その26
「隊務」と云うのは、
小隊指揮官(小隊長及び副隊長)への助言や補佐を行う職務のことで、小隊内の状況を把握して、隊員への指導、規律維持を担い、場合に依っては部隊指揮も行う。
小隊本部付き従卒は本来、隊務職が指揮。
隊務副長のデサーウス軍曹は隊務職の次席。首席のテェエアス曹長が不在時には代わって職務を行う。
因みに、第三小隊内の指揮序列は、
第一位、小隊隊長∶マーカー・ハストン(中尉)
第二位、小隊副隊長∶テドラルド・ラーフグリーフツ(少尉)
第三位、隊務長∶エーザ・テェエアス(曹長)
第四〜七位、
便宜上、序列が在るが実際に上下の差は無い。分隊隊長として同列。
小隊隊長が部隊分割などで臨機応変(と書いて、「適当」と読む)に変更する。順も特に差がある訳では無い。
第一分隊隊長∶クロゾ・ロドエイ(曹長)
第二分隊隊長∶エル・シッド= ファルファレア(曹長)
第三分隊隊長∶サテササロカ・ラーシュミィ(曹長)
第四分隊隊長∶オラソイオ・エネネエイナ(曹長)
第八位、隊務副長∶ベエテ・デサーウス(軍曹)
と、なっている。
名前後の()内は階級。
一号装甲兵員輸送車の天板上からデサーウスが双眼鏡越しに見張り続けているのは、掘り返した様に不自然に盛り上がった地面。
迫撃砲弾が少しばかり削り取ってしまった上に新たに耕し返した畑の様な見た目。
今、その見た目が畑から、観葉の多肉植物の様に太さのある四本の棒状の、花弁というか葉茎というか、にょっきりと生えて、放射状に広がっているシロモノ。
「ゴレムの掌」。
その下には球根よろしくゴレムの本体が埋まっている。
マンドラゴラとどちらが尚だろうか。
「掌」は少し前までは閉じたり開いたりを繰り返していたが、今では天に向かって半開きの格好に留まっている。
変化があったのは、「ゴレムの掌」が生えているところから少し間隔を開けた地面。
目測では大股で歩いて二、三歩分くらい。
小さな土塊が幾つか転げ落ちたことで気付いた。掘り返した盛土の様に地面が少し盛り上がっている。
そこから、
芽を覗かせる様に出て来たのは、鈍い色をした棒状のものが絡み合ったもの。
尖る様に捻られた姿は絡み合った葉茎の塊にも、開く前の蕾にも見える
地表に姿を現すと、解れて、花弁にしては細く肉厚過ぎ、どちらかと云えば多肉植物系の葉の様に、四葉が放射状に広がる。その様は植物が陽を得るために葉を広げるところを思い起こさせた。
光合成をする訳では無いだろうが。
同じ様な光景を、大して時間が経っていない以前に見たデサーウス、
「おい。おい。おい。」
双眼鏡内の光景に、思わず、特に意味の無い独り言が口から零れる。
脳の「言語野」が仕事を放棄。
自主的に拒否しているのかも知れない。
デサーウスの本能は双眼鏡内で起きていることが信じられないのか、肉眼で確かめるように要求。
双眼鏡から眼を離す。
光景は変わらない。
閉じたり開いたりを何度か繰り返しているのを見て、「それ」が二つ目の「ゴレムの掌」であると認識。
第三小隊隊長のマーカー・ハストン中尉が言っていた通りに、ゴレムが地表に出ようとしている。
隣のデサーウスの言動に、ただならないものを察知した本部付従卒その一クムトルタ一等卒とその二アウララウル一等卒も監視対象の場所へ目を凝らす。
デサーウスが見つけたものを目にしてクムトルタとアウララウルは同時に表情を険しくさせる。
「それ」は二つに増えていた。
「警戒!」
デサーウスが叫ぶ様に声を張り上げる。
聴き付けたハストンが装甲車天板上へ登って来る。
「動いたか。」
ハストンが掛けた言葉は問い掛けでは無く、事態を再確認するもの。
「予想」などと不確かなものでは無く、動きがあるのは前提で、ゴレムが何らかしらの動きを見せることを疑ってい無い。気にするのは何処まで事態が進んでいるか、
である。
デサーウスは双眼鏡をハストンへ渡し、
「二つになりました。」
報告する。
「何が」とは訊かず、ハストンは双眼鏡を覗く。
「?」
双眼鏡の焦点には掘り返された様な地面があるだけ。
ゴレムの掌が生えていたのは、ハストン自身も自分の眼で確認している。
それすらも今は見え無い。
考えられるのはひとつ。
双眼鏡を覗き込んだままハストンは、
「構えっ!」
周りに聞こえる様に声を張り上げる。
隊員達は視線が、照門と照星が目標と同軸になるように銃を持ち上げ、引き金に指を添える。
銃口に「お試し」を貼り付けた、銃身の長い対装甲銃を構えるエエレ伍長は銃に魔力を通し、銃身内に施されている「加速」の術式を起動。
更に、制限を解除されたエエレ自身が「加速」の魔法を上乗せすることで、より高い威力が期待出来る。
後は「魔弾の射手」の魔法を準備。ゴレムが姿を現すのを待つ。
機関銃手も、装甲車備え付けの機関砲座の砲手も銃砲口を向け、引き金に指を添えてその時を待つ。
隊員達がハストンからの号令を聞き逃さぬ様に耳をそば立てる中、
隊員達の銃口が指向する先の地面が、金型から押し出された様に、土塊がせり上がる。
馬鹿力もいいところ。魔術を使った様子は無い。
攻撃的な魔術は使えても、それ以外の魔術は装備していない。
それ以外は力尽くで何とかすると云うこと。
せり上がった土塊が形を保てず、端から崩れ、さらに盛土の山を築いて僅かに標高を高くする。
その盛り土の山の山頂から中腹付近を崩して這い出たゴレムはその全身を現す。
盛土の山から抜け出し、体躯に積もった残りの土砂を身震いして落とすゴレム。
統裁所で、
一連の映像を見ていた、性能試験責任者のミルドルト・トロウヤ大尉は、身震いで纏わり付いた土を落とすゴレムの姿に、
「獣だな。」
ひと言呟き、
〖なんで、あんな機能が有る?必要?〗
の想いを載せて横目でペロロペルアを見る。
映像の中の軍用ゴレムの設計、開発の指揮を執った、軍需企業『双剣と盾』社のリーリッサ・ペロロペルアは、トロウヤからの物言いた気な視線に気付いていたものの鬱陶しいので黙殺。
力無い眼で映像のゴレムを見つめ、
〖何処で学習したのよ。組み込んだ憶えは無いわよ。〗
諦めと呆れに苛つきを少々が綯い交ぜな想いを抱く。
ゴレムが身震いして、纏わり付いた土を落とす姿を直に見た幾人かの隊員達、
〖どこか見たことある仕草だな。〗
との感想を抱く。
土を落としたゴレムが体躯を起こす。直立したゴレムは周囲を見渡すためなのか、頭部分だけを回転させ始める。
「撃てぇっつ!」
響くハストンの号令。
隊員達は指を掛けた引き金を引く。
機関砲の、見た目より軽快な連続する打撃音。荒々しい機関銃の連打音を主に、小銃の間隔の開く発射音が重なる。
ゴレムを狙う機関砲、機関銃と小銃の銃口から焔が噴き出す。
ゴレムの前面に、夕立ちの雨滴が打つ水面に広がる波紋のような、無数の淡い光が現れては消える。
障壁は変わらず健在。
周りの銃器が上げる咆哮の中で、
ゴレムの姿を納める照準器を覗くエエレは
【.........道理也。唯ひとつの事実を成すべし。其は理。其は真。其は必然。】
詠唱を終えると同じくして引き金を引く。
ひと際大きい火球を発生させて轟音が辺りの音を塗り潰す。
鈍い響きと伴に、ゴレムの胸部分にそれまでと違った火花が散る。
腕を振り広げ、仰け反ったゴレムはそのまま仰向けに倒れる。
ハストンは、出番を待つ第一分隊隊長クロゾ・ロドエイ曹長へ、念話で支援砲撃を始めるように伝える。
「撃てっつ!」
ロドエイの号令。
四門の迫撃砲のそれぞれの砲口で砲弾を支えていた隊員達が一斉に手を離す。
迫撃砲砲身内を滑り落ちる砲弾。
砲身の底の撃針が迫撃砲弾の射出用火薬の雷管を撃つ。
火煙と共に射ち出された砲弾は山形の放物線を描く。
飛ぶ先はゴレムへ。
腕を広げて横たわるゴレムへ、エエレ伍長の二発目が命中。跳ねた体躯めがけ迫撃砲弾が降り注ぐ。
爆煙と炎がゴレムを押し包む。
ハストンから
〖照準。そのまま。〗
の念話を受け、クロゾは、
「各個に撃てっ!」
次弾を構えた隊員達へ向けて命令。
手を離した迫撃砲弾が砲身に吸い込まれる。
隊員達は焔と煙と共に射ち出されるそばから、次の砲弾を砲口から滑り込ませることを機械的作業で繰り返す。
次々に、間断なく、すっ飛んで行く迫撃砲弾。
迫撃砲の利便性の高さに、その単純な仕組み故の手間の少なさと砲身の冷却に注意の重きを割かずに速射が可能なことが挙げられる。
特段の技量も必要とせず、習熟すれば速射、砲弾を短間隔で間断なく射つことが出来た。
これが法術には出来無い。
事象を現出させるためには、どうしても、呪文の詠唱をはじめとする「儀式」を必要とする。
ひとつの式を完成させるには、短くてもそれなりの時間がかかる。しかも精度を求めれば、その分の呪文も増えることになり、完成まで更に時間を懸けることになる。
火球で攻撃する「緋焔」の魔術を例にすると、
火球そのものの形成に始まり、大きさ、数、維持する時間、出現場所、目標までの距離、撃ち出す速度などを相応しい呪文に起こすことで術式を編み、ようやく制御下の「まとも」な火球を生み出し、攻撃に使うことが出来る。
言い方を変えれば、
編んだ術式に不備があれば、火球そのものが出現しなかったり、まかり間違えば、文字通り自身の身を焦がす自爆、あるいは狙った相手では無く、関係の無い周りを焼き討ちする羽目となる。
昔、これら法術の操作は体系的に行うで無く、各個人が独自にその才能と感覚で行っていたのだから、感嘆よりも呆れるばかり。
魔法使い、魔術師の成功譚は語られても失敗譚が表に出ることは少ない。
成功すれば自慢だが、失敗は隠すもの無かったもの。
おそらく、陰で失敗は遥かに上回る。
それは扠置き、
「緋焔」の魔術の例で続ける。
ひとりの魔術師が一度の術で生み出す火球の数は有限。
脳は無限を言葉で認識出来ても、心象に描くことが出来ない。
例えるところは、
「無理数」を実際に表記する
と、云ったところか.........?
一度の式でどんなに多くの火球を生み出す事は出来ても、全て射出してしまえば、また、一から式を始めなければならない。
これらの解決策として、
複数人の魔術師が代わる代わる交代しながら、継続して式を完成させる手法が編み出されたが、運用されるのは少ない。
それよりも、複数人が一斉に式を完成させて数を一度にまとめて放つ運用方が使われることの方が多い。
おそらく、二番手、三番手が式を完成させて控えるまでが、勿体ない、遊ばせている様に見えることで、それらを無駄で合理性が無いと考えるからだと想われる。
少数を間断なく続けるよりも、一度に大量である方が見映えとしては良い。
戦場で魔術師や魔法使いが、「人間砲台」と揶揄半分に呼ばれる所以。
統裁所で、
それまで、ゴレムが焔と爆煙に包まれている映像を見ていたトロウヤ大尉は瞼を閉じ首の後の生え際を掻きながら、
〖ん、ん~。決定打が無い。〗
眉間に皺が寄る。
〖釘付けなのは未だ尚だが、このままじゃ手詰まりだ。〗
いつまでもこの状態を続ける事は出来無い。
王国中の銃弾と砲弾をゴレム一体へ注ぎ込む。
後世の人間がこの事を知れば、
「何、馬鹿なことやってんだか。」
と、呆れる
なら、まだ尚か。
それは、
呆れる人間が存在する王国が、存続出来ているということ。
最悪なのは、王国どころか、ひょっとして、世界が、になってしまう話。
全ての砲銃弾を消費しきっても、ゴレムを活動停止に出来なければ、再び何事も無かったの如く動き出す、のは確実。
その時は砲銃弾は尽きて、何処にも無い。
そうなれば、
止めるものが無い中で、我が物顔でゴレムが自由自在に蹂躙する姿を、ただ、指を咥えて眺めているしかない。
眺めることが出来れば良いが。
いや、眺める側に立つ方が地獄か。
王国を蹂躙した後、王国に留まる理由はゴレムに有るのか?
外に出るのは想像に難くない。
「想定線」を認識させていないゴレムに国境は意味が無い。おそらく河川や海だろうが関係は無い。時間は掛かるが水底を進むだろう。
ゴレムは呼吸器官を持たなくても困ったことにはなら無い。
空気の薄い山頂だって何らの障害にはなら無い。
立ち塞がる障害や抵抗には、容赦無く、躊躇いも無く、持てる強力な攻撃性魔術を見舞い、粉砕、押し進む。
意思の疏通はもとより、言葉が通じる訳でなく。
機械的に唯、障害と抵抗を排除して、唯、前進する。そこに目的は無い。
文字通り、
「向うところ、敵無し」
だな。
ゴレム一体で国際問題か。
それどころか世界の危機。
何時の間にか、思考が明後日に妄想へ進路変更して迷走してしまったトロウヤ。妄想の果に行き着いた先に想い至る。
足を通信設備へ向ける。




