂慮した理論物理学の「知の巨人」と言われた科学者は言う、
「次の戦争で、どんな兵器が使われるかは分からない。分かるのは、次のその次の戦争で使われる兵器は石と棍棒だろう。」
暫くしてから、
焼け野原になるだけでは済まない。
と唱える科学者が現れる。
核の焔が世界を焼き尽くし、荒野が広がる。
その後も有るのではないか。
世界を焼き尽くした時に生じる塵芥は成層圏まで届く。大量の塵芥が成層圏に乗ると太陽光は遮られて地表に届かなくなる。気温は低下に向かい天候不順が起きる。
地球規模の寒冷化が始まるのではないか。
「核の冬」
と云う新しい筋書きの概念。
幸いなことに、此方側の「人類」は「まだ」経験していないが、
似たような事象は幾度となく起きている。
火山の大規模噴火。
噴煙が成層圏に達することがある。
火山灰などが成層圏に届くと気流に乗り、天候不順を引き起こして作物の育成に重大な影響を及ぼすと指摘されている。
そして、歴史上の数々の大事件、「国家の衰退」、「民族移動」、「革命」の原因の背後にはこの大噴火が関与しているのではと考察されている。
此方側で、
この「核の冬」に似た経験をしたであろうと考えられているのが、
嘗て、地球上に繁栄を築いた「恐竜」達。
彼らを歴史から退場させた地球規模の「冬」を引き起こした。と、考えられているのが、「核」でも「大噴火」でもなく「大隕石」。
即ち「遊星」。
「.........でき、出来ません。」
第三小隊隊長マーカー・ハストン中尉はゴレムの方へ視線を固定したまま答える。
ハストンの仕草と言葉から、性能試験責任者ミルドルト・トロウヤ大尉は
〖なんで。躊躇ったよな。〗
引っ掛かりを覚え、このまま問い詰めようかと考えたが、
今はそこにこだわっている時では無い。
とトロウヤの理性の部分が仕事をする。
〖後で問い詰めよう。〗
理性を含めたトロウヤの決意。
それまで、憶えていれば、の話ではあるが。
「案が有る。聞いてくれ。」
トロウヤは告げる。
トロウヤの本業は参謀。
ハストンはトロウヤへ顔を向けるが、ゴレムの様子も気にしなければならず、時折、瞳だけをゴレムへ向けて落ち着かない。
上官が自ら赴いたのにもかかわらず、そんなハストンの態度。事態が事態。忙しいところへ割り込むトロウヤが譲る。
「このまま追い詰められるのは、我々の方だ、と解っていると思う。」
言いながら、時偶にトロウヤも倣ってゴレムの方へ視線を遣る。
トロウヤの言葉は、認識を共有しているかの確認。
いずれ、必ず到来する「弾切れ」という事態。その時は、第三小隊のみならず人類の敗北。
主語がいつの間にか、いきなり大きくなった。
トロウヤは真剣。
だからこそ思い直して各所に支援協力を願い出た。
しかし、話が大き過ぎて、直面している連中の一部をを除き、咀嚼飲み込むことが出来ない。
「対岸の火事」扱い。焦眉の急だと理解出来無い。
此処で何とかしないと、先ずは国家滅亡まっしぐら。
トロウヤが考えているのが、
兎に角、弾薬の消費を抑える。
少しでも「弾切れ」を遅らせること。
その為には、ゴレムから行動の自由を奪うこと。
完全に奪う事が難しいのなら、思考を切替えて、出来るだけ行動を制限してしまえ。
ゴレムに注意を向けたまま、トロウヤの説明を聴いていたハストン、
「具体的には?」
「穴を掘って、そこに落とす。」
トロウヤの表情は真剣。
間を置かずに返ってきたトロウヤの言葉にハストンの視線が上辺へ向く。戻った視線はトロウヤを掠めてゴレムへ向き、
「這い上がってくるんじゃないですかね。」
トロウヤには、それの対処も目算がある様で、
「そこは、ほら、中尉の例の『護符』?で突き落とせば。」
トロウヤの言葉に合わせた訳で無いが、間近で起きた落雷を更に大きくした様な轟音が発生。
エエレ伍長がハストンの「お試し」付き徹甲弾をゴレムへ向け放った。
油断していたトロウヤとハストンの肩が軽く跳ねる。
腕を広げ、仰け反るゴレムを視界に捉えたハストンが、
「穴を掘るって、ゴレムの目の前でですか?どうやって?」
自分の身に置き換えれば解る。
自分を嵌めるための落とし穴を、相手が完成させるまで大人しく見ているつもりなど無いし、例え、何らかしかで見るだけしか無いにしても、在ると判っている落とし穴に自分から引っ掛かりに行くだろうか。
自分なら、判っている落とし穴を避けるだろうし、なんなら罠を作らせないようにする。
ゴレムが同じ様な思考をすればの話だが。
ゴレムだしなぁ。人間じゃ無いし。
違ったら、もしかしたら、完成するまで大人しくしてくれる上に、引っ掛かってくれるかもしれない。
最早、妄想の域。
ハストンの問を聞いて、トロウヤは右の口角を上げる。
「第三小隊は中尉を数に入れて、人材にこと欠いていないじゃないか。」
ハストン小隊に隠れ潜んでいる魔術師や、魔法使いのことを指摘する。
確かに。
指摘され、ハストンは試験が始まってからの法術関連をあれこれ思い返す。
土壁を造成したり、火を着けたり、埋設したりはした。狙い撃ちなんて云うのも在ったな。
飛来する球電を防いだのもやっちまった。
しまった。
後悔。
突発的なことが多かったから、ついつい、目先優先で法術を使ってしまった。
多分、おそらくは確実に、制限解除も見られたから、小隊内の魔術師、魔法使い関係が軒並み露見してしまった。
それまで、誤魔化し隠してきたと云うのに、ここにきて盛大に自曝するとは。
自分が掘った穴にゴレムでは無く、自分が落ちた気分のハストン。
どうしてか気落ちしているハストンを見たトロウヤには、その理由が解らない。
原因の一端が自分の言葉の何処かに在る様だと、直感だか本能だかが告げてはいる。
ただ、当のトロウヤ自身は思い当たる節に気付かないので、内心で「鋭角」くらいに首を傾げる。
兎も角、沈んだハストンを引っ張り上げなければ、話が目詰まりを起こしてしまう。
トロウヤはハストンを浮上させようと、
「こんなに揃えば、中尉も始め、第三小隊の評価は暴騰してもおかしくないな。」
励ますつもりで、態と明るく言ったのもいけなかったのか、ハストンを撃沈。難破寸前。目から生気が消え失せてしまった。
トロウヤの意図したのと逆な、追い打ちする結果に。
銃弾が間断無く連続して放たれる、そこに、僅かに違う間隔で放たれる音が加わる中で、少しの間、ハストンとトロウヤは沈黙する。
「それで、穴を開けるんでしたっけ。」
低く平坦な声でハストンが確認。
どことなく、やさぐれている雰囲気が醸し出されている。
多少やさぐれていようが、事態が進捗するなら目を瞑るトロウヤ、
「ゴレムは今のところ、積極的に攻撃に出るつもりは無い様だし。」
一瞥すれば、ゴレムは相変わらずの「柔軟体操」を繰り返し続けている。
トロウヤは、
先のゴレムの動きから、分遣隊方向、小隊副隊長のテドラルド・ラーフグリーフツ少尉が指揮する側への移動を画策していると予想。
ならば、敢えて進ませ、その進行方向上に「落とし穴」を設定。区画へ誘引。
法術で速成の「落とし穴」を現出させて陥れる。
ハストンは「落とし穴」について、
「かなりの大きさと深さがが必要だな。」
独り言の様に言う。
トロウヤは普通の会話の調子で、
「簡単に這い上がれ無い深さが必要だね」
合わせる。
トロウヤの言葉を聞いてなのか、流したのかハストンは、
「そこそこの広さもないと駄目だ。」
独り納得。
狭さを利用して脱出される可能性がある。体躯を広げても届かない大きさ。
トロウヤは、
「内部は滑らかにして、引っかかりがないようにしないと。」
条件を付ける。
とにかく足掛かりになりそうなものは排除。
「要求が細かい。」
ハストンは愚痴を零す。視線をトロウヤへ遣り、
「誘引はどうやって?」
トロウヤはハストンを一瞥してから、
「部隊を下げて、誘き寄せる。」
地面を引っ掻くように図を描き始め、
「こっちの本隊が牽制している間に」
ゴレムを表す印へ矢印が向かう。
それから、分遣隊を表す記号の後から矢印を引き、
「あっちの別働隊を後へ下げる。」
矢印の先に新たな分遣隊の記号を描く。
そして、新たな分遣隊の記号の前面に、矢印に重なる、やや歪な円を引っ掻く様に描く。
円を指し示し、
「ここに落とし穴。
ゴレムの全体が入り込んだら、魔術師と魔法使いの出番だ。
速成で穴を開けて、落とす。」
「.........」
ハストンは黙って、やや歪な円に目を遣る。
「速成で」
言葉は簡単だが、「落とし穴」自体が広さと深さに内側を滑らかにすると云う仕様のもの。そう簡単では無い。
そして、分遣隊を移動させるとなると、ラーフグリーフツとの打ち合わせも必要になる。
人の集団を動かすというのはなんだかんだで忙しい。
打ち合わせにラーフグリーフツを本体側へ呼び寄せるとなると、往復分に掛かる分遣隊の指揮官不在時間に加えて、戻ってから分遣隊内で情報共有に説明にと、することが多くなる。
通信器越しでは、隊務長や分隊隊長
を交えての打ち合わせは難しい。意図するところが伝わらない可能性もある。伝えるには、間に挟む段階は少ない方が良い。
ならば、呼び寄せるくらいなら出向く。
問題はその手段。
指揮車に乗って行くとなると、従卒を連れて行けと煩い。人手が欲しいのに減らしてどうする。
〖二輪車があれば。〗
偵察に使った足漕ぎの二輪車。おそらくは、まだ森の中。
〖回収は.........無理だな。購入申請を出しておかないと。〗
思考が別のことへ一歩踏み出しかけたハストン。
ふとトロウヤと目が合い、思い付く、
「大尉、ここへは『何』で来たんです?」
ハストンは、天板上で隊員達に混じり射撃を行っている第四分隊隊長オラソイオ・エネネエイナ曹長のふくらはぎを軽く叩き、注意を向けさせる。
気付いたエネネエイナは、叩いた手から辿り続く先を見る。
ハストンが片手を口許近くに当て、
「帰ってくるまで小隊指揮を任せる。
銃撃を続行。」
エネネエイナは頷き、軽く片手を挙げる。了承の合図。
直ぐにゴレムの方へ向き直り銃を構え直すと射撃を再開。
ハストンはトロウヤと連れ立ち、輸送車に乗り込む。
輸送車は運転手と三人の職員を乗せていた。
トロウヤの指示で第三小隊へ追加の弾薬を運んで来た。
それに便乗してきたのが指示した当のトロウヤ。
ハストンと話をしたかったが、手段が無いことが判って頭を抱えたトロウヤ。
トロウヤは、と云うより統裁所は第三小隊との間に連絡手段を常設していなかった。
観測機から試験状況は常に把握できていた。
試験という演習では第三小隊の采配に口は出さない、自由裁量に任せる。
ゴレムも本来は発令所を通して統裁所で管理制御。
結果を判断して、統裁所から判断を伝える。一方通行。
常に連絡を取り合う必要が無い。
用があれば、こちらから伝令を送れば、それで済む。
と云う方針で、
常設の連絡手段は構築されなかった。
もしかしたら、ただ単に忘れていたのかも知れないが、通信だのなんだのも無く、そこら辺のことを何も考えていなかった可能性は否定できない。
寧ろ、大いにあり得る。
今更ながら、通信設備越しの対話は、無理すれば出来なくはない。
その為、統裁所側とハストン側の周波数を同期させる必要がある。
この同調のための遣り取りを、通信器を使わないでやらなければならない。
時間をかけていられないトロウヤは早々に放棄。
自ら出張る方向へ舵を切る。
ただ、
説明をするためだけに、トロウヤが単独で赴くのは、無駄が多いとトロウヤ自身も考えた。
そこで目を着けるのが、追加の弾薬搬送。
ハストンが自力で持ち帰りした量では到底足りる訳が無い。
ゴレムを火力で抑え込もうとしているのだから。
運び込む傍からの消費。在ればあるだけ使うことになる。
火力を維持するため、弾薬を送り出すことは指示してある。
トロウヤは直ぐ様、行動に移す。
間に合ったこと、さらにハストンの助けになること。
何処の誰かは知らねど、未だ人は見捨てられていなかった。
そう安心するにはまだ早い。




