その2
「軍は今、『ゴレム』の採用と導入を検討しています。」
この件の責任者であるミルドルト・トロウヤ大尉は告げる。
『ゴレム』とは、泥または土、もしくは粘土で出来ている、自立した人形のこと。
人の身に代わり働かせる、主に『戦う』ことを目的として造られる。
失われた古代技術として有名で、記録によれば、中世期に神聖帝国の古都で『ゴレム』が出現したとされるのを最後に、その後の歴史に登場することはなかった。
ゴレムの製法は、古代期、古代東方王国、古王国朝時代の伝説、神話、神秘主義に由来するもので、製法の伝承は口伝だったこともあり、その詳細は散逸、失われていた。
近年の古代東方王国、古王国朝期の遺跡発掘や、歴史資料の断片からの研究が進んだものの、かなりの部分が未だ謎である。
何しろ、いくら人の姿をしていようが、ゴレムは土の塊である。何をどうすれば、人のように動かせるのか?全く解明出来ていない。
つまり、それは、
古代の技術が現在の魔法魔術技術を凌駕していたことを意味する。
そのことが『驚異と神秘と奇跡』に論文として掲載された時には大いに賑わせたものだった
現在、ゴレムは現代の魔法魔術技術、近年になって新たに確立されたり、発見、開発された技術を駆使して造り出すことに成功。その時は、漸く現代が古代に追い付いたと云われた。
だが、一方で、それは古代技術でのゴレムと同じなのか?ゴレムと呼んで良いのか?という疑問視する声も上がっている。
マーカー・ハストン中尉は出来るのなら、目の前の卓に突っ伏したかった。
どうして此処に呼び出されたのか悟ったからである。げんなりである。
今、この会議室には、世界でも一、二を競う軍需兵器製造企業、『双剣と盾』社と『兜と籠手』社の社員。
内、一人だけは、とてもそうには見えないのだが。
それはそれとして、
それと、小さな規模の部隊ではあるが、一応現場組の部隊長が出席している。
軍需兵器製造企業と軍の顔合わせ。
トロウヤ大尉が言っていた。
「軍は今、『ゴレム』の採用と導入を検討しています。」
つまり、それは、
トロウヤは続ける。
「つきましては、これに応じて頂いた、『兜と籠手』社。『双剣と盾』社のどちらのゴレムを採用すべきか、判断の一助のため、ゴレムの性能試験を企画しました。
両社が提出された性能仕様諸元の数字は、こちらの要求を満たすだけではなく、どちらも素晴らしく、優劣を付け難いところ。
なので、最終的に数字では見えない部分。実際に使ってみないと、動かして見ないと判らないところで判断しよう、ということになった訳です。
これにより採用された側も、されなかった側も納得して貰えることでしょう。」
ハストン小隊はゴレムを相手に戦え。ということだ。
「試験は都合二回を予定、
一回目は『兜と籠手』社製のゴレムの試験、『双剣と盾』社は立会い見学。
そうですね、十日位でしょうか、間を空けて。
二回目は立場を入れ替え、『双剣と盾』社のゴレムの。今度は『兜と籠手』社が立会い見学、
この流れで行う予定でいます。」
この場の顔合わせに、企業側は二社が出席しているが、現場組はハストンだけである。
ということは。
そこに作為を感じ取ったハストンは、トロウヤを疑う。
ハストンは記憶を思い返してみるが、トロウヤとの面識は無い。初対面なはず。
どこかで知らない内に恨みを買ったか?
「日程については、まだ詰めているところですが、前暑期の上旬あたり、場所は『北東第二総合演習場』を予定しています。
すみませんね、急に此方に話を持ってきやがったもんだから。まだ調整がついていないんですよ。はっはっは。」
棒読みの笑い声。
いいのか?民間にそんなこと漏らして。
手許の紙束、書類はひょっとして台本なのか?
企業から来た男連中の顔が強張っている。自己紹介のときからそうだが、トロウヤの制動機能部分が機能していない。
粛々と司会している様に見えるが、内心、頭は弱火で沸騰中なのである。
この場で、ただ一人の少女、ペロロペルアは一人退屈そうである。流石に、本を読むのはマズイと弁えている様だ。しかし、この少女、どうしてこの場にいるのか。『兜と籠手』社の関係者なのは判ったが、どういう立場なのであろうか。
「まぁ、冗談はそれくらいで、」
本当に?
「それで、肝心の試験ですが、」
そら、きた。
「こちらのハストン中尉の部隊とゴレムを戦わせます。」
矢張。
予想通り。
ハズレは無しの貧乏クジ。アタリの配当はゴレムと同伴で北東第二総合演習場へのご招待。
嬉しくもなんともない。
ハストンの士気なんて急降下である直滑降である。
人間は、意外に自分の知らない内に、自覚なしに恨みの売買をしているものである。
どういう訳かトロウヤの怨恨を疑うハストンは記憶を掘り起こすが、過去にトロウヤと直接対面した場面はやっぱり出てこない。
忘れている可能性は有る。
なので、今度はトロウヤとの接点を考え始める。
一方のトロウヤ大尉は、突然に降って湧いて、いきなり押し付けられた仕事を速やかに終わらせたいので、粛々と説明を続ける。
「実戦に近い形で行うことにより、実際のゴレムの運用の実用性と性能を見極ることが出来ると考えています。
ハストン中尉には、ゴレムを使った『演習』、この場合は『模擬戦』となるのかな、そう考えて貰って良い。」
「了解であります。」
ハストンとしては「そう」としか答えられない。
模擬戦形式でやらないで、ゴレムを『的』にすれば楽なのに。と内心、想っていても。
トロウヤの方も『的』方式を提案したが、上からゴレムを「動かせ」という命令、もとい意見書と共に突っ返された。
トロウヤもまた命令される立場に居るのであった。
立っている「的」に向かって「撃つ」だけではゴレムの「固さ」しか判らない。それは解っているのだ。しかし、「楽」をしたいのも、また人間。
「全日程の終了後、試験中のゴレムの運用記録、ハストン隊の戦闘詳報をまとめ、報告書を作成、提出。
その報告書の審査を経て採用の可否を判断します。」
一呼吸おいて、締め括る。
「以上が、大まかですが、採用までの全体の流れということになります。
ここまでで、ご質問は?」
トロウヤは一同を見渡す。
無ければその分早く終わるのにな、と想いつつ。
相変わらずペロロペルアは退屈そうだ。
『双剣と盾』社の卓で手が上がる。
「どうぞ、ガルダルタさん。」
トロウヤが名指す。そうもいかないか。
「有り難う御座います。」
ガルダルタは一礼すると発言を続ける。
「不躾なのは重々承知しておりますが、敢えての発言、お許し下さい。」
随分と下手だ。どういう力関係が働いているのか。
「先の説明で、試験を模擬戦形式で行うと仰られていましたが、
それは宜しいのですが。
ただ、これでは日程後半に行われる、我が社の試験が不利になると想われるのですが。」
そう疑問を呈するガルダルタ。
何故、何処が不利になると言うのか。
「そう想われた理由を伺っても?」
トロウヤが返す。
「はっ、それでは、
我々は模擬戦形式の試験という形に、否は無いことを先に申し上げます。」
ガルダルタがそう前置きする。
ハストン隊とゴレムの模擬戦には反対しないと言う。ならば、何が問題だと言うのか。
「ですが初見とその次では、どうしても印象というか、心構えというか、その、対応に慣れと言うのでしょうか。」
ガルダルタが言葉を選ぶ。
言いたいことは、なんとなく理解した。
『兜と籠手』社ゴレムで得た経験を基に、ハストン隊が対策を立て、『双剣と盾』社ゴレムとの模擬戦で有利になる、と懸念しているのだ。
言いたいことが判った事と、どうして「不利になる」、のは別である。
まだ、性能試験全体の流れと、ハストン隊とゴレムの模擬戦形式という試験方法が発表されただけである。しかも、模擬戦の状況設定はこれから。
例え、対ゴレム戦の最適解を習得したとしても、状況設定という手枷足枷が相殺しそうなものだ。必ずそうなる。
まだ予定の段階であるのだし、順序の変更は可能だ。トロウヤとしてもどちらが先でもかまわない。それより、早くこの顔合わせを終わらせたいので『兜と籠手』社に持ち掛ける。
「それ
「良いわよ。『兜と籠手』社を後にして貰っても。」
トロウヤの言葉を遮る、誰あろう、リーリッサ・ペロロペルア。つまらなさそうに発言する。退屈に飽きたのだろう。トロウヤが尋ねるより先回りで答を返す。
これに、隣のドレトギャンが慌てる。この人はどれくらいの地位の人なのか、この場に居るのだから、それなりの権限を持っているハズなのだが、始まってからペロロペルアに振り回されているところしかない。
しかも、
「対策されたって平気よ、それくらい、ウチのゴレムなら踏み潰すわ。」
ペロロペルアは何でもないと言う様に言ってのける。自信があるのだろう、強気の発言である。
取り方によっては煽りに聞こえる物言い。暇だった反動だろうか。
「と、言うこと、だそうですが、『双剣と盾』社側はいかがですか?」
表情を崩すこと無く、粛々と進めるトロウヤ。内は、
〖揉めそうだな。荒れるか、これは〗と諦念である。
対照的に不愉快さを露にする『双剣と盾』社の二人。ペロロペルアから、暗に、否、あからさまに「『兜と籠手』社のゴレムが優れている」と言われたのだから。しかも煽られる形である。通り越して「怒り」を覚える。
しかし、少女相手に感情のままというのは大人気ない。表面を取り繕う。
「当社のゴレムとて、貴社のものに引けを取るとは思っておりません。むしろ、優るとも劣るところは無い。」最後は強い口調。
ついには、隣のシルタとガルダルタ『双剣と盾』組と『兜と籠手』組なのだがドレトギャンを置いて暴走気味のペロロペルアの間で、自社のゴレムの性能仕様諸元の数字を挙げ、どちらのゴレムが優れているのか、自慢合戦に発展する。
〖もう、これって、俺ら要らんのでは?ゴレム同士で直接やり合えば済むんじゃない?〗と気づいたハストン。口には出せない。
「双方のゴレム本体の性能仕様は良く判りました。」トロウヤが介入する。いい加減、双方の性能比べ、自慢の種が無くなるのを待ちきれなくなったからだ。早く終わらせたい。
「試験で試されるのは、ゴレム本体の性能だけでなく、ゴレムを含めた運用体系にあります。至極、簡単に言ってしまえば、『使い易いさ』を比べることです。お解りだと想いますが。」
弱火が弱めの中火になったか?
「本決定にはまだ時間がありますから、この件については後にしましょう。」
このままでは解決しないと判断したトロウヤは結論を先送りと決定する。
これで話がようやく進む。
トロウヤの沸騰度も弱火に戻る。
「それで、その模擬戦なのですが、ゴレムが相手ということもあり、実弾と方術を使って行いたいと思います。
これは、ゴレムが性能仕様諸元のとおりであれば問題にならないと判断しました。」
トロウヤの言葉にハストンは引っ掛かりを覚える。
これはどっちの意味だ?
ハストンは発言の許可を求め、挙手する。
小隊の火力ではゴレムの相手にはならないという事なのか。
思いっきり火力をぶつけてかまわないと言う事なのか。
どちらにしろゴレムはおそろしく「固い」、「頑丈」ということだ。
先程のガルダルタとペロロペルアの自慢話にも出ていた。
となると、ゴレム相手に相応の火力を持って行く必要がある。
「ハストン中尉、発言を許可する。
着席のままで良い。」
「はっ。」
ハストンは背筋を伸ばして目礼を返すと、背筋を伸ばしたまま口を開く。
「銃器選択の裁量は小隊にありますでしょうか?」
「待ってくれ」
トロウヤは書類に目を落とし文章を追う、何枚か捲った後、顔を上げる。
「記載がないな。不明だ。」
少し考えてから、
「これは私見になるが、状況設定次第だと想う。」
ハストンが再度挙手。トロウヤは無言で手指す。ハストンが目礼を返し、聞きたいことを口にする。
「状況設定によっては火器が限定されるということでありますか?
また状況設定及び、火器の選択に小隊の関与は可能でありますか?」
トロウヤは今度はしばらく考える。そして、
「実戦でも、使用出来る火器が制限される状況が発生する。
それを反映させる状況設定なら、使用火器も制限されるな。
小隊関与については考慮させて欲しい。」
〖さて、どうやって、こちらの想い通りの火器を持ち込むか。建前上...〗
正規の手続を早々に放棄。使えそうな“裏の手”に頭を悩ませるハストンであった。